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(4) 雨宿りから4

 陽が沈む時間になっても止みそうで止まない雨が地味にしつこく降ってはいたけれど、もちろんもう相合傘ではなかった。職場に置いてあった折りたたみ傘を差していくと、彼の方は昼間のビニール傘をそのまま使っていた。

 その後も雨の日に会うときには、彼が差しているのは必ずその傘だった。
 何を思ったか、彼はその傘の()の部分に赤いビニールテープを貼っていた。たったそれだけのことだけれど、そのおかげでどこにでもある透明なビニール傘が、唯一無二の傘になっていた。
 代わりに何か可愛いシールでも貼ってあげようかと考えたこともあったけれど、そのままの方が彼らしい気がして思いとどまった。

「大学の人とか来るんじゃない?」

「別に来たって問題ないです」

 時折こちらがタメ口になって彼が敬語になったり、その逆に戻ったり、お互いが敬語でしゃべったりを繰り返しながら、距離感を調整していたのだと思う。焼酎の残りが乏しくなった頃には、アルコールの効果もあって二人ともタメ口になっていた。

「まずい。これ以上飲んだら新しいボトルを入れなきゃいけなくなる」

 それで一回目のデートはお開きになった。
 店を出ると、雨は上がっていた。

「ボトルが新しいのに入れ替わったら、また誘ってもいいかな」

 彼はこちらを見るでもなく、何も見えないであろう曇った夜空を見上げていた。
 二回目もここに誘うつもりかよと少しだけ不満に思ったけれど、顔には出さなかった。このときの二人には、まだ何かしら会うための言い訳が必要なことくらい分かっていたから。
 
 でも、ここできっぱりと断っておくべきだったのだ。二人きりで会うのは今回限りにしましょうと。
 会うための言い訳よりも、会えない理由を優先しなければいけなかった。
 それができなかった弱さが、結局は彼を傷つけてしまうことになった――。

   *

 滑り台の下での雨宿りを始めて、どのくらいの時間が過ぎただろう。
 何人かが公園の前を通り過ぎて行き、中には傘を持たずに駆け抜けて行く人もいたけれど、当然ながら誰も雨宿りになんて来ない。

 周囲にはいくつもの水溜まりができて、少しずつ大きくなっていた。そこに絶え間なく波紋が広がっては消えていく。

 止まない雨はない――人はどうしてそんな、何の慰めにもならない台詞を好んで使うのだろう。歌の歌詞だったりドラマや映画の台詞だったり。あるいはツイッターでの呟きだったり。

 確かに止まない雨はないだろう。
 でも、雨は止んでも、気持ちは晴れない。
 気持ちに傘は差せない。
 水溜りの波紋はすぐに消えてなくなる。
 でも、心に広がった波紋は大きくなりこそすれ、簡単には消えてくれない。

 また雨足が強くなったような、そんな気がした。



( 雨宿りから —— 終 )

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