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第十八話

/***** ピム Side *****/

 岩山の麓で一晩過ごした。
 ブルーフォレストの奥地だ。イサークが目指していた山だが、近づいて、その切り立った山肌を目の当たりにすると、ヒルマウンテンだと認識できた。ミュルダから見える山が目の前にある。ミュルダから見える山肌は切り立った崖の様になっていて、サラトガやアンクラムから見える山肌は、木々が生い茂る普通の高い山に見えるのだ。
 僕ら、ミュルダで生まれ育った者たちに取ったら、ヒルマウンテンは、”悪いことしたら、ヒルマウンテンに捨てるからな”と言われて育ってきた。恐怖の対象になってしまっている。イサークやナーシャは、アンクラム側のブルーフォレスト内の部族だから、ヒルマウンテンに恐怖心は無いのだろう。

 どれだけ離れているのかわからないくらい離れているのに、頂上を見る事ができない山。それが、ヒルマウンテンなのだ。

 ヒルマウンテンを眺めていると、後ろから声をかけられた
「冒険者の方でしょうか?」

 え?いつの間に、人の気配などなかったはずなのに・・・。

「あっはい」
「わたくしは、スーンといいます。大主の所にご案内いたします」

 執事風の服を着ているが、人には見えない。違うな、人だと思いたくないが正解だな。

「大丈夫です。貴殿に”危害を加えないよう”と申し使っております」
「それはそれは・・・お願いします」

 簡単に言えば、僕程度ならどうとでもなるといいたいのだろう。確かに、逃げる事もできないだろう。殺意を向けた瞬間に、ヴァルハラに旅立つ事になるのだろう。

「ありがとうございます。それで、少々急な道を行きますが、足元にご注意ください」

 確かに、岩に作った道なのだろう、急な作りになっているが、手すりが着いていたり、階段状になった部分に切り込みが入っていて、滑らない。ちょっとした工夫だが、ここの主がいろいろ考えているのがわかる。
 1時間くらい岩を上った所で、休憩所が用意されていた。日差しが強い時でも困らないように、岩の凹みを利用しているのだろうか、日陰ができている。その上、岩から冷たい水が流れ出ている。

 水を見ていると
「どうぞ?湧き水は綺麗です」

 そう言われて、渡された物で染み出している水を受け止めて、口に入れる。
 確かに、普通にうまい水だ。喉の渇きを癒やしてくれる。

 それから、2度ほどの休憩を挟んで、岩山の頂上に出た。

 ”はぁぁぁぁぁぁぁ”声にならない叫びを上げてしまっても、誰も怒らないだろう。

「ようこそ、五稜郭へ」

 僕を案内した執事が一番まえで領主たちがするような礼をする。
 五稜郭と言っていたが、川なのだろうか?水が流れている所に、橋がかかっている。橋の向こうが、住処なのだろう。その橋までの道は、石畳になっている両脇に、執事風の衣装をした女性とメイド服を着た女性が一列に並んで頭を下げている。

 石畳を歩いて、橋を渡る。硬く強度もありそうだ。それを、紐?縄でささえているのか?

 僕が、橋を渡りきって、執事とメイドも全員橋を渡りきった所で、両端にいた木が動いた。エント?か・・・。両方のエントが、何かを巻き上げるような仕草をしていると、驚いた事に橋が、川にかかっていた橋が上がってきた。
 あっそうか、壁の一部になるのか?壁の前に、10m程度の川が流れていて、そこを渡れる唯一の橋が可動式で、壁の高さは、川幅に合わせて、10m以上多分、12mくらいなのだろう。壁の中にも異様な光景が広がっていた。
 本当に、ここはブルーフォレストの奥地で、ヒルマウンテンの麓なのか?

 畑らしき物まである。畑だよな?綺麗に並んで植えられている。何か、山の様になった部分の頂上から生えている。
 それだけではない。絶対に、栽培が不可能だと言われていた、アプルやピチの木だけじゃなくて、レモナやグレプまである。僕が知らない多分果物だろう物まである。そうか、エント・・・エントが育てているのか?でも、どうやって?フォレストビーナが、そんな木々の間を忙しそうに行き来している。
 噂では、ブルーフォレストのビーナが作るはちみつがあり、とてつもなく高値が付いている言われている。冒険者が、一発逆転を夢見て挑むが、取ってきた者など居ない。廃棄された巣や、ブルーベアに襲われた巣を見つけて、偶然入手した者が大量のスキルを得たと聞いた事がある。

 他にも、僕は見たことがない物がここには溢れている。
 水路の中にある、丸く水の流れで回っている物は何をしているのかわからない。

 五稜郭と言っていたのは、この場所の名前のようだ。
 中央にある。屋敷で待っているようだ。

 ”ようだ”というのは、僕は、主の屋敷がある場所から少し離れた場所に案内された。10人くらいは同時に座れそうなソファーがあり、石で作られたテーブルが置かれていた。僕を案内した、スーン殿が言うには、控えの部屋と呼んでいた。ここで、大主の準備ができるまで、少し待っていてほしいと言われた。待っている間に、出された飲み物は、黒くてびっくりしたが、不思議と嫌な匂いがしなかった。

 少し苦味や酸味があり、思った以上に香ばしくて美味しい。砂糖(こんな真っ白な物が砂糖であるはずがない)を入れると美味しくなると言われて、少しだけ入れてみた。他にも、スーン殿は牛乳(白い草原やダンジョンの草原フィールドに居る”カウ”の乳を絞った物に似ている)を、入れるとまろやかになると言われた。本当に、甘みが出て、まろやかになった。こんな物を飲んでいるとバレたら、イサークは別にして、ナーシャには殺されるかもしれない。土産にもらえないかな?

 こんな立派な物を飲んでいる人の前に出るには少し汗の匂いが気になるのかと思っていたら、スーン殿が、”もしよろしければ、お風呂があるのでお使いください。着替えも用意いたします。”と、言ってくれた。お風呂と言えば、熱気が充満している部屋に入って汗をかいてから、水で一気に流す物だ。僕はあまり好きではなかったが、確かに汗臭さをなくすにはいいかもしれない。好意に甘えることにした。

 執事服を着た女性に案内された場所は、拠点にしている場所の近くにできた、暖かい水が出ているような場所だ。
 作りは全く違うが、木で作られた枠に、暖かい水が流れ込んでいる。高い所から、常時流れ出ているようだ。僕が知っているお風呂は息苦しくなって、5分も入れば十分だが、ここは息苦しくない。それどころか、暖かい水に浸かる気持ちよさが勝ってしまう。入る前に、渡されたタオルで身体をこすってくださいと言われたので、やってみた。

 僕の身体から、ボロボロと何かがこぼれている。汚れ?なのか・・・。これ?

 しばらくやっていると、肌が白くなっていくのがわかる。入る前に言われた、白い四角物が置いてあるから、それをタオルにこすりつけてから、暖かい水を少しかけてから身体をこするようにも言われた。

 なにこれ?泡?え?すごく気持ちいい。
 最初は、泡がすぐに無くなってしまっていたが、なんどかやっていると、全身を泡で覆えるようになってくる。なんだかいい匂いがする。

 確か、体中が泡で包まれたら、頭から暖かいお湯を何度か被って、泡を洗い流すとか言っていたな。

 泡が流されて出てきた肌を見て、更にびっくりした。え?なにこれ?産まれたばかりの赤ちゃんの様な肌になっている。どんなスキルを使ったらこんな感じになるのだろう?

 もう一度、暖かいお湯に使ってから、お風呂を出た。

 脱いだ服を探していると、メモが残されていた。”服は洗濯しているので、代わりの物を用意しました。申し訳ありません”と、書かれていた。
 僕が脱いだ場所には、僕が着ていたのに似ているが、材質が違う物が置かれていた。下着も全部一式用意してあって、全部どうみても、新品だ。手触りから、魔物の布だろうことはわかるが聞くのが怖い感じがする。多分、聞かないほうが精神衛生上いいのかもしれない。
 着るものがそれしかないので、恐る恐る袖を通すが、びっくりするくらい僕の身体にフィットする。軽い。そして、暖かいのに、風通しがいい。レベル6が数枚必要になるくらいの物なのかもしれない。

 お風呂場を出ると、今度はメイド服の女性が待っていてくれて、個室に案内された。大主がもうすぐ用意できると思うので、待っていて欲しいと言われた。その間、喉の渇きを潤して欲しいと、飲み物を持ってきてくれた。
 一口飲んで驚いた。アプルの味がした。アプルの汁を集めた飲み物?そんな事をする人が居るとは思えない。でも、そうとしか思えない、冷えた飲み物を一気に飲んでしまった。空になった器を見ていたら、メイドさんがもう一杯飲み物を持ってきてくれた。

「ありがとう。よかったら教えてほしいのだけど、これはアプルなのですか?」
「そうです。カズト様が、お客人がお風呂に入った後で、喉が乾くだろうから、アプルを絞ってお持ちいたしました」

 やはり、アプルの汁だったのか・・・これだけの器を汁だけにするのに、どのくらいのアプルが必要なのだろう?

「あっ高価な物をありがとうございます。冷たいのは、どこかで冷やされているのですか?」
「いえ、大丈夫でございます。五稜郭内になっている物ですから、ご遠慮なさらないでください。冷たいのは、スキルを使っております」

 え?スキル?冷やすスキル?僕は、知らない。レベル5氷弾とかなら冷たいけど・・・。どうやって?

「あっそうだ。カズト様が、ここの主様のお名前なのですか?」
「そうでございました。申し訳ありません。少々お待ち下さい」

 メイドさんが慌てて部屋から出ていって、案内してくれた執事のスーン殿が戻ってきた。

「失礼致しました。我らの大主は、カズト・ツクモといいます。客人様のお名前もお聞きしませんと、大変申し訳ありません」
「いえ、こちらこそ、圧倒されて、一番大事な事を失念しておりました。申し訳ありません。私は、ミュルダ所属のピムといいます」
「ピム様ですね。我が大主のカズトの準備ができまして、”ログハウス”にて待っております」
「あっありがとうございます。案内お願いいたします」
「かしこまりました」

 スーン殿は一礼してから、扉を空けた。
 控えの館から出て、”ログハウス”と呼ばれていた、館までは石畳を移動する様だ。新しく用意された服を、陽の光の下で見て唖然とした。これ、フォレストスパイダー・・・いや、もしかしたら、デススパイダーの糸で作られて服?レベル6じゃない。レベル8でも・・・それも上下?下着まで?駄目だ、考えては駄目だ。

 よく見ると、執事やメイドが着ている服も全部同じものだ。

 もう何も考えない。殺される事は無いだろうけど、僕は帰られないかもしれない。

 周りの状況を観察する余裕もなく、”ログハウス”の中に入った。
 領主の屋敷よりも、作りがしっかりしているように思える。残念な事に、僕は建物には詳しくない。ガーラント辺りが居れば違ったかもしれない。壁に飾っている花や置物もなんだか高そうな印象を持つ。

 扉を開けて入った場所は少し地面から少し上がっていた。
 スーン殿に、ここで靴を脱いで、履き替えて欲しいと言われた。もしかしたら、靴に暗器を仕込んだ暗殺者を警戒しているのかもしれないが、言われた通りにする。武器は取り上げられなかった。かかとがない、少し変わった物に履き替えて、スーンを先頭にして、廊下を進む。

 大きな扉の前でスーン殿が止まった。

 スーン殿が、扉の奥に聞かせるように
「ミュルダ所属のピム様がお越しになられました」

 しばらくすると、幼いと言ってもいいような声で
「入って頂いてくれ」

 はっきりと声が聞こえた。
 これで、ここの主は、レヴィラン語が話せる者である事が確定した。

 今までの情報では読み書きはできるだろうとは思っていたが、スーン殿が出てきて、代筆である可能性があった。しかし、今の声が主人だとしたら、主人と会話ができる事を意味する。
 一つの懸案事項が消えた。あとは、主の人となりが解れば、そして、俺たちをどうしたいのか・・・それだけ解ればいい。

しおり