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(10)餃子対決

 餃子の皮包み対決をした。

 制限時間内にどちらがより多く、そしてより美しく餃子を作り上げることが出来るのか。それを競う。
 二人きりで、その二人が対戦するのだ。数はともかく、美しさの判定で揉めることは容易に想像がつくから、特に力が拮抗している場合は公平な第三者を審判として配置すべきだろう。

 だが、真冬とはそもそもの技量に大きな差がある。
 彼女は運動はからっきし駄目なくせに、料理の腕前だけは確かなのだ。運動会の種目に魚の早捌(はやさば)き対決や野菜のみじん切り競争などがあれば、クラス内での地位もより盤石なものになっていただろうというほどに。

「つべこべ言うな。家庭科は五だか知らんが、体育は二だったんだろ。力技でねじ伏せてやる」

 料理そのもので勝ち目はなくとも、餃子の皮包みであれば勝機はある。運動音痴ということは、手足を素早く正確に動かすことは苦手だということだ。少々雑でも数で圧倒すればいい。売り物を作ろうというのではないのだ。作ったら自分たちで焼いて食うだけだ。少々見栄えが悪くても、食べてしまえば変わらない。

「餃子を舐めちゃ駄目よ。ちゃんとコツがあるんだから」

「だから、コツなんか関係ないくらい、力でねじ伏せてやるって言ってるんだ」

 あの頃は今よりも若かった。が、威張れるほど若くもなかった。だが、どのカップルも二人きりになったら、多少の馬鹿はやっているはずだ。他人には見せないだけで。
 制限時間は三分。
 彼女がそれこそ十分に売り物になる美しいフォルムの餃子を、お前は3Dプリンタかと突っ込みたくなるほど均一に、そしてマシンのように素早く量産していくのを見て、早々に敗北を悟った。

 これだけの器用さがありながら、どうして運動は出来ないのか。ドジで憎めないキャラクターを演じていただけなのか?

 残り一分を切った頃、窓の外で大きなサイレンの音が鳴り響いた。鐘の音も鳴っている。消防車だ。かなり数が多い。そして近い。

「火事だ!」

 敗北確実な対決を有耶無耶(うやむや)にすべく、叫んでベランダに飛び出した。

「ちょ、ちょっと。まだ終わってない!」

 包みかけの餃子を一つ持ったまま、彼女が着いて来た。
 二人並んでベランダから下の様子を窺う。
 その様子が写真週刊誌に載った。
 どこかを指差して叫んでいるお笑い芸人の隣で、餃子片手に文句を言っているはずなのに何故だか妙に笑顔の元アイドル。彼女の方が心なしカメラ目線に見えたのは、気のせいだろう。

 国民のお嫁さん秋庭真冬が、お笑い芸人日坂幸人とラブラブ餃子対決――などという記事が添えられていた。写真だけでは餃子対決をしたことまでは分かるはずがないのに、記者の取材に彼女が懇切丁寧に説明をしたらしい。

 対決を有耶無耶にしたあなたが悪いと、何故か責められた。
 相方をはじめ芸人仲間には大いに笑われ冷やかされたが、おかげでこそこそする必要もなくなって、つき合いがずいぶんと楽になった。

「あの時の写真週刊誌のカメラマンと記者。わたしが仕込んだって言ったらどうする?」

 夏雪のカウンタの椅子に座って、当然ながら対決などせず、久しぶりに二人でのんびり餃子の皮包みをしていた。

「はん? 消防車が通ったのは偶然だろ。実際に火事があったじゃないか」

 階下の住人あたりが偽のサイレンを鳴らしてベランダに(おび)き出されたとでも言うのなら、あっぱれなドッキリだが、いくらなんでも本物の火事は作り出せない。

「もちろん火事は偶然なんだけどね。タイミングを見計らって、あなたをベランダに誘うつもりだったのって言ったら?」

「嘘だろ?」

「あの日のわたし、家にいる割りにはバッチリメイクだったと思わない? 本当はキスシーンを撮らせてあげるっていう約束だったんだけど、ああなっちゃったから、あとでカメラマンに怒られちゃった」

 餃子を包む手を止めて彼女を見た。
 新しく買ってもらった玩具(おもちゃ)で遊ぶ子どものように、何だかとても楽しそうに包み続けている。そして相変わらずお手本のように美しい餃子だ。

 これだけ料理や水仕事をしているわりには、その餃子を生み出す手もまだまだ綺麗だけれど、それでもやはり生物学的に必然な年輪のようなものは感じられる。

 あの写真週刊誌が彼女自身のリークだった?
 いやいや。流石にそれはないだろう。

「ほら。手が止まってる。早くしないと、みんな来ちゃうよ」

 このあとここで餃子パーティをすることになっていた。といっても事務所に関係ある数名だけのささやかなものだが。

 その前に、真冬には話しておかなければいけないことがあった。
 そのタイミングをうかがっているうちに餃子作りが始まり、過去の週刊誌の記事について、彼女の方から先に衝撃的な告白を受けてしまった。
 
 まあ、彼女の話は真偽にかかわらず、笑って済ませられる類のものだからいい。
 だが、おかげでますます言い出しにくい雰囲気になってしまったのも確かだった。

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