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最悪の出会い

 会食の翌日、浜崎さんの誘いを断った土曜日。何となく一人で家にいる気分にはなれず、街へと繰り出していた。土曜日の午後は人通りも多く賑やかで、浮かない気分も自然と浮上してくるような、楽しい雰囲気だ。
 特に何か用事があるわけではないが、街を散策して、気に入ったカフェに入ろう。普段は家でのんびり過ごすことが多いから、カフェって何だか新鮮な感じがするし。そう思って街を散策し始めて30分。一人でカフェに行く機会がそもそもないため、看板を見かけても何だか緊張してしまってなかなか入れなかった。
 街はカップルや家族連れ、友達同士など多くの人が複数で遊びに来ている様子だった。決して一人行動が苦手なわけではないが、こうも複数人で出歩く人が多いと、何だか気おくれしてしまう。友達でも誘って一緒にランチでもすればよかっただろうか。いやいや、私の気持ちが落ち着かないだけなのに、友達を振り回すのも気が引ける。
 
 ――それからさらに歩き続けて30分。
 「こことか、いいかも」
 いつの間にか、隣町の方まで来ていた。すっかり見慣れない景色に戸惑いながらも、ログハウス調の温かみがあるカフェを見つけた。看板には「新規オープン」と描かれている。常連さんでいっぱいのお店は少し入るのに勇気がいるから、このくらいのライトさがちょうどいい。
 外から中の様子を見る限り、どうやらお客さんも結構入っている様子だ。これでもし一杯なら他のお店をあたればいいし、とりあえず入ってみよう。
 カランカラン……
 「いらっしゃいませ……って、りおな?」
 「……え、」
 店内に入ってすぐ、ウエイターさんに案内される……はずだったが。
 「久しぶり。元気そうで何より」
 「うん、まあね……」
 人の良さそうな笑みを浮かべるウエイターこそ、私の元彼・古関 正俊(こせき まさとし)。世界で一番会いたくない人物だ。
 「今日は一人?」
 「あ、うん……」
 間違って入ったってことにして、帰りたい。今すぐ引き返したい。一昨日までの私なら、きっとそうしていたに違いない。というか今日の私だって、今すぐ帰りたい気持ちはまったく同じだけれども。
 「じゃあ、こちらの席で」
 「ありがとう……」
 古関君に案内されて、窓際のテーブル席に着席する。
 「こちらメニューになります。ご注文が決まりましたら、お声がけください」
 「はい」
 心臓がすごくバクバクしている。でも、座ってしまったからにはきちんとカフェを堪能して帰ろう。今すぐ帰りたいけど、逃げちゃダメだ。会いたくない元彼に会っても平気な自分でいられるように、強くなるんだ。
 それは、半ば意地のようなものだった。古関君の姿を見て、すぐに引き返してしまったら、逃げたのだと思われる。それだけは嫌だった。私は現実に立ち向かう。苦しくても、きっと幸せになれる未来を信じて。あの頃の傷はまだ癒えていないし、今でも私の胸を突き刺すことがあるけれど、もう過去の私じゃない。
 そんな気合十分の私に対して、古関君は当時のまま、余裕たっぷりといった様子だった。それもそうか、古関君からしたら自分から振った元カノなわけだし。
 メニューのページを開くたびに、固く閉ざされていた思い出のページがよみがえる。思い出したくないのに、時々、自分の傷をかきむしるかのように思い出してしまう。苦しかった、あの過去を。

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