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終幕5

 迫りくるソシオの攻撃を何とか躱しながら、可能な限りソシオの回復能力の方に意識を向ける。ただ、攻撃を避ける方に集中している為に、上手くそちらに集中出来ない。
 何だかソシオの攻撃速度が段々と速くなってきている気がするが、これは多分逆なのだろうな。

「うぉ!!」

 思ったように身体が動かず、ギリギリの回避となってしまう。これは疲労がかなり蓄積している証拠だろう。息も意識して整えなければ、呼吸が乱れて避けきれずに捉えられてしまう。
 こんな状況でソシオの回復の秘密に思考を振り分けるとか難しすぎる。しかし、やらなければ直に捉えられて終わるだろう。
 考えろ、考えろ。おそらくだが、相手は攻撃を受けた瞬間に局所的に時を戻している。いや、時を戻しているというよりも、誤魔化しているだろうか。攻撃を受ける一瞬前の情報をそのまま引き延ばすことで、攻撃を受けるという現実を無理矢理否定しているのだ。
 これはボクの上書きよりも荒業だろう。なにせ、情報を読み取るとか一切しないで、強引に情報を引き延ばしている訳だし。こんなのそもそも上手くいくはずもない。本来であれば。しかし、実際は何度も上手くいっている。何故だろうか。

「くっ!! 痛ッ!!!」

 少し意識を思考の方に傾けすぎたようで、右手にソシオの攻撃が直撃してしまった。
 ソシオのこぶしが中った右手は、手首から先がプラプラと皮膚だけで繋がっている。手首から上も腕全体で骨が折れたようだ。吹き飛ばなかっただけマシだろう。指は親指以外全て失ったようだが。
 急いで腕に回復魔法を施す。情報を読み解き上書きする事で、疑似的な時の巻き戻しを実現させる。自身の腕なので、情報の読み取りは非常に簡単だ。
 それでも意識が分散しているうえに、痛みで上手く集中出来ない。思考に振り分けていた分を全て回復の方に向けるも、回避に集中しないと流石にキツイ。
 結局、右腕全体を回復しきるまでに十秒近くも掛かってしまった。何も無ければこのぐらい一秒も掛からないというのに。
 その間は血液も失うので、回復しても思考は更に鈍化する。身体の動きも鈍く、ソシオの攻撃を辛うじて回避出来ているのが奇跡のようだ。
 ああ頭が上手く回らない。なんでこんな事をしているのだろうか? えっと、えっと、とりあえずこちらに向かってくるこぶしは避けないと?
 上手く纏まらない思考ながらも、攻撃に対しては反射的に回避する。ただし、それもそろそろ限界だ。疲労で身体が上手く動かない。
 ほら、こちらに迫ってくるこぶしは認識出来るが、それに対して動きが小さい。もう少し大きく動かなければ掠ってしまう。
 そう頭で思うのだが、これ以上機敏に身体が動きそうもなかった。





 めいが動いた事により世界に動きがあった。それを察した天使族の生き残りであるクリスタロスは、妖精の森の中からその動きを注視する。
 森の外で何が起きているのか、それについては詳しくは分からない。だが、何かを決する時が来たのだろうとクリスタロスは考えた。
 それから暫くの間世界の流れを追ってみると、どうやら何処かの国だと思われる集団の周辺に流れているようだ。流れているというよりも、囲んでいるといった感じか。
 それを感知して、クリスタロスはまだ国が存在していた事に驚く。強大な存在が全てを呑み込んでしまったと思っていたのに、それから脱していた国が在ったとは。
 そして、そのうえで現状を予測すると。

「侵略ですか」

 そういう事になるのだろう。最後の国・・・かどうかは分からないが、それでも他に国が在るかどうかは定かではない。

「さて、どうしたものですか」

 自分はどうしようかと、クリスタロスは考える。このまま傍観していてもいいが、本当にいいのかとも考える。このまま何もしなければ、早晩強大な存在が世界を飲み干してしまうだろう。
 かといって、自分に何が出来るというのか。クリスタロスはそう自嘲する。確認出来るだけでも、かなり強大な存在が結構な数居るのだから。
 それらに自分で勝てるかと考えるも、一対一でも勝てそうもない。そんな自分が行って何になる。そう思い、クリスタロ小さくため息を吐く。
 人の頭を載せた鳥のような姿の魔物であるフェネクスは、それを見て僅かに考えて口を開いた。

「動かんのか?」

 フェネクスのその問いに、クリスタロスは肩を竦める。

「動いてどうなります? アテが動いたところで波紋さえ起こりませんよ」
「それは実際に動いてみない事には分からないだろう?」
「分かりますよ。格が違い過ぎます」
「はは」

 何処か拗ねたようなクリスタロスの物言いに、フェネクスは愉快げに声を出して軽く笑う。

「・・・何がおかしいので?」
「いやなに、勝つ事ばかりが全てではなかろうにと思ってな」
「どういう意味でしょうか?」
「何が出来るかは知らないが、弱者には弱者の戦い方があるという事だ。出来ないならば、出来る者に頼むとかな」
「そんな相手が居ますかね?」
「それこそ、行ってみなければ分からぬであろう」
「・・・一理ありますね」

 フェネクスの言葉に肩を竦めると、クリスタロスはその事について思案してみる。
 クリスタロスは暫く悩んだものの、力が集っている場所に行ってみる事にした。このまま妖精の森に籠っていたとしても状況が好転するとは思えなかった為に。
 天使族というのは、翼を持っている。故に空を飛べるとは一概には言えないが、天使族は魔法と翼を駆使して空を飛ぶ事を得意としていた。
 クリスタロスは妖精の森を発つと、空を飛んで目的の場所を目指す。フェネクスは頭部以外は鳥の形をしているのだが、空はほとんど飛べない。飛べてもごく僅かのみで、走った方が普通に速い。
 フェネクスに関しては、創造主であるクリスタロスのおおよその位置が解るので、地上から調べながらそこへと向けて影渡りで移動する。巨体が影の中に沈むように入っていく様は不思議なものがあった。
 上空から地上の様子を確認しながら、クリスタロスはその寂しい光景に眉根を寄せる。
 かつては街が在って賑わっていただろう跡地も見かけるが、今は誰の姿も見られない。
 昔とは随分と変わったものだなと、こうして目にしてクリスタロスはしみじみと思う。人間界から逃げるように移動した時には、そんな事を確かめる余裕さえなかった。
 そうこうしながらクリスタロスが空を飛んでいると、前方の離れた場所に小柄のドラゴンのようなものに乗った少数の一団を発見する。

「あれは……」

 よく見れば、蜥蜴に羽を生やしただけのような姿のそれに乗った一団は全部で五人。全員妙な光沢のある黒い鎧だか服だかに全身を包んでおり、遠目には空飛ぶ蜥蜴に乗った巨大な虫のようであった。
 それを見て説明の出来ない嫌悪感を抱いたクリスタロスは、構わず魔法を放つ。この辺りにクリスタロスの知っている味方も居ないので、基本的に誰か居たらそれは敵であった。場所も戦場が近いのだし、遠慮する理由もない。
 クリスタロスの意思と共に即座に展開された魔法が前方の五人に襲い掛かる。それなりに強そうな相手ではあったが、クリスタロスの敵にはなりそうもなかった。
 現に五人の内、クリスタロスの奇襲に気づいたのは一人だけ。他四人は、内二人が事切れて落下したところでやっと気づいた程度。
 クリスタロスの奇襲により残り三人となった空飛ぶ一団は、反転してクリスタロスの方へ向くまでに更に一人数を減らす。
 残り二人となったその一団は騎乗している空飛ぶ蜥蜴の手綱を引くと、空飛ぶ蜥蜴はぱかりと大きく口を開いて、白光する小さな球体を口の中に生み出す。
 それを放出して前方の相手を攻撃するのだろう。その様子を見てクリスタロスはそう判断する。騎乗している二人も魔法を構築していた。
 しかし、それを見たクリスタロスが魔法を構築して放つ方が遥かに早いようで、相手の四つの魔法の構築が終わるよりも一瞬早く、クリスタロスの魔法が相手を襲う。
 クリスタロスの魔法を受けて、残っていた二人も空飛ぶ蜥蜴共々墜落していく。

「やはり我々にとって、他種族の魔法の構築は遅いですね」

 二人が落下して地面に叩きつけられたのを確認しながら、クリスタロスはしみじみとそう呟いた。
 クリスタロスのような天使族が扱う魔法は、それ以外の種族が扱う魔法とは構築の仕方が異なる。
 天使族以外の種族が扱う魔法は、使いたい魔法を構築するという段階があるのだが、天使族の魔法の場合はそれが無い。天使族は使用したい魔法を脳裏に思い描けば発現させることが可能なので、その違いから魔法を放つまでの時間に僅かではあるが差が存在していた。
 その僅かな差によって、天使族は少数ながらも強大な存在として世界の一角を担っていたほど。もっともそれも昔の事で、今や天使族はクリスタロスを残すのみとなっているのだが。
 敵の殲滅を確認したクリスタロスは、目的地まで飛行を続ける。あれ以降敵と接する事はない。空飛ぶ存在というのはそれほど多くはないのだ。
 目的の力が集う地が近づいたところで、クリスタロスは移動速度を落とす。少し先は既に戦場である。現在のところどちらの味方という訳でもないクリスタロスにとっては、無暗に近づくべきではない場所だろう。
 空を飛べることの利点の一つは、視界が開けている事だ。遮る物の少ない上空では、遠くまで見通すことが出来る。
 しかし、同時に空を飛べることの欠点の一つは、視界が開けている事であった。遮る物の少ない上空では、遠くからでも自身の位置が見つかりやすい。隠れる場所などほとんど無いのだから。
 そんな場所である。魔法で周囲と同化して出来るだけ視認性を下げたとしても、分かる者には直ぐに見つかってしまう。上空からの視察はそれを理解したうえで慎重に行う必要があった。
 目的の地から十分距離を取った場所からクリスタロスは慎重に様子を見る。長年天使族が世界の一角を占めていただけに、対空への対処もそれなりに存在していた。
 それへの対処もまた存在するが、相手の中にはクリスタロスよりも圧倒的な格上が存在しているので、そもそもクリスタロスの力が通用するとは思っていない。
 そういった事を理解したうえで、自身が出来る万全の警戒をしながら、現状を知る為にクリスタロスは意識を遠方へと向けた。
 クリスタロスが意識を向けた先では戦いが起こっていた。

「あれは何でしょうか?」

 巨大な人が暴れまわり、周囲の小さな人々を蹂躙している。蹂躙している相手はその戦場では弱い部類の者達ではあるが、それでも蹂躙するにはかなりの力量が必要になるだろう。

「巨人? にしては生きているようには見えませんが・・・?」

 その圧倒的な光景にクリスタロスは唖然としながらも、それを成している巨大な存在の正体について考えたところで困惑する。
 敵を蹂躙する巨大な存在からは生き物としての感覚が一切感じられないのだ。それどころか、魔力すらほとんど有していないようだ。
 それでいながら敵を圧倒しているのは魔法ではなく、単純に重量に由るところが大きい。その正体について考えてみたはいいものの、クリスタロスには皆目見当がつかなかった。
 とりあえず考えても分からないので、意識を別の方へと向ける。そこにはクリスタロスでも勝てないと思われる強者を複数相手取って尚優勢に事を進めている一匹の大蛇の姿。
 尾を振り相手を叩きつけ、その牙で相手を噛み千切る。時折紫色した霧を発生させると、それに触れた者は触れた部分が溶けてしまう。
 その強さは圧倒的であった。味方に配慮してか紫色の霧の発生回数は少ないものの、それでもあまりにも一方的にその場を支配している。そのせいで、相手が非常に弱く見えるほど。
 しかし、クリスタロスは大蛇が相手をしている者達の力量を正確に読み取れているので、大蛇がどれだけとんでもない存在かをよく理解していた。

「あんな存在もまだ居るのですね。他の場所も見てみますか」

 戦域はかなり広い。クリスタロスはしっかりと戦場から距離を取りながら、大きく迂回するように場所を移動していく。
 移動先でも強者をそれ以上の強者が圧倒している場面ばかり。乱戦になっている場所はほぼ確認出来なかった。。
 そうしてクリスタロスが戦場を確認していると、突然攻めていた側が撤退を始める。といっても自国まで退く訳ではなく、遠巻きに陣を敷くような感じだが。

「仕切り直し? それにしては突然すぎるような?」

 クリスタロスが戦況を確認した限り、攻める側は攻めあぐねてはいたが、それでもまだ大分余裕があるように見えた。少なくとも、まだ撤退とか仕切り直しとかの判断を下すには早いと思われた。
 では何故かとは思うも、それを戦場からは読み取れない。国を護っている側も追撃しようとはしていない。それどころか、国を覆っている結界内に戻っていった。
 一体何が起きているというのか。それを不思議に思いながらも、クリスタロスは距離を保ちつつも観察を続ける。

「ん? この感じは・・・」

 暫くそうやって観察していると、微かにではあるが随分と懐かしい感覚を捉えた気がした。
 その出所を探してクリスタロスは移動をしていくも、その感覚は時間と共にあちらこちらへと一瞬で移っていく。
 どうにかして確認出来ないものかと考えながら移動するも、とうとうその感覚は消失してしまう。

「・・・何処か遠方へと転移したようですね」

 消えて間もなく、まだ追えると判断したクリスタロスは感覚を研ぎ澄ませて周囲を探ってみる。そうすると、遥か彼方へと延びる魔法の微かな痕跡を確認出来た。

「追ってみますか」

 暗くなりつつある空の下でクリスタロスはそう決断すると、魔法の痕跡を追って移動を開始する。勿論、誰かも見つからないように気をつけながら。
 それから追いかけている内にすっかりと夜になってしまう。それでも魔法を使えば夜目ぐらいは問題なく使える。
 更に暫く進んだところで、クリスタロスは遠くに人影を確認する。少女のような見た目のそれは、吐き気を催すぐらいの強者であった。

(何という化け物でしょうか。それに、あの巨人同様にこちらからも生命反応を感じない)

 その代わりこちらからは魔力を感じられるのだが、それは狂ったかのように膨大な魔力量。ただそれだけでクリスタロスは生きた心地がしない。
 そして、その人影は視線の先に複数体存在している。一体だけでも勝ち目が一切無いというのに、絶望的な状況である。
 どうすればいいかと、内心で混乱しつつクリスタロスが考えていると、人影が何かに気づいてクリスタロスの方に視線を向けた。
 人影から向けられた視線とクリスタロスは目が合った気がする。しかし、人影の方はそれで興味が失せたのか、ふいと視線を前に戻す。
 クリスタロスは内心で安堵しつつ、脱力する。しかしそれで魔法が弱まり、思わずそのまま地面に落ちそうになって、クリスタロスは慌てて気を引き締めた。
 そうして気を引き締め直したところで、クリスタロスは人影が視線を向けている先が気になり始める。そこから懐かしい気配を感じるのも原因だろう。
 クリスタロスは逡巡したものの、意を決して人影の視線の先を確認することにした。無論、興味を持たれていないとはいえ、しっかりと人影から距離を取りながらではあるが。
 人影を気にしながら、人影を迂回するようにして移動したクリスタロスは、その先の様子に目を向ける。

「あれは・・・ジュライさんですね」

 視線の先には、感じていた懐かしい気配であるジュライの姿があった。他にも懐かしい妖精の姿も確認出来た。
 それ以外の者達も居るが、全員かなりの格上。中には少し前に確認した大蛇や狼の姿もある。
 その様子を見て、ここで決着をつけるのだろうかと思ったクリスタロスだが、ジュライ達の敵だと思われる強大な存在以外にも、今まで感知出来ていなかった存在まで居る事に気づき、クリスタロスは首を捻る。
 決戦ではないのだとしたら、一体ここで何を? そう疑問に思うが、空気は離れていても息苦しいほどに張り詰めているので、やはりここで決着をつけるつもりなのだろう。
 だがそうなると、今まで感知出来ていなかった者の存在が気になる。その者も桁違いの強さを有しているので、あまりにも強すぎてどれぐらいの強さかクリスタロスでは全く分からない。
 程なくして、ジュライ達以外の強大な存在と謎の存在が戦闘を開始した。
 目にも止まらぬというのはこの事かというような速度で動く二人。その為に攻撃も何をしているのかよく解らず、止まった時にようやく現状が確認出来るだけ。桁違いに強いとは思っていたが、最早次元が違っていた。

「弱者には弱者の戦い方があるとはいえ、この次元まで行けば、そんな戯言は鼻で笑えますね」

 クリスタロスは自嘲するように肩を竦める。眼下の光景に、自分にも何かしら出来る事があるかもしれない。などと思い上がっていた己の見識の狭さが恥ずかしくなってくる。
 それから少し戦いが続き、今度は謎の存在が三人に増える。一人は変わらず強大な存在と戦うようだが、増えた二人はジュライ達へと襲い掛かった。
 二手に分かれて迎撃するジュライ達。はじめてみるジュライの戦いぶりに、クリスタロスは驚きを禁じ得ない。

「強いとは思っていましたが、まさかこれほどとは」

 ただ、確かに驚くほどの強さではあるのだが、それでも向こう側で戦っている二人と比べると見劣りしてしまう。
 世界は広いなどと思い、かつてジーニアス魔法学園に在ったダンジョンに籠っていたクリスタロスは、自身の世界の狭さに改めて恥ずかしくなり赤面してしまう。
 それから暫く戦闘が続くと、ジュライの動きが鈍くなっていく。長時間戦っていた訳ではないが、それでもかなりの速度の攻撃を捌きながら反撃していたようなので、流石に疲労が見え始めたのだろう。
 クリスタロスは眼下の光景にハラハラとしてしまうが、それでも何とか見える程度でしかなく、速度についていけていない自分に出来る事はないと理解出来ているので口惜しくなる。
 助けたい相手を救えない無力感は、これで二度目だろうか。しかし、今度は何処にも逃げ場はない。
 ただ勝利を信じて心の中で祈るぐらいしかないという不甲斐なさを感じながら、クリスタロスは眼下の戦闘の推移を見守る。
 そんな祈りも虚しく、とうとうジュライに限界が訪れてしまったようで、相手の攻撃が当たり始める。そして遂には直撃しそうになって。

「くっ!!」

 クリスタロスはジュライの危険を察して思わず魔法を放つ。
 ジュライ達が使用している普通の魔法であれば構築が間に合わないだろう刹那の間。しかし、天使族の魔法であれば、それでも間に合う。
 ただ、クリスタロスの攻撃では直撃しても相手に一瞬の隙を作る事さえ叶わない。それは誰よりもクリスタロス自身が理解している事であった。故にここでは相手を狙わずに。

「少々手荒で申し訳ありません」

 聞こえるはずもないのに、クリスタロスは魔法を行使しながらジュライにそう詫びる。
 クリスタロスは魔法を行使すると、ジュライと相手の間に瞬時に魔法を発現させた。そして、それを爆発させる事によってジュライを吹き飛ばしたのだ。おかげで相手の攻撃はジュライには届かなかった。
 しかし、それで相手が動きを止める事はない。だが、そこに一緒に戦っていた妖精の攻撃が届く。それで相手が僅かに弾かれた。
 吹き飛ばされたジュライの方はとクリスタロスが目を向けると、地面を滑った後に、少し先で盛り上がっていた土に背中から衝突していた。幸い土の山はそこまで硬くなかったようで、半ばまで身体を埋めるようにして動きを止めている。
 その様子にクリスタロスは安堵の息を吐くも、妖精の攻撃によって僅かに弾かれた相手はすぐさま体勢を立て直し、ジュライの方へと駆けだす。
 しかし、そこに上空から何かが飛来してきて、駆けだしたその相手に思いっきり直撃して吹き飛ばした。





 腕を地面に溶かしたソシオは、すぐさま失った腕を生やす。
 それから僅かにめいと視線をぶつけた後、どちらからともなく攻撃を開始した。
 まるで転移を繰り返しているかのような目にも止まらぬ速度で攻撃し合うソシオとめい。
 行っている事は、互いに武器を持たない単なる殴り合い。しかし、こぶしの一撃、蹴りの一発でもこの二人に掛かれば必殺の一撃となりえた。
 それを放ち、受け止めと、攻守が目まぐるしく入れ替わる。

「はは! やっぱり君が相手だと楽しいね!!」

 そんな攻防を繰り返しながらも、ソシオは機嫌よさそうに笑みを浮かべる。それにめいは心底嫌そうな顔を返した。

「そう邪険にしなくてもいいだろう? この先はもうまともに戦える相手が居ないんだからさ!!」

 そう口にして攻撃の速度を一層速く、それでいながらより鋭く繰り出すソシオ。それをめいは平然と受け流しては反撃していく。

「そちらの都合など知りませんし、貴方はここで終わるのです。そんな心配は無用ですよ」

 ソシオの攻撃を軽くあしらいながら、めいは相手の隙を窺う。ソシオはよほど楽しみたいのか、まだ全力は出していないようだ。ならば、その余裕の態度の内に勝敗を決しておきたいところ。
 そう考えているめいは、ソシオの攻撃を受け流しながら、その瞬間を耽々と狙っていた。
 最近のソシオの性格なのか、ソシオの攻撃は接近戦が多い。しかし、ジュライ達の方とは異なり、めいが戦っているソシオの方は全身に虹色の輝きを纏わせているので、攻撃が掠るだけでも致命傷になりかねない。もっとも、めいはその点においては対策済みなので、そこまでではないだろうが。
 それをソシオも承知のはずなので、やはり遊んでいるのだろう。それを改めて感じためいは、

(少し見ない間に随分と傲慢になりましたね)

 冷ややかな気持ちでそう思う。昔のソシオであれば実験ぐらいはしたとしても、相手を弄ぶような事まではしなかった。少なくとも、同格もしくはそれ以上の相手に表面上だけではない余裕をみせるなど絶対にしなかっただろう。そんな事をすれば痛い目を見るのは理解していたはずなのだから。
 しかし、今対峙しているソシオはそんな今までの姿とは異なり、楽しむ為にわざと手を抜いている。それともめいを相手に余裕をみせられるほどに圧倒的なまでの強さを手に入れたとでも言うのだろうか。なんであれ組みしやすくなったのは事実だが。
 めいは一撃で終わらせる為に隙を窺いつつも、その間に様々な攻撃でソシオを攻めて反応を調べていた。

(やるからには確実にここで仕留めなければなりませんからね。それにしても、随分とまぁ、中身が変化しているものです。少し前までの私であれば危うかったかもしれませんね)

 ソシオの攻撃を捌きつつ、めいは内心でその攻撃に驚いていた。それにめいの攻撃もそこまで効いているようには思えず、耐久力も驚くほど上昇しているらしい。それらを総合的に判断して、思っていたのとは違ったが、ジュライ達を警戒して成長を急いだのは無駄ではなかったようだと苦笑する。
 そして、少し前のめいであればまだしも、現在のめいであれば目の前のソシオでも問題なく戦えた。攻撃の効果が薄いとしても、それは調べている段階なのだから何の問題もない。ソシオの攻撃も現段階であれば脅威ではなかった。
 そうして戦いながらソシオについて調べていためいは、手応えを感じて内心でほくそ笑む。後は攻撃を叩きこむ隙さえ作れば一気に決められるだろう。
 焦らないように気をつけながら、丁寧にソシオの攻撃を捌いていく。そうしていると、前方の離れた場所から爆発音が届いた。
 それにソシオが一瞬だけ反応してしまった隙をめいが見逃すはずもなく。

(ここ!!)

 瞬きよりも遥かに短い刹那の瞬間。その一瞬だけ動きを止めたソシオへと、めいは思いっきり攻撃を叩きつけた。

「う!」

 喉が詰まったかのようなぐぐもった呻き声を漏らしたソシオは、足に力を籠めてその場に踏ん張ろうとするも、めいの攻撃はかなり強力だったようで、一瞬耐えただけで大きく後方に吹き飛ばされる。

「まだ」

 返ってきた手応えに仕留め損ねたと判断しためいは、遥か後方へと飛んでいくソシオへと追撃するべく、思いっきり地を蹴る。
 それからすぐさま追いついためいは、再度ソシオへと攻撃を叩きつけた。

(芯を捉えたとは思いますが、あれには奥の手がありますからね・・・)

 勢いよく落下したソシオは、分体のソシオを巻き込んで地に落ちる。当然、それはめいが狙って起こした事だ。
 落下したソシオと巻き込んだソシオの分体の確認もそこそこに、めいは滞空したまま視線を残ったもう一体の方へと向ける。ソシオは人形に自身の力を移すという方法で消滅を免れる術を知っていた。それだけに、めいは残った一体の方へといつでも攻撃を仕掛けられるように意識を向ける。
 ただ、人形と言っても、この世界にはソシオの人形はかなりの数が存在している。遠目に監視している人形も、ソシオを基にソシオ自身が創り上げた存在だ。そういう訳で、周囲へと意識を向ける事も忘れない。
 程なくすると、巻き込んだソシオの分体が溶けて消える。それと共に、吹き飛ばしたソシオがむくりと起き上がった。

「いやー、危なかった危なかった」

 軽い調子でそう言いながらソシオは立ち上がり、服についた埃でも落とすかのように身体を払う。

「やるじゃないか。流石だね」

 めいの方に顔を向けたソシオは、相変わらず上から目線でめいを称賛する。
 そんなソシオを冷徹な眼差しで見下ろしながら、めいはどういう事かと僅かに眉根を寄せた。

(何故動けるのでしょうか? 内部の破壊は出来ているはず。理にまで干渉したはずですが・・・外部に保持の為に情報を保存していた? いや、それを行う事さえ困難だったはず・・・)

 身体を解すように、もしくは確かめるように身体を動かしているソシオを見下ろしながら、めいは何か見落としはないかと高速で頭を回転させる。

(・・・まさか、先程消えた分体に情報の全てを保管していたとでも? もう一体の方にはそういった感じはありませんので、仮にそうだとすれば、その片方だけに情報を保管していて、それをたまたま私が巻き込んだという事になりますが)

 そんな偶然がそうそうあるとも思えないめいは、自身の運が悪かったという答えには納得出来なかった。となれば、答えは一つしかないだろう。

(まさか、未来を予知したとでも言うのですかね? いや、何かしら仕掛けを施していたといったところでしょうか)

 軽い運動を終えたソシオはめいの方を見上げると、煽るようににやりと嘲るような笑みを浮かべた。

しおり