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序章 銀河紀元727年

 背の高い黒髪の少年が、人工衛星内の通路を歩いている。その通路の天井は、有害放射線除去つき窓になっていて、星々の輝く光が降り注いできている。
 少年の氏名は”フタカミソウヤ”。5年前までは・・・。
 今の彼は”FZ7ZA93C”もしくは”FZ7ZA93Cソウヤ”だった。大シラン帝国の3等級臣民は、姓を持つことを許されていないからだ。
「ソウヤ~」
 甘い響きの声音に振り向くと、栗色の髪の少女が所々でよろめきながら駆け寄ってくる。
 彼女の名は”レイファ”。
 ソウヤと同じく3等級臣民である。
「ちょっと待って~」
 その容姿と性格の良さで、同級生を男女問わず魅惑していた。
 そんな彼女の二つ名は”みんなの妹”である。そして一部の男子からは、天使と呼ばれているぐらいだった。
 3等級臣民が購入できる値段の安い地味な服でも、レイファが纏えば華やかに感じるから不思議だ。
 2人は3ヶ月前に学校を卒業したばかりの15歳である。
 大シラン帝国の3等級臣民は6~11歳まで基礎訓練学校で基礎的な教育をされ、12~15歳の4年間で適性に応じた職業訓練学校に行かされる。卒業後、彼らには就職する道しかなく、どんなに優秀な生徒でも進学という選択肢はありえない。
 走ってソウヤに追いついたレイファは、息を調えてから口を開く。
「ねぇ、ソウヤ~。この道じゃなく、1007号通りの方が近道だし、楽だよ~」
 ソウヤは自分のペースで歩きはじめ、素っ気なく答える。
「そうかぁ?」
 レイファはソウヤの横にまわり、斜め下から顔を覗き込むようにして微笑む。綺麗な栗色のショートカットの髪から、甘い香りが漂ってきた。
 背の低いレイファがソウヤの顔を見ようとすれば、必然的にこういう位置関係となる。
「一緒に1007号通りから行こうよ~」
 ソウヤは正面を向いたまま歩き、眼を合わせようともしない。
 彼女の顔全体を見る分には耐性がある。間違いなく美少女の部類に入るが、先輩にして悪友、リーダーにして調整役の”ロン・ジヨウ”と同じ顔をしているからだ。
だが、瞳の魔力には抗えない自信がある。それは胸を張って言える。
 レイファがお願いを口にする時、ソウヤは彼女の瞳を絶対に見ないようにしている。
「オレはこっちがイイんだ。イヤなら、レイファ1人で行けよ」
「えぇ~。たまにはウチのお願いきいてくれてもいいのに~」
 甘い声音の拗ねたような口調と膨らませた頬が、もの凄い強制力を発揮している。
 これは理論の人・・・彼女の兄の”ジヨウ”を振り向かせるために身に着けた、レイファの固有スキルだった。そして兄以外の人に対しては、常に絶大な威力を発揮している。
 それならジヨウだけに発揮すればイイのに、とソウヤは心の底から思っている。
「レイファの場合は、お願いという名の強制だろ」
「けちぃ~。それじゃあ、今日勝ったら外に食事しに行こうよ~」
 今日はチーム対戦型ネットワークゲーム大会の決勝があり、ソウヤとレイファ、ジヨウに腐れ縁のクローという4人で参加していた。
「祝勝会か・・・みんなで行くか・・・」
 一瞬、レイファの笑顔の下に、少し不満そうな色が浮かんだように見えた。
「もちろん奢ってくれるんだよね~?」
 不満はそこか、とレイファの気持ちを曲解してソウヤは勝手に納得する。
「イイぜ。感謝の気持ちを形で表してやるよ」
「やったぁ~」
 ここは大シラン帝国本星から約5万キロの衛星軌道上に浮かぶ一辺200キロの立方体の人工衛星”絶対守護”である。そして帝国の最終防衛ラインにして、3個艦隊約300隻の宇宙戦艦基地でもある。
 通常1個艦隊が常駐し、1個艦隊がドッグで整備、1個艦隊がシラン星系で演習を兼ねて巡回している。敵性国家が本星に攻め入るのは勿論のこと、脱出も至難の業であろう。
 だがソウヤは、4人で帝国を脱出すると決意していた。

 ワープ航法が実用化されたから200年以上の時が過ぎても、人類による他星系開発は進まなかった。それは、ワープポイントの座標を自由に設定できないことにあった。
 しかし、時空境界突破航法・・・別名”境界突破”の開発により、状況は一変した。
 この技術は、3つのフェーズで実現する航法で、”境界顕現”、”境界突破(境界脱出)”、”境界消滅”と実行する。
 まず、移動元と移動先の時空を繋いだ境界を顕現させる。次に、宇宙船が境界を突破する。つまり、移動先では境界を脱出することになる。そして時空を繋いでいた境界を消滅させる。
 ワープ航法より移動の自由度が圧倒的に高いのだ。
 無論いくつか制限もあるが、時空境界突破航法の技術の実用化で、人類の活動領域は太陽系から銀河系の他の星系へと拡大していった。
 そして時空境界突破航法の開発から約100年後、人類が初めて太陽系外の惑星に入植を果たす。それを記念して銀河紀元という年号を制定し、その年を銀紀元年とした。
 そして、銀紀727年。
 太陽系から飛び出した人類は、銀河系の4分の1にまで活動範囲を拡げていた。
 そして、現時点での人類の活動限界・・・地球から約一万光年離れた銀河系辺縁に、シラン星系を中心とした7星系を統べる”大シラン帝国”が存在する。

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