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辺境の小国、アルザス。
あまりに辺境すぎて、あまりに資源がなさすぎて、あまりに価値がないので見捨てられた国。
国境にやってきたが、当然のように荒れた大地が広がっているだけだった。
うん、やっぱりここなら、一周回って安全だな。
キバはアルザスの王都へと向かって馬を走らせていく。
さらに一時間ほど進むと、まばらに農家が見えてきた。
しかし日中だというのに、畑には誰もいない。
「……人っ子一人いないけど、どうしたんだ……?」
さらに進んで行くと、ようやく一人の人間を見つけた。
遠目にもわかるほど一生懸命、せっせとクワを振るっている。
と、その容姿を見て驚く。
――少女だった。
黄金色のブロンドを後ろで一つにくくり、その泥に汚れた真っ白な素肌。
その青い瞳でまっすぐ地面を見つめて、クワを振るう。
……まるで、どこかの王族の王女と思われるような容姿をしている少女が、一生懸命田畑を耕している姿は、異様な光景だった。
キバは気になって少女の横で馬を止めた。
少女はキバに気がつくと、手を止めてキバににこやかに挨拶してきた。
「……旅人……さんですか? 珍しいですね」
「なんで、一人で田畑を耕しているんです? 他の農民たちは?」
聞くと、王女は苦笑いしながら答えた。
「徴兵されて、近くの城にみんな居ますよ」
「徴兵? 戦争をするのか?」
こんな辺境の地の国が、いったい誰と戦争をするというのだ。
「ラセックスが攻めてくるんです」
「ラセックス……だと?」
ラセックス王国と言えば、七王国の一つ。
だが、今はドラゴニアと交戦中で、こんな辺境の王国と戦う理由はないはずだ。
キバが聞くと、少女は目を伏せた。
「……実は私のせいなんです」
「君の?」
「鉄鬼軍の大将、ルイズ・ラセックスは、私を狙っているんです」
あのラセックスの第一王女が、この少女を……?
一体なぜ……
「君は一体……」
聞くと、少女は答える。
「紹介が遅れました。私は――エリス・ラセックスと言います」
ラセックス……だって?
「……ラセックスの第3王女!?」
その名前は当然知っていた。
言われてみれば、漂う気品にも納得できる。
だが、なぜ大国の王女がこんなところで農作業をしている……?
「もう王女ではありません。国を追放されたんです」
「国を追放……?」
「無能すぎるお前はいらないからと」
「……それで、アルザスに?」
「はい」
……完全に俺と同じじゃないか。
「でも、なんで追放された上に、攻めて来るんだよ?」
「お姉様は私のことが嫌いなんです。理由なんていらないんですよ。でもお姉様が悪いわけではなくて、王女としてのプレッシャーがあったんです。自分が次の女王になるのだと、強く思って、だから私のことを執拗に攻めてきたんです」
「……そんなバカな」
戦は政治の延長だ。
目的もなく戦争をするなど、本物の愚か者がすることだ。
「でも、こんな一大事になんで、こんなところで農作業?」
「私がみんなのためにできることはありません。だから、攻めて自分にできることをしているんです」
出会ってまだわずかな時間しか経っていないが、少女の人柄は信頼に値すると思った。
……こんな人が自分の君主だったら、よかったのになぁ。
「……俺にもできることはないかな。一応、戦争にはちょっと詳しいんだけど」
キバが言うと、エリスは目を輝かせる。
「軍人さんなんですか……?」
「ドラゴニアで軍師をやってたんだけど……」
追放された国をひけらかすように使うのは、自分でもかっこ悪いかなと思ったが、でも力になるにはある程度信用して守らないという思いがあった。
「あのドラゴニアで!? 軍師を!?」
エリスはまるで神様でも見るような目でキバを見た。
「ちょうど、うちの軍隊には軍師がいなかったんです。前の人が亡くなってしまって。だから……私たちの軍師になってくれませんか?」
「ああ、もちろんだよ」