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第十九話 中等部入学式

 何事もなく、入学式当日になった。
 普段通りに起きて、普段通りに準備をした。
 ザシャとディアナ以外は普段通りだ。

 入場の順番も決まった。
 先頭は俺が歩いて、続いて、ユリウスとクリス。
 次が、イレーネとエヴァ。次が、ザシャとディアナ。次が、ギードとハンス。ラウラとカウラ。最後が、ギルという並びになった。ギルとラウラ達の順番ですこし揉めたが、ギルが一人で一番最後がいいと言って譲らなかったので、この順番で確定させた。
 ザシャとディアナが緊張しているのが、自分たちが、皇太孫のすぐ後ろだという事だ。

 何にせよ、もう決まった事だと二人を納得させた。

「クリス。ザシャとディアナの事頼むな」
「はい。はい。わかっているわよ」
「うん。それならいい・・けど、”あれ”はどうにかならないのか?」
「あれって?」
「ユリウスだよ」

「アル。俺がどうしたって?」
「いや、なんでもない」

 昨日、王宮に陛下と皇太子に、中等部へ上がる旨の報告を行いに言った。寮に戻ってきてから、あの調子だ。
 機嫌が悪いというか・・・。

「アルノルト様。あれは、無理です」
「無理って、クリス。おまえがなんとか出来ないのなら、誰にも出来ないよ。それにしても、なんで機嫌が最悪な状況なのだ?」

「アル。俺は機嫌悪くないぞ!」
「ユリウス様。アルノルト様に当たられても仕方ないことですよね?」
「俺は、アルにあたっていないぞ!」
「それが、あたっていると言っているのですわ」

「解った。解った。ふたりとも辞めてくれ。それでなくても、ザシュとディアナが緊張しているのだからな。そえで、ユリウス。何があったのだ?」
「だから・・・。そうだな。お前たちには話しておいたほうがいいのかもしれないな」

 ユリウスが話したのは、陛下と皇太子との話ではなく、その後に開かれた晩餐での事だったらしい。
 一部の貴族が、ユリウスに聞こえるように、”今年の中等部はダメだ”と、言い出した。その理由が、主席が王族でも貴族でもない事が理由で有るかのごとく言っているらしい。
 ユリウスとしては、主席は”ライムバッハ家の後継ぎだ”と言いたかったらしいが、俺が”マナベ家”として通っている事もあり、クリスが止めた。
 それが、機嫌の悪い理由の一つ。決定的なのは、その聞こえるように悪口を言っていたのが、ライムバッハ家とフォイルゲン家と敵対関係にある。辺境伯の寄子連中だ。そいつらの言いたい事は解る。確かに、ユリウスは主席になれなかった。同じ意味で、クリスティーネ・フォン・フォイルゲン(クリス)も主席になれなかった。次席も、マナベ家の者だ。王弟殿下を押している連中としては、丁度いい憂さ晴らしになっていたのだろう。王弟殿下のご子息ならそんな事にはならないとか、自分の所の人間なら主席は無理でも次席位にはなれたとか言っていたようだ。

 ユリウスは、自分が何か言われるのなら我慢していたが、クリスや俺が罵られたと思って憤慨していたのだ。
 そして、自分の責任だと思ってしまったのが、昨日からの機嫌の悪さにつながっていた。

 俺は、自分の事で、”ユリウスやクリスが不当に貶められた”と、感じてしまった。
 その解決方法もある程度考える事が出来る。最善手ではないのはわかっている。俺の我儘から始まった事だから、俺が幕引きするのが筋だろう。

「クリス。その馬鹿共(無神経な貴族連中)は今日来るのか?」
「ん?来ると思うわよ。じゃないと昨日の晩餐会には来ないだろうね」
「解った。ありがとう。ちょっと出てくる。式までには戻ってくるから、皆学校に先に行っていてくれ」
「おい。アル。どこに行く」
「ちょっと出てくるだけだ。大丈夫。すぐに戻る」

 皆を置いて、寮から出て、中等部に走った。
”風の精霊よ。我アルノルトが命じる。魔力10にて、我に突風を吹きかけろ”

 魔法を発動させた。
 体全体を押す風が吹き付ける。普段の数倍の速度で走る事が出来る。

”風の精霊よ。力を開放せよ”

 中等部の先生が揃っている所に入って、クヌート先生を探す。
 先生はすぐに見つかった

「先生。すこしお願いがあります。今よろしいですか?」
「アルノルト君」先生は、すこしだけ躊躇したが「わかりました。場所を変えましょう」

 隣の空いていた教室に入った。
「それで、何事ですか?」
「先生。先生に、一つ貸しがあると思いますが違いますか?」

 すこし、考える素振りを見せる

「あぁそうですね」
「良かったです。その貸しを返していただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「いいですよ。でも、私に出来る事にしてくださいね」
「簡単な事です。今日、俺の名前を呼ぶ時に、”マナベ”ではなく、”ライムバッハ”と呼んでくれるだけでいいです」
「え?いいのですか?」
「はい。登録を変える必要があるのなら、父に言って、変えてもらいます」
「私としては、その方が、雑音が消えて嬉しいのですが、良いのですか?」
「そうですね。ラウラとカウラは、今のまま”マナベ”でお願いします」
「それは、かまわないのですが、本当に急にどうしたのですか?理由位教えてくれますよね?」
「ありがとうございます。理由は、簡単です。親友が・・・そう、俺の大切な親友が、俺がライムバッハを名乗らない事で、中傷を受けるのが我慢出来なかっただけです」
「・・・・解りました。その理由なら納得しました。ライムバッハ卿にも先に通告しておく必要があるでしょう。私は、校長と事務局に連絡してこなければならないので、ライムバッハ卿への説明は、アルノルト君お願い出来ますよね?」
「わかりました。先生。無理を言ってしまって申し訳ない」

 クヌート先生に一礼して、ライムバッハ家の王都にある屋敷に急いだ。

 馬車はまだあるので、学校には行っていないだろう。逸る気持ちを落ち着かせながら、ドアをノックして、出てくるのを待つ。

 ルグリタがドアを開けてくれた。
「アル坊ちゃん。どうされましたか?」
「ルグリタ。父上はまだご在宅か?」
「あっはい。今、準備をされています」
「そうか、よかった。”俺が父上にお話したい事がある”と、伝えてくれ」
「かしこまりました。すこしお待ち下さい」

 ルグリタが屋敷の中に入っていく。
 5分もしないで、父が駆け寄ってきた。
「アル。どうした?何か困った事でも発生したのか?」
「困った事では無いのですが、ご報告に来ました」
「そうか、取り敢えず中に入れ」
「ありがとうございます」

 玄関から一番近い部屋に通された。
「それで、アル。どうした?」
「はい。詳しい。事情は、後ほどしっかりご説明致しますが、中等部の入学の時から、”ライムバッハ家”を名乗りたいと思っております」
「そうか・・・何か有ったのだな」
「はい。父上や母上にご迷惑をおかけする事になろうかとは思いますが、お許し下さい」
「それは構わない。おまえが決める事だ」
「ありがとうございます」
「アル。学校では上手くやっているのか?」
「はい。ラウラとカウラのおかげで問題はなにもありません」
「そうか、それならいい。入学式が終わったら、一度、ラウラとカウラを連れて屋敷に来なさい。その時に、説明と近況を聞こう」
「はい。解りました」
「アトリアには話しておく、時間だろう。もう行きなさい」
「ありがとうございます。御前失礼いたします」

 ライムバッハ家を出て、急いで寮に戻る。時間的には、まだ大丈夫だとは思うが・・・ユリウスやクリスへの説明は後回しでいいか。
 クリス辺りは、俺が飛び出した事でわかったのかもしれないけどな。

 帰りも、風魔法を使って、加速しながら帰った。

 寮に付いたら、皆が外に出て待っている状態だった。
「アル。どこに行っていた!」
「悪いな。野暮用で、ライムバッハ家に行ってきた」
「な。おまえ」
「アル様」「アル兄ィ」
「アルノルト様。急ぎませんと、遅れてしまいますわ。ユリウス様。お話は後ほどに致しましょう」
「あぁ解った。アル。式が終わったら話を聞くからな」
「解りました。父との話が終わった後で、ユリウスの所に行きますよ」
「それでいい。行くぞ!」

「ユリウス様。早く行きましょう。カッコつけなくても大丈夫ですよ」
「クリス。おま・・はぁ・・・アル。急ぐぞ」
「はい!」

 ユリウスと俺だけが取り残されている格好になっていた。
 指定された集合場所まで急いだ。クヌート先生が待っていてくれた。
「先生」
「アルノルト君。大丈夫ですよ」
「あっありがとうございます」
「いえ、いいですよ。ほら、早く並んで、君たちの出番はもうすぐですよ」

 決められた順番に並んで、講堂に入っていく。
 特待生クラスは、最後入って、一番まえまで歩いていく。先生に、先導されて居るが、俺に視線が集中するのがわかる。

 遅れたのだろうか、父や母が、貴族席で妹と合流するのがわかった。

 妹には、堂々と先頭を歩く俺を見て欲しいと思えた。

 決められた所まで行進をして着席する。
 一部の貴族から失笑が聞こえるが、あえて無視する。心ある者達は眉をひそめているだろう。

 校長が壇上に立った。
 これから、名前を呼ばれて行くことになる。名前を呼ばれるのは、特待生クラスとAクラスだけだが、それでも、40名以上になる。
 まずは、Aクラスから順番に呼ばれる。聞いた話では、俺が最後に呼ばれる。主席が最後になるのが伝統的な事だとクリスが教えてくれた。

 Aクラスが終わって、特待生クラスになった。
 校長が壇上から降りた。貴族席を中心にざわつき始めている。校長に変わって、壇上に現れたのが、現アーベントロート国の国王だ。
 ユリウスを見ると、びっくりしている。聞かされていなかったのだ。流石のクリスもこれは想像していなかったようで、驚きを隠せない。

 陛下が、校長から名簿を受け取って壇上に上がった。
 何の説明もないまま、一人ずつ名前が呼ばれていく、ギルから始まった。
 ゆっくりと一人一人名前と顔を一致させるかのように読み上げていく。
 クリスが呼ばれて、ユリウスが呼ばれた。何か一言あるかと思ったが、何もなかった。

 今までと違って、長い間が取られた。一息と言うには長すぎる時間が流れた。

「中等部。主席。アルノルト・フォン・ライムバッハ」
「はい!」
「ライムバッハ辺境伯の後継ぎだな」
「はい。陛下」
「満点合格見事だ。魔法力も見事だ。その力。知恵。アーベントロートの為になろう」
「はっ」

 何か気の利いた事をいいたかったが、アドリブに弱い俺は、深々と頭を下げる事でごまかすことにした。

 長めに頭を下げてから、ゆっくりと戻して、正面を見据えた。
 陛下と目があった。

「皆。入学おめでとう。」

 それだけ言って陛下は下がっていった。
 下がっていく陛下を目で追っていく、視線が俺に集まっているのが解る。
 父と何人かの貴族が話をしているのが目に入った。お祝いを言われているのだとしたら嬉しい。
 それよりも、後ろから痛い視線を感じる。視線だけだが、ユリウスだろう事はわかる。そこまで怒らなくてもいいと思うのだけれども・・・。

 その後の式は何事もなく予定通りに進んだ。
 そして、陛下が帰られて、解散となった。俺たちは、寮に帰る事になる。

 講堂を出ようとした時
「アル。ちょっと話がある」
「あ・・・ぁ。ユリウス。先に、父上と約束している、夕方には帰るから、それからでいいか?」
「ユリウス様。アルノルト様は先程もそうおっしゃっていましたよ。分別を持つ事も必要だと思いますわよ」
「そうだな。アル。待っているから、帰ったら、俺の部屋に来い。いいな。必ずだぞ!」
「はい。わかりました」

 ユリウスとクリスに一礼してから
「ラウラ。カウラ。一緒に来てくれ。父上が一緒にと仰せだ」
「かしこまりました」「はいにゃ」

「アル!」
「はい」
「寮に馬車がある。使っていいぞ」
「あっありがとうございます」

 ラウラとカウラを連れて、少し急ぎ足で寮に向かう。あまり遅くなっても、ユリウスの機嫌が悪くなりっぽうだろう。
 父への説明は、包み隠さずにするつもりだ。それが一番良いと思っている。

 御者に目的地を告げて、馬車を出してもらった。
 魔法の力を使って走るのより少しだけ遅い感じがするがしょうがない。
 ライムバッハの屋敷前に到着した。すでに、父達は戻っている様子だ。見慣れない馬車が数台置かれているが、大丈夫だろう。

 馬車から降りた。ルグリタが外に出ていて俺たちの到着を待っていてくれた。
「アルノルト様」
「え?あぁルグリタ。父上との面会をお願いしたい」
「かしこまりました。ラウラとカウラも、アルノルト様と一緒に居なさい」
「わかりました」「はい」

 ルグリタについていくと、屋敷の奥にある応接室に案内された。
「エルマール様。アルノルト様がいらっしゃいました」
「入れろ」
「はい」

 父が待っていてくれていたようだ。

「どうぞ」

 ルグリタがドアを開けて中に通された。
 部屋に入って、一礼してから正面を見ると、先程壇上で見た”陛下”にそっくりな人が父の横に座っている。

「アル。座りなさい」
「はい」

 ルグリタがラウラとカウラに、何かを話した。
 ラウラとカウラが、俺の座っている場所の後ろに立つ。

 そして、やはり父の隣に座っているのは、”そっくりさん”ではなく、陛下その人で間違いないようだ。

「父上」
「あぁアル。もう少し待て、もう一人来る」
「え?」

「フォイルゲン辺境伯が、エルマール様に面会のお申し込みです」
「あぁわかっている。お通しして」
「かしこまりました」

 ルグリタに連れられてきた紳士は、父よりは少し年を重ねられた武人という感じの御仁だ。どことなく、クリスの面影がある。

「陛下。ライムバッハ卿。遅くなってしまった、申し訳ない」
「いや、大丈夫だ。息子も今来たばかりだ」
「ほぉ貴殿が、ライムバッハ家の後継ぎだな」

 立ち上がって、一礼して
「初めて御意を得ます。アルノルト・フォン・ライムバッハです。ご子息のクリスティーネ様と同じ特待生クラスの中等部1年です。よろしくお願いいたします」
「いい。いい。固くなるな。クリスから話は聞いている。後ろの二人が、ラウラ君とカウラ君だな」
「はい」「はい」
「それで、アルノルト君。君の話を聞かせてくれ」
「解りました」

 朝方ユリウスの機嫌が悪かった事や、クリスから昨日の事を聞いた事を素直に話した。
 その上で、自分は、ユリウスの足枷になってはならない。ユリウスやクリスの”友”として、姓を”ライムバッハ”にする事を決意した。
 これで、”ユリウスやクリスに向けられていた視線の何割かは自分の方に向くのだろう”と、考えた事を正直に告げた。

「陛下やフォイルゲン辺境伯様には、事前のご相談が出来ませんでした事をお詫びいたします」

 俺が再度頭を下げるのに合わせて、ラウラとカウラも頭を下げた。
「アルノルト君。そんな事になっていたのですね。陛下。これは、私達の責任でもあります。子供たちに気を使わせる結果になってしまった」
「そうだな。アルノルト君。申し訳ない」
「陛下。そんな。陛下やフォイルゲン辺境伯の”責任”ではございません。あんな事を言っている方々に”こそ”非があるのです。そして、単に”主席になれなかった”ユリウス殿下の責任です」

 ニッコリを笑って、陛下と辺境伯を見る。
 ふたりとも、言っている意味が最初わからなかったらしいが、それから、お互いの顔を見てから、父の肩を叩きながら笑いだした。

「・・・。エルマール。おまえの息子は楽しいな。おまえに似ないでよかったな」「全く、全く、エルマールにもったいない。儂に娘がもう一人居たら、アルノルト君に・・・イヤ、待てよ、ユリウス殿下よりも、アルノルト君の方が・・・」
「ホルスト。確かに、ユリウスよりも、アルノルト君の方が、優秀だろうけど・・・な。おぉそうだ。アルノルト君。一つ聞きたい事が有った」

 父の顔をミルが、目線に気がついてくれて、頷いてくれた。答えていいという事だろう。

「はい。何でしょう?」
「君は、”マナベ商会”なる物を立ち上げたのだろう?」
「あっはい。シュロート商会のご尽力で商会を立ち上げる事が出来ました」
「それは、いい。それよりも・・・だ!。シュロートが売り出している”リバーシ”は君のアイディアだと聞いたが本当か?」
「え?あっはい。そうでございます」
「そうか・・・。アルノルト君。余に一式融通してもらえないか?勿論、正規の支払いを行う。買いに行かせたが、2ヶ月待ちと言われてしまって、手に入らない。エルマールやホルストはすでに手に入れて、何度対戦しても勝てないのじゃ。悔しくての・・・なんとかならんか?」

 父も辺境伯も、”おとなげ”ない事をしているのか・・・。接待で負けてあげればいいものを・・・。
 父には確かに、マナベ商会を作った時に、3セット渡している。クリスから頼まれて1セット渡したのが、辺境伯に渡ったのだな。ユリウスには頼まれなかったからやらなかったが、渡したほうが良かったようだ。

「わかりました。寮に戻れば、まだ数セットありますので、ユリウス殿下にお渡ししておきます」
「そうか助かる。これで、エルマールやホルストに勝てるようになるぞ」
「・・・」「・・・」「・・・」

「アル。話は解った。おまえの決断を尊重しよう。しかし、これで、おまえは”ライムバッハ家の後継ぎ”という看板を背負う事になる。その事を肝に銘じて行動しろ。それから、ラウラとカウラ。お前たちは、今日から”ゼークト”を名乗れ」
「父上。”ゼークト”家?でございますか?」
「あぁ二人とも、後で、ルグリタの所に行け、養子として二人を迎い入れる事になっている」
「え?」「ふよ?」
「なっ。父上それは・・・」
「あぁルグリタとロミルダから申し入れが有ってな。二人を”ゼークト家”に迎い入れたいという事だ。問題ないな。アル?」
「もちろんです。ラウラ。カウラ。良かったな。お前たちさえ良ければ、俺は賛成だ」
「・・・ありがたく思います」「うれしいにゃ」
「父上。もう少し先になろうかと思いますが、二人の買い取りを終了させたいと思いますが良いですか?」
「アル様」「アル兄ィ」
「アル。いいぞ。あぁそうか、”マナベ商会”の売上だな」
「そうです。それで二人を開放したいと思います」
「二人は、おまえの従者だ。おまえの考えで実行しろ」
「ありがとうございます」

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