バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

交渉

「魔物の対処を放っておいたとしても貴殿方にとってはゴブリンが滅ぶことに変わりはないだろう。しかし魔物がゴブリンを駆逐したその後、魔物の次の獲物は貴殿方に向けられる可能性は高い。あの大石橋での一戦のようにゴブリンを駆逐する最中でも何らかの損害を貴殿等に与えることもあるだろう。
 我はローゴブリンを絶対服従させる性質を持っている。その能力をもって今この地に放たれたゴブリンを狩る魔物を一か所に集約させ、明確な打撃を与えられる準備がある。そのために我とローゴブリンは命を全て賭けよう」

 ロードは言い終わり皆黙ってそれぞれが考え込む。ジヴァだけが高みから見下ろして全体を眺めている。どこか楽しそうな表情をしているのだろうとユウトは本人の顔をみなくても容易に想像できて少し腹が立った。

「つまり、そちらが提示するのはローゴブリンの絶滅。その条件としてゴブリンを狙う魔物の討伐を共同で行うこと。そしてハイゴブリンのこの地においての生存権の確約・・・と言った感じでいいかな?」

 ヨーレンはこれまでの話の流れを要約し確認する。ロードは「そうだ」と短く同意した。

「二つ質問したいことがある」

 ユウトはこれまでの会話を精査して引っかかる点をまとめ終わり、視線を上げてロードを直視する。

「まず一つ目はゴブリンを狙う魔物というのはオレの命も狙い続けるということで間違いないのか。二つ目はオレ以外のハイゴブリンは今、どれくらいの数がいてどこにいるのかということだ」

 ロードはうつろ気な表情のままだったが目線をユウトにしっかりと向けて答え始める。

「ユウトもゴブリンとして認識される。最優先目標は我であると考えられるが次点は全てのゴブリンであり、そこに区別はない。
 ユウト以外のハイゴブリンはユウトも入れて現在五体半存在し、その全ては今この屋敷の中にいる」

 空気が変わる。ユウト達のいる部屋の緊張感が増した。

「それは本当か、ジヴァ?」

 ユウトは魔物から命を狙われ続けるという事実を頭の隅に追いやり、この屋根の下に自身と同じようなゴブリンがいる事実の確認を優先する。様々な憶測がユウトの脳内を駆け巡っていた。姿かたちに違いがあるのか、そのハイゴブリンの持つ記憶、精神はユウト自身のような別の世界の者なのか、そしてそこから派生する事象の数々を数多に想定する。ユウトの思考は脳の容量を溢れそうになっていた。

「それに半ってどういうことだ?」

 焦りからジヴァが答える前に追って質問を重ねるユウト。取り乱したユウトの様子に満足げにフッと小さく吹き出し目を細めた。

「本当だよユウト。折角だ、顔を合わせておくといい。半という意味も合えばわかる。なぁロード、構わないだろう」
「・・・避けては通れん」

 ロードは目をそらしながらジヴァに答える。その様子をユウトは視界の端でとらえた。無感情に見えたロードに初めて後ろめたさのような表情の揺らぎをユウトは感じ取る。その意味を自然と予想しようと思考が回転を始めたが答えは出ず、残されたのは漠然とした不安だけだった。

「もうすぐ来るよ」

 ジヴァはそう言い終わる一瞬、レナの方に視線を送る。レナはその視線に気づき背筋が伸びた。レナはこの屋敷に入ってから一度も言葉を発することはなく大人しくしている。ロードを見てから緊張感は持っていたがロードとの会話を平然と行うユウトとヨーレンに気後れしているようにユウトは感じていた。

 なぜこの場にレナが来ることを許可されているのかユウトは街道でバルの話を聞いた時の違和感を思いだす。何か判断を間違ったのかもしれないと胸のざわめきが強くなった。

 その時ユウト達が入ってきた時とは別の扉が開かれる。雨で光が少なく魔術灯の明かりも十分に届かない薄暗い扉の奥から人と変わらない背丈の人物がどこかぎこちなく歩みを進めて入室した。

 その人物の姿は一見すると人と変わらない女性。顔の特徴もゴブリンとは思えないほどだった。しかし人だと言い切れない特徴も見られる。灰色の肌、白い髪、輝くような黄色い瞳。その特徴にユウトはある日見た現在の自身の姿の特徴に重なる部分であると気づいた。

 うつむいたその女性の顔は暗い。視線は床に向けられ眉は下がり、申し訳なさそうな悲しい表情をしているようにユウトには見えた。その顔に何か既視感をユウトは持つ。その既視感の正体に記憶を巡ろうとしたときユウトの肌が刺激を感じた。

 ピシッ、という破裂音にも似た木材の軋みが鳴り響く。記憶を探る作業は中断され音と肌感覚から異変を感じた隣のガラルドに目を向けた。ガラルドはうつむき両手を強く握り締めている。そこからは洪水のような怒りの感情があふれ出していた。その強い感情はユウトの肌をやすりで撫でるような感覚にさせる。ガラルドのゴブリンに向ける殺意意外の感情の起伏をユウトは初めて強く感じた。

 ユウトがガラルドに気を取られているとレナがふらりとゆっくり立ち上がる。ユウトはレナに視線を向けた。

「・・・リナ、ねぇさん」

 雨音の中、レナはぽつりと消え入りそうな声でつぶやく。ユウトが何とか聞き取れるほど小さな声だった。大きく見開いた瞳と唇が小刻みに震える。ロニと呼ばれたハイゴブリンはうつむいた頭を上げ、魔術灯の明かりでその顔をはっきりと表した。

しおり