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終幕7

 そうして詳しく念入りに調べた結果。

(かなり巧妙に隠されていましたが、やっと見つけました。これであの妖精があれの力を奪っていたのが証明されましたね)

 プラタの中から、ジュライが取り込んだはずの設定が見つかった。それにより、プラタがジュライより旧時代の理を奪っていたというめいの推測が正しかったのが証明された事になる。
 しかし、詳しく調べる限りプラタはまだそれが扱えないらしく、機能していなかった。

(まぁ、使えていたのであれば既に使っていたでしょうからね)

 めいはそう納得する。めいがジュライ連邦を攻めてから今まででの間に、使うべき場面は幾度もあった。実際プラタの傍らでは、プラタの護るべき相手であるはずのジュライが気を失って倒れている。怪我は全て治したとはいえ、怪我した事には変わりない。それに、あの時都合よくクリスタロスが現れなければ死んでいたかもしれない。
 そんな状況まであったというのに、プラタは結局その力を使う事はなかった。それだけでもプラタは力が使えないという証明とも言える。プラタが力を隠す為にジュライを見捨てるなどという事はありえないだろう。
 では、何故ジュライから旧時代の理を奪ったのかだが、それに関してめいは、プラタが間違った判断を下したとは思っていなかった。
 世界は既に変わったのだ。ジュライもオーガストによって新しい器を手に入れ、そうあるべきと定義づけられていた道から外れている。その結果、旧時代の設定された通りに動く人形から、新たに自由に動く人間へと変化しているのだ。
 だというのに、この段階で旧時代の理を完全に取り込んでしまうと逆戻りしてしまう。つまりは、今のジュライという人格は消滅する事となる。それはジュライ同様に独自の人格を手に入れたプラタにとっては耐えがたい事だろう。そう、めいは考えた。
 プラタはプラタで色々思惑があるのだろうが、おそらくそれが最も重要な理由ではなかろうか。誰かを大切に想うという気持ちを理解出来るめいには、それは簡単に理解出来た。もしも逆の立場であれば、自分でもそうしただろうと思うから。

(さて、それはそれとしまして)

 そこまで考えたところで、めいは頭を切り替える。プラタを詳しく念入りに調べた結果、判明したことがもう一つあった。それは、どうやらプラタの中にソシオが居るようだという事。
 それを知った時めいは、いつの間にという思いと道理で簡単に終わったものだという納得があった。後の問題は、それをどうするか。
 その前に、ソシオの存在がプラタの中に居るのが故意なのかどうかを確かめなければならないだろう。プラタがソシオを取り込んだのか、ソシオがプラタの中に侵入したのか。、
 どちらも基は妖精なので、もしもプラタがソシオを取り込んだのであれば、それを御することが可能と判断出来れば放置してもいいだろう。だが逆で、ソシオがプラタの中に侵入したのであれば、何をしてでも引きずり出さなければならない。それも叶わないのであれば、プラタごと潰すしかなくなる。
 さてどうしたものかと思いながら、めいはプラタの周囲に視線を巡らす。どちらにしても、その周辺にソシオの破片が飛んでいる可能性が高いので、残ってはいないかと警戒して。
 ごく僅かな時間で破片が無いのを確認しためいは、周囲に敵が居ない事を確認した後、プラタへと近づいていく。

「・・・・・・」

 終始警戒しているプラタを無視して、めいはさてどうするかと近づきながら考える。
 プラタを倒すのは簡単ではあるが、色々と取り込んでいるようなので、それで思わぬ反応があっても迷惑なだけだ。
 かといって放置も出来ないので、ソシオを取り出す方向で行きたいのだが、それには警戒を解いてもらわなければならないだろう。取り出す作業中に妙な事をされても困るのだから。
 プラタの他の面子では、フェンとセルパンがプラタ同様にめいを警戒している。シトリーだけはある程度めいを警戒しつつも、そこまで気にしていないようだ。四人の中で一番状況がみえているのかもしれない。
 めいはプラタの数歩先で立ち止まると、僅かに考えて口を開く。

「貴方は望んであれを、ソシオを取り込んだので?」

 遠回しな表現も考えたが、そんな悠長な場合でもないかと判断しためいは、直接そう問い掛ける。それにプラタは、怪訝そうな気配を漂わせた。
 めいはそれを答えと受け取り、疲れたように息を吐き出した。

「つまり貴方は、自身の中にソシオが侵入している事に気がついていないと?」
「・・・それは事実ですか?」

 そのめいの指摘に、プラタは一瞬悩む様子をみせた後、怪しむようにめいに問い掛ける。

「ええ、事実ですよ。消滅を避ける為に避難したのか、元々そちらが目的だったのかまでは分かりませんが、このままでは乗っ取られるのでは? 奪ったあれに取りついたようですし」

 言葉を濁しながら、めいは現在も観測している結果をプラタに伝えていく。
 プラタの中に避難したソシオは、プラタがジュライから奪ったはいいが使えないでいる旧時代の理を取り込もうとしていた。それが実現してしまえば、少しだが面倒な事になるだろう。
 何について話しているのか分かるようにと、ジュライへと視線での誘導も行っためいの言葉を理解出来たらしいプラタは、考えこむように視線を下げる。
 それも短い間だけで直ぐに覚悟を決めたのか、視線を上げてめいへと視線を向けた。

「それで、私にどうしろと?」

 力の籠った視線を向けてそう問うてきたプラタに、めいはにこりと優しげに微笑む。

「大人しくしていてくだされば、他には何も必要ありません。こちらで勝手に取り出しますので」

 そう告げると、めいは鋭い視線を向け続けているプラタにゆっくりと近づいていく。
 プラタのすぐ横に移動しためいは、ジュライの介抱の為に座っているプラタに目線を合わせるように膝を折る。

「さて、面倒な相手なので、直接触れて対処しますので」

 そう告げてから、めいはプラタの肩に手を置く。
 プラタは平然としているように見えるが、実際は身構えるように緊張で力が入っているようで、めいはしょうがないと理解しつつも僅かに苦笑した。
 めいはプラタの肩に置いた手から、プラタの中に侵入しているソシオに対処する為に力を通していく。

(これが人形ですか)

 ソシオを探しながらプラタの内部に力を進ませているめいは、中に妖精が入っているとはいえ、作り物とは思えないその複雑な内部構成に内心で呆れたような笑みを浮かべる。
 それはプラタが独自に手に入れた変化で、元々は良く出来ているだけのただの木製の人形だったそれを、プラタはかなり生き物に近づけていた。後は血液と臓器でも生みだせば、それで立派に生き物と言えよう。もっとも、そうなるとプラタには食事も睡眠も必要になってしまう訳だが。

(願い望み手に入れた変化。元々妖精は魔力の塊、いや根源のような存在であったのですから、この変化も当然なのかもしれませんが。それでも、ここまで一から自前で変化させていったというのは驚きを禁じ得ませんね)

 めいはソシオを探しながらそう思う。
 魔法というのは、魔力を介して想像を一時的に具現化させる方法である。その想像とは、願いであり望みであり想いであった。
 何にせよ、そんな想像に魔力を加えると、想像を創造する事が出来る。流石に何でもという訳ではないが、あり得ない事を現実にするという点では間違ってはいない。
 そして、妖精はそんな魔力の塊である。魔力そのものといってもいいぐらいの存在。そんな存在が強い想いを持つとどうなるか、その結果が目の前の存在であった。

(だからこそ、妖精は特別自我が薄い存在であったはず。しかし、そんな存在が自我を得てしまった時の反動は凄まじかったようで、その結果が執着という形に出たといった感じですかね。その凄まじい執着という想いに、無意識に自身の魔力を注ぎこみ続けた結果がこの身体へと繋がると)

 ソシオを探しながらも、めいはプラタを観察していく。
 このプラタを基にしてソシオが開発したのが、周囲を警戒しているソシオ製の人形であり、ソシオ自身でもあった。
 故に、この観察は無駄ではないだろう。ソシオは既に何か得体の知れない存在になってはいるが、それでも人形は使用しているようであったから。しかし、一つだけめいは気になっている事があった。

(あの時砕いた身体は新しく創った人形だったのでしょう。しかしそうなると、我が君より賜った身体は一体何処に?)

 オーガストの中に宿っていたソシオをオーガストが外へと出す際に贈った身体は、ソシオが何よりも大切にしていたモノであった。それ故に、どれだけ変化しようとも、その身体だけは使用し続けていたはずであったのだが、めいは今回その身体を確認していない。

(何処かに隠しているのか、それとも本格的にあれは壊れてしまったのか)

 以前めいがソシオを殺した時の事、消滅を避ける為にソシオは身体をその場に置いて、別の場所に用意していた別の身体に避難したことがあった。
 その時は後日、身体をわざわざ回収しにきたのだが、その時の教訓から、もしかしたら戦場には大事な身体を持ち込まないようにしているのかもしれない。
 めいはその可能性を思いはしたが、先程まで対峙していた時のソシオの様子を思い出すに、何かしらが原因で人格が壊れてしまっているという可能性もあった。その場合、ソシオがあれほど大切にしていた身体は素材として使用したという可能性もある。
 そして、その原因としてめいが考えているのが、処理出来る許容範囲以上の力を一気に取り込んでしまったというもの。ただ、そうなると別の懸念が出てくるのだが。

(あれは曲がりなりにもこの世界の頂点の一角まで上り詰めた者。そんな存在が処理しきれないほどの力とはどれほどのものなのでしょうね・・・その力の行方如何によっては、盤が覆りかねないのが気がかりですね)

 結局最後まで気が抜けないなと思いながら、めいはプラタの中に隠れたソシオを探していく。事前の調査で旧時代の理に取りついていたのを確認しているので、見つけるまでにそこまで手間取る事はないだろう。
 そして、事前調査で場所を把握していたその場所まで力を通すと、めいはそこからソシオを探していく。
 辿り着いた旧時代の理とその周辺を少し探してみたところで、めいは直ぐにソシオを見つける事が出来た。
 ソシオの気配は隠しているからか目立たなかったが、流石に近づけば簡単に把握出来る。
 めいがソシオを見つけた時も、ソシオは旧時代の理を取り込んでいる最中であった。ただ、旧時代の理とは相性が悪いのか、時間が掛かっている様子。
 そんな状況のソシオを見つけためいは流し込む力を増やし、それで瞬く間にソシオを捕縛すると、そのまま外まで引きずり出していく。

(大分弱っているようにみえますね)

 実際にところはどうか知らないが、プラタの中に避難していたソシオは大分弱っていたようで、ろくに抵抗するでもなくめいによって外に引き出されてしまった。
 外に出てきたソシオは力の塊のような存在なので、目で見る事は出来ない。魔力とも違うその力は、プラタ達の眼には陽炎のように空間が揺らいでいるようにしか視えなかった。そして、その揺らぎの周囲には別の何かが巻きついている。
 それを確認しためいは、一瞬自身に取り込むことも考えたが、嫌な予感がするのでやめておく。
 そのまま消滅させる前に、念のためにソシオを解析してみると、めいは小さく舌を打った。

(これは解析用とでもいった感じですね。これで調べた結果を別の場所に送っている。という事は、先程のは旧時代の理を取り込んでいるというよりも解析していたという事ですか。そして、これを何処に送っているのか・・・)

 めいよりも先にプラタの変化に気づいていたらしいソシオ。それはそれとして、今は何処かへと情報を送っていたらしいという方が問題であった。それ即ち、ソシオが健在の可能性が非常に高いという事になるのだから。
 焦る気持ちを抑えつつ、めいは解析用のソシオの力を調べていく。そうして判明したこの力が情報を送っていた先は、この世界の根幹部分であった。
 それが判明した瞬間、めいはぞわっとした気持ちの悪い感覚に襲われる。

(先程までのは陽動といったところですか。遊びも含まれているでしょうが、それにまんまと引っ掛かったという訳ですね)

 ふふっと自嘲するような笑みを小さく零しためいは、ここでやるべき事も終えたと判断し、プラタにジュライが降伏した事を把握しているかどうかの確認を行い。軍を退かせる約束をして姿を消す。
 今回のめいの目的は、世界から逸脱し始めていたジュライ達を現在の世界の法則下に置く事だったので、少々強引ではあったが、降伏させたことで同時にそれを認証させた。勿論そこは詳しく伝えてはいないが。
 めいはジュライ連邦を包囲していた軍に撤退の指示を出すと、その場から消えて根幹へと急ぐ。
 世界の根幹は、以前ソシオが攻撃してきた事があったので、オーガストの助言を参考に、その際様々な防備を敷いていた。なので、いくら今の得体の知れないソシオとはいえ、簡単に侵入は出来ないようになっていた。ただ、時間を掛ければその限りではない。
 めいは根幹に到着すると、何処までも広がるその場所を調べていく。根幹はめいとほぼ同化しているので、その中を調べるのは容易であった。

(ああ、だから旧時代の理を調べていたのですね)

 そうしてソシオを見つけためいは、先程のプラタの様子を思い出して納得する。既に侵入されているのはしょうがないが、まだ侵入部分は浅い。
 見つけたソシオが現在取り込みながら突破しようとしているのは、プラタが保持していた旧時代の理、その大本の封印であった。
 プラタの保持していた方はついでに回収しているが、根幹に置いている封印の方はまだまだ破壊を始めたばかりなので、結構な量の情報が今でも残っていた。それを全て取り込もうとしているソシオは、やはり何処か壊れてしまっているのだろう。

(確かに力には変わりありませんが・・・)

 そんな事を思いながら封印の許まで急いで移動すると、めいが何重にも施していたその厳重な封印の一部がほぼ破壊されていた。その奥にソシオの反応がある。ただ、こちらの反応はプラタの中に在ったモノに近いので、本体ではないだろう。

(もうこれに価値はないというのに)

 プラタの中に在ったモノよりは性能がいいようだが、それでもめいにとっては簡単に駆除出来る程度のモノなので、さっさとそれを取り除き、再度封印を施していく。
 一部中身が取り込まれたようだが、それは旧時代の理の破壊が少し進んだと思う事にする。
 次なる問題は、めいが今し方破壊したソシオの力が、プラタの中に在った力から情報を受け取っていたのとは別のモノという事か。

(さて、この世界の何処かに本体が居ると思うのですが)

 めいは根幹内を調べてみるも、ソシオの反応は見つからない。根幹はめいの領域のような場所だというのに見つからないのは、よほど巧く隠れているのか、それともめいでは認識出来ない方法を用いているのか。
 自身の弱点でもある場所なだけに、めいは徐々に焦りをその顔に浮かべていく。しかし、焦ったところで分かる訳もないと自身に言い聞かせて、なんとか気持ちを落ち着かせる。
 それから何度も探してみるが、ソシオの反応は一向に見つからない。居ないのかとも考えためいだが、少なくともプラタの中から発せられていた情報を受け取っていた何かは存在するはずであった。
 めいは再度根幹内を調べていく。しかし、いくら探しても結果は変わらない。何処をどれだけ探しても、何も異物は存在しなかった。
 おかしい。その結果にめいはそう思いはするが、自身の能力は疑うほど低くはないし、念の為に調べてみても、何かがめいの力に干渉している様子はみられない。
 ということは、何者も根幹内には存在していないという事になる。そこまで考えたところで、めいはふと思い出して根幹の周辺を調べてみる事にした。
 そうすると、根幹とめいが呼んでいる領域の直ぐ外側に、何者かの存在を感知した。それは間違いようもなくソシオの反応。

(ああ、やはり・・・)

 それにめいは納得したような思いを抱く。先程旧時代の理の封印へと侵入しようとしていたソシオの力の事を思い出しながら。

(あれが根幹内に居た時は、既に今回内部に侵入された後かとも思いましたが、侵入していたのはあれだけという訳ですね)

 思い返してみれば、ソシオの力は旧時代の理の封印を護る結界を破壊して侵入してはいたが、それでもまだ全て破壊していた訳ではなかった。それに破壊跡は小さく、ほぼ無形のソシオの力であればこそ、その小さな穴からでも侵入出来たのだろう。
 ここからはめいの推測になるが、おそらくソシオはこの短時間では根幹を護る結界に小さな穴を開けるので精一杯だったのだろう。そして、そこから先程退治した力だけを侵入させて封印を狙った。
 何故今更封印を狙ったのか、という疑問はあるのだが、それは今は横に措く。
 とにかく、そういう訳で、めいはソシオがまだ侵入していないと予想して、外の方へと意識を向けた。そうすると、根幹領域の直ぐ外側でソシオを見つける事が出来た。
 見つけたソシオは外側で佇んでおり、何もしていない。侵入させた力をめいが退治した事で、めいがやってきた事に気づいたソシオは、めいがやって来るのを待っているのだろう。
 めいは自分の状態を確認後、問題ないと判断してソシオの近くに一瞬で移動する。
 根幹領域外で佇んでいたソシオは、かつてオーガストがソシオに与えた身体で存在していた。
 それを見て、めいはまだ自我が無事なのかと疑問に思う。それと共に、おそらくこれが本体なのだろうとも。

「随分とまぁ、迂遠な事をしましたね」

 ソシオの許まで移動しながら、めいはそう言葉を発する。

「そうだね・・・君が相手だ、出来る事はするさ」

 肩を竦めてそう告げると、ソシオは十歩ほどの距離を空けて立ち止まっためいへと小さく笑みを返す。

「ふざけていた訳ではないと?」
「楽しんでいたのは否定しないよ」
「そうですか。ところで一つ尋ねたいのですが」
「何だい? この際だ、一つと言わずに幾つでもどうぞ。答えられる事には答えるからさ」
「では、お言葉に甘えまして」

 そこでめいはコホンと小さく咳払いして、一度間を区切る。

「・・・貴方は正気ですか?」
「ふふ。どうだろうね。君に挑むのがまともかどうかは知らないよ。この短期間で急激に強くなったつもりだったが、どうもそうではないらしい」

 目を細めて鋭くめいを見詰めると、ソシオは小さく口元に笑みを浮かべた。

「やはり君はオーガスト様の特別らしいね」
「だといいのですがね」

 めいは何処となく自嘲するような声音でソシオに言葉を返す。
 実際、めいはオーガストが最も力を入れて創造した存在であった。既にあらゆるものの頂点に君臨していたオーガストが、自身を殺す為にと創造した存在なのだからそれも当然ではあるが。
 しかし、それでもオーガストの願いを叶えるには及ばない程度の存在でしかなかった。
 もっとも、オーガストというあらゆる基準から大きく逸脱した存在と比べなければ、めいはおそらく全ての世界を創造している神にも匹敵する存在であろう。つまりめいは、あらゆる世界を含めた中でも最強に最も近しい存在だとも言えた。
 だが、めいにとって全ての基準はオーガストである。自身の願いとてオーガストの願いそのものなのだから。
 その基準で言えば、めいは弱者だ。めいが全力で挑んだとしても、オーガストならその気になる前に一瞬で終わらせられるほどに。

「そんな君に挑むのだ、迂遠だろうとなかろうと、出来る事はするという訳さ。力だって少しは計れたし」
「そうですか・・・」

 陰湿そうに小さく笑うソシオに、めいは僅かに目を細める。

(やはり何処か壊れてますね)

 全てが壊れた訳ではないのだろう。しかしそれでも、めいにはソシオが大事な何かを失ったように思えた。ソシオという人物の根幹を成していた何かを。

(もっとも、それでもあの身体を使用している内はまだソシオという人物なのでしょうが)

 めいがそう考えたところで、意味の無い思考だと別の自分が鼻で笑う。

(ま、そうですね。今から殺す相手の事を考察しても無駄ですね)

 めいとソシオはそれなりに色々と因縁のあった相手だった。しかし、めいはその縁を棄て、芯から冷めていくような感覚に身を委ねていく。
 ソシオの身に何があったのかは知らないが、少々ソシオは危険になりすぎたのだ。それこそ、こうして本体と対峙した事で、めいに管理者としての排除ではなく、めいとして始末すると決断させたほどに。

「では、手加減はしませんよ?」
「当然だね。そんな暇も与えないが」

 微笑むめいに、不敵に笑うソシオ。
 そうして睨み合いながら、めいは一つだけ懸念があった。それは、オーガストがソシオに与えた身体。

(あれを傷つけるというのは気が引けますが)

 愛する者が創造した身体なだけに、出来れば傷つけずに終わらせたいところではあるが、しかし相手が強敵である以上、そんな甘い事は言っていられない。
 めいはその迷いを一瞬で断ち切ると、意識を切り替える。

「さ、始めますか」

 自分に言い聞かせるようにそう呟いためいの言葉が耳に入ったのか、ソシオは笑みを深める。
 しかし、めいはそれを感情の窺えない目で眺めると。

「確実なる終焉を贈りましょう」

 読み上げるようなその口調は、聞く者に寒気が起きるほどに感情が抜け落ちている。そして、小さな声だというのに、対した相手の心臓を貫くかのように鋭い。
 そんな言葉がソシオの耳に届くよりも早く。

「ごほぉっ!!」

 正面と背後から貫くような衝撃がソシオを襲い、その痛みにソシオは一瞬意識を手放しかける。

(何が・・・?)

 ソシオはそんな自分に驚愕すると、混乱しそうになる頭で視線を下げる。そうすると、そこには鳩尾辺りに深々と突き刺さっている半透明な青く細長い塊。
 そんな塊の下の方には、同じような細長い塊が背中側から突き刺さり、お腹の辺りから顔を出していた。
 一見すると青味を帯びた水晶か何かのように思えるが、そんなモノで貫けるほどソシオは柔らかくはない。それに、その水晶が突き刺さっている部分からは、ソシオをしても耐えがたい痛みが絶えず与えられている。

「ぐっ! な!? え!??」

 予想だにしなかった事態に、ソシオの頭は混乱する。そんな中でも、早くそれを抜かなければという思考が浮かび、深く考える事なく鳩尾辺りに突き刺さっている青みを帯びた水晶を両手で握る。しかし。

「あっつ!!」

 手に熱にも似た痛みが走り、思わずソシオは手を離してしまう。

「な、何が・・・!?」

 水晶を握った両の手の表面が溶けたように消滅しており、よく見ればその溶けた部分は、少しずつ少しずつ拡大していっている。

「何だこれは!? なんだこれは!?」

 そのありえない事態に、ソシオの混乱は益々深まっていく。そのせいで痛みも何処かへと吹き飛んでいるが、現状は悪化の一途を辿っている。なにせソシオの両の手のひらを溶かした水晶は、ソシオの身体に深く突き刺さったまま未だに消滅していないのだから。
 ソシオがそうして混乱していると、呆れたように息を吐き出した音を耳が拾い、ソシオはその音がした方へと顔を向ける。

「一体何をした?」

 怒りと混乱の混ざったような低い声音で、ソシオは威嚇するようにめいへと言葉を投げる。
 そんな言葉を受けて、めいは呆れたように憐れむように小さく肩を竦めた。

「何って、攻撃ですよ。貴方を破壊しつくす攻撃。逃げる事は許されない攻撃」
「そんなはずは・・・」

 ソシオは自身に目を向けた後、両手を魔法で覆って再度水晶に触れる。しかし、直ぐに魔法は消滅してソシオの手を水晶が溶かしていく。

「これなら・・・!!」

 今度は魔法ではなく虹色の光で両の手包み込み、水晶に触れる。

「があああぁぁぁ!!」

 途端に襲い掛かってきた痛みに声を出すソシオ。その頃には虹色の光は消え、再度ソシオの手を焼いた。

「何か手は・・・」

 ソシオは考えると、直ぐに手を黒く染め上げる。

「これがあいつの力ならば、あいつの力で!!」

 そう口にして水晶を握り締める。しかし結果は同じ。

「があああぁぁぁ!!」

 先程と同じように黒い光は消滅し、ソシオの手を溶かした。

「ならば別の世界の理で!!」

 そうやってソシオは思いつく限りに様々な方法を試していくも、その悉くが失敗に終わり、ソシオの両の手は手首の辺りまで完全に消滅してしまった。
 そんな様子を眺めていためいは、呆れたように息を吐き出す。

「呆れめの悪い」

 めいはそう口にすると、感情を感じられない瞳でソシオを捉える。

「たかが魔法を消す程度の力で抗えるはずもなし。たかが死の権能程度で抗える訳もなし。たかが外の世界如きの力でどうこう出来るなどありはしない。貴方が敵対した相手をお忘れですか?」
「どういう・・・?」

 めいの言葉に、ソシオは痛みに顔を歪めながらも訝しげに問い掛けた。

「貴方の前に居るのは死を司るだけの者でもなければ、この世界を管理しているだけの者でもない。せっかくです、改めて自己紹介をしましょう。私の名はめい。オーガスト様に創造して頂いた、ただのめいで御座います」
「それが何だと・・・」

 そこまで口にしたところで、ソシオは何かを思い出す。それを思い出したソシオが何か言葉にする前に、めいが答えた。

しおり