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怨水

  
  
 前を走る活魚運搬車の小さな窓に時折魚影が映る。
 行方不明者の捜索から浮かび上がったこのトラックを追ってきたものの、行先は市場か魚屋ぐらいなものだろう。
 このまま追っても無駄足なのでは? と迷う。
 だが、信号待ちの時、黒く長いものがゆらゆらと揺蕩うのが見え、海草かと思いきや白くふやけた女の顔が窓を通過した。
 やはりこのトラックだ。
 俺は確信し、追尾する決心をした。
 ばれないよう距離を置いて追っていくと、トラックは街から離れ、やがて人気のない山中の廃工場に行きついた。
 これ以上追尾するのは危険だと判断し、突入の準備を整えるため引き返そうとバックしたが、白装束を着た男たちに襲われ、車から引き摺り下ろされた。
 拘束され無理矢理連れてこられた廃工場内は異様な臭いが立ち込めていた。
 コンクリートむき出しの壁に囲まれた広い内部の中心には透明の大きな水槽が設えられ、濁った水の中は機械で攪拌されているのか全裸の死体が大量に浮遊していた。
 まだ姿形を留めているものもあれば、ふやけて巨大化したものもある。時々見える粘膜をまとったただの肉塊も元は人だったものだろう。
 骨は取り出すのか見当たらなかった。
 有無を言わさず裸に剥かれ、水槽の縁に引きずり上げられると投げ落とされた。
 思ったよりも粘着質な水が鼻や口から流れ込み、もがく俺の頭や身体を男たちがいっせいに棒で押さえる。
 仕事仕事で妻子に逃げられ、かといって出世するわけでもなく、結局こうやってわけのわからない連中に殺されるとは――
「お――まえら―うらん――る」
 がぼがぼと水を飲みながら奴らに怨み言を吐く。
「怨め、怨め。怨めば怨むほど水は濃くなっていく」
 男たちは高らかに笑い「この怨水を日本中にばら撒き、浄化することが我らの高潔な使命なのだ」と叫んだ。
 最後の息が切れ、身体中が大量の水に侵される。
 濃密な怨みが脳内に滲み込んできた。
 俺の怨みもすぐに溶けて混じり合うだろう。
 それが日本中に撒かれる? 
 妻子の顔が思い浮かぶ。
 ふっ。愉快じゃないか――
 だが、この男たちはいったい何者なのか。
 高潔な使命? ただの戯言でなければいいが。
 でないとただの犬死にじゃないか。

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