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総務部に戻りながら丹羽さんは宇佐見さんに対して文句を言っている。それに適当に相槌を打ちながら私は彼女のことを考えた。
どうして宇佐見さんはあんな酷いことをしたのだろう。自分がやったと分かったら会社での立場が悪くなる。プライドが高そうな宇佐見さんはそんなことをわざわざやる意味あるのかな? また椎名さんを呼ぶため? 植物を傷つけたら、きっと椎名さんは怒るし悲しむだろうな……。

「夏帆ちゃん?」

いつの間にか前を歩く丹羽さんとの距離が離れていた。

「あ、すみません……」

「大丈夫?」

「はい。大丈夫です……」

「気にしちゃだめだよ」

「え?」

「宇佐見さんのこと。あの人は病んじゃってるんだから」

「病んじゃってるって……」

丹羽さんの言葉に笑ってしまった。

「ほんとだって! 最近の宇佐見さんはちょっとおかしいって旦那も言うし」

同じ営業推進部の旦那さんも言うのだから、やっぱり宇佐見さんはどうかしているらしい。

「そうですね……こっちが影響されて落ち込んじゃだめですよね」

「そうそう」

1ヶ月の停職処分か。しばらく宇佐見さんの顔を見なくていいと思うと気が楽だ。





「北川、お茶持ってきて」

「分かりました」

部長から内線をもらうと、ついに来た……とゆっくりと立ち上がった。

「丹羽さん、第二会議室に行ってきます」

「よろしくねー」

給湯室で人数分のお茶を淹れるとエレベーターに乗って第二会議室まで行く。

「失礼致します」

ドアを開けると部長と専務、そしてアサカグリーンの椎名さんとその上司の四人が座っていた。宇佐見さんがめちゃくちゃにした観葉植物とその陶器について状況説明と金額の相談をするのだ。
椎名さんと目が合ったけれどすぐに逸らされた。いつもなら笑ってくれるけれど、お互いの上司がいるこの場では軽はずみな行動はできないのだろう。

椎名さんの前にお茶を置くと「ありがとうございます」といつもと違う口調で言われた。一瞬だけ見せる笑顔もいつもと違う。

「失礼致しました」

頭を下げて会議室を出ようとすると最後に椎名さんと目が合った。笑いかけてくれるかななんて思ったけれど、彼はすぐに話に聞き入り、テーブルの書類に目を落としてしまった。仕事中の椎名さんは真面目だ。それだけに今回のことは申し訳なく思う。少しだけ胸が苦しくなった。





退勤の時間を見計らって椎名さんに電話をかけた。以前に声が聞きたくて電話をかけたときは夢中だった。でも今は緊張で潰されそうだ。

「もしもし」

「……あの、き、北川ですけど」

「ふっ……なんでどもってるの」

電話の向こうの椎名さんは笑っている。こんなに緊張するはずじゃなかったのに。

「どうしたの?」

「あの……」

どう話したらいいだろう。まずは私も謝罪だろうか。椎名さんが手入れしてくれているのに弊社の社員がすみませんと?

しばらく黙っていると椎名さんから口を開いた。

「今日ごめんね、会社で恐い顔してて。内容が内容だけに俺も余裕なくて」

「いえ、本当にすみませんでした」

「なんで夏帆ちゃんが謝るのさ」

「まさか植物にあんな酷いことするなんて」

「ほんとだよねー。俺聞いてて超腹立ったもん」

「すみません」

「だから夏帆ちゃんが謝らなくていいんだって」

「………」

「………」

なんだかいつも椎名さんに謝っている。そうじゃない。そんなことが言いたいんじゃない。

「椎名さん、あの……」

「夏帆ちゃん、今度飯食いにいかない?」

「は、はい!」

「金曜の夜暇?」

「大丈夫です」

「じゃあさ、迎えに行くよ」

「椎名さんが?」

「うん。早峰の定時の頃に」

「はい。ありがとうございます」

「そのあとも帰さないけどいい?」

「え?」

「もう消えたころでしょ?」

何が、とは言われなくてもわかった。椎名さんは言っていた。修一さんに付けられたキスマーク消えたら新しく付けると。

「週末はずっと予定がないので……大丈夫です……」

「え? 週末ずっといいの? そんなに俺の体力もつかな?」

「そういう意味じゃありません!」

顔を真っ赤にしてスマートフォンに怒鳴る。耳元で椎名さんが笑っている息遣いが聞こえる。

「じゃあね」

「はい。また」

電話が切れた。
言いたいことははっきり言えなかった。でも金曜日に今度こそ言おう。
椎名さんが私を想ってくれたように、私だって椎名さんのお陰で気持ちが楽になれたから。
ありがとう。そして、好きですと。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「あれ? 椎名くんが本店に来るなんて珍しいね」

アサカグリーンの本社ビルの1階は花屋になっている。そこの店長が珍しく店舗にまで顔を出した俺に声をかけた。俺より少し年上のさばさばとした性格の女性店長だ。

「うっちーに会いに来たんですけど、店に下りたって聞いたから来たんです」

「うっちーと呼ぶなって何度言わせる気だ」

店舗の奥から不機嫌な顔をした内田が出てきた。

「いいじゃんよ。そう呼ぶと可愛いイメージになるし。そんないっつも眉間にシワ寄せてたら女の子にモテないよ?」

「お前みたく女の機嫌取ったりするのは御免だから」

「だからこの間は悪かったってば」

夏帆が泣きながら電話をしてきた日、俺は内田と飲んでいた。途中で夏帆からの電話を受けると内田に金を渡して店を急いで出た。そのことをまだ引きずっている。

「いいよ。怒ってないし、おつりはありがたくもらったから」

内田は俺の顔を見るとにやりと笑った。

「おい! やっぱ飲み始めたばっかで5千円は多かったか……」

「それに、椎名が女の都合に合わせて動くなんて珍しかったしね」

「なになに? 椎名くんが女の子に弄ばれてる話?」

「違いますって! ほら、うっちー早く打ち合せするよ」

「まだ別件の話があるから、数分だけ待ってて」

「早く頼むよー」

内田は再び店の奥に行ってしまった。
手持ち無沙汰になり店長が花束を作っているのを見ていた。

「それ予約のですか?」

「そう。あと10分くらいで取りに来られるの」

「へー」

店長の作る花束はヒマワリを中心にオレンジや白で纏められ、透けるほど薄い葉を飾りに添えた上品な花束だった。

「椎名くんは花をプレゼントしたことある?」

「いやー、花はないっすね。母の日に親にあげたくらいしか」

「たまには女の子にプレゼントしてみな。意外と喜ぶかもよ?」

「そうすかね?」

女に何かをあげたのなんて数えるほど。花をあげるなんて照れくさいのだが……。

「うっちー待ってる間に作ってもらおうかな……」

「彼女にあげるの?」

ニヤニヤと笑う店長に恥ずかしさが込み上げる。

「いや、そうなったらいいなっていうか……」

「よし! じゃあ椎名くんにも本気の作品を作ってあげる!」

店長は予約の花束を作り終えると店内の花をいくつか取り、俺の花束を作り始めた。

今日は夏帆との約束の金曜日だ。それを持って迎えに行こうと思う。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



『もうすぐ早峰に着くよ』

椎名さんからLINEがきた。

『よければ会社の前のロータリーにいてください』

『分かった。待ってるね』

ロータリーなら他にも車が止まっているから目立たない。
あと少しで定時だ。仕事は全部片付けたし、他の部署から呼び出されても絶対に行かない。

「夏帆ちゃん何か良いことあった?」

「え?」

丹羽さんがパソコン越しにニコニコと私に聞いてきた。

「嬉しそうだから」

「はい……実はこの後デートというか……デートの手前というか……」

「そっか。それは良かったね。椎名さんによろしくねー」

「はい。……え? 何で椎名さんだって分かるんですか?」

「何となくそうなのかなって」

「すごいですね丹羽さんは……エスパーみたい」

「なにそれー。違うよ、勘が鋭いの」

「全てお見通しって感じです」

「そんなすごくないって。あ、でも椎名さんなら大丈夫な気がするよ」

「何がですか?」

「夏帆ちゃんが幸せになれる」

「……そうでしょうか?」

「うん。私は椎名さんをよく知らないけど、なんか分かるんだ。少なくとも元カレよりはましだからね」

丹羽さんは笑顔で同期の修一さんを否定する。私としては苦笑いだけれど。

「楽しんできてね」

「はい」





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