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終幕4

 どう話を切り出すか。そう考えたものの、小難しい言い回しも思いつかなかったので、そのままの言葉で問うことにする。

「降伏したとして、その場合はこちらの扱いはどうなるのでしょうか?」
「特に変わりませんよ。こちらの規則には従ってもらいますが、基本的には今まで通りという感じですかね。国の運営に口出しするつもりはありませんので」
「今まで通りですか?」
「信じられませんか? まぁ、そうですね。しかし、今回のは示威行為のようなもので、別に国を潰そうとした訳ではありませんから。そちらが大人しく降伏するというのであれば、今ならこのまま撤退して終わりますよ」
「・・・示威行為ですか。それに何の意味が?」
「力を示すから示威行為。それ以外に意味がありますか? 解りやすく差を教えてあげただけではないですか。それとも、使者でも寄越せばすぐに降りましたか? それはないでしょう?」
「・・・・・・」

 試すように薄く笑う死の支配者に、言葉が詰まる。もしも使者が来て降伏せよと言ってきたとしたら、それで降伏しただろうか? 考えてみるも、多分それぐらいでは降伏はしなかっただろう。降伏後の扱いについても告げられたとしても、そもそも死の支配者をそこまで信用していなかったからな。
 つまり、もしも死の支配者の目的がこちらを降す事だった場合、今回の方法以外ではそう簡単にはいかなかっただろう。とはいえ、死の支配者以外に関しては対処出来ていたのだが・・・残念ながら死の支配者だけが規格外過ぎた。死の支配者単独でジュライ連邦を余裕で潰せるだろう。

「・・・では、本当に?」
「ええ、本当ですとも。降伏後は民を害するつもりもなければ、貴方方の身柄をどうこうするつもりもありません。勿論、国土に関しても不要ですね。そんな表面上の事など興味もありませんし」

 肩を竦めた死の支配者をジッと観察するも、嘘をついているかどうかは分からない。しかし、多分本当に興味はないのだろう。そんな気がした。

「それで、どうしますか? 服従するかここで死ぬか。お好きな方をお選びください」
「それは・・・」

 ここまで来てもやはり悩む。だが、少し前よりかは幾分気が楽にはなったので、話した意味はあっただろう。
 さて、まあ結局のところ最初から選択肢なんてなかったのだけれども。

「・・・分かりました。では――」

 降伏します。そう続けようとしたところで。

「おや? 間に合わなかったようだねぇ」

 第三者の声がその場に響く。そちらに顔を向けると、そこには空に浮かぶスラリとした長身の女性が一人。顔は不自然なまでに整っていて、残念そうに息を吐き出したところだった。
 何処かで見た事があるような、ないような? 闖入者はそんな女性だった。

「えっと・・・?」
「何故ここに? 貴方はこの世界から去ったはずでは?」

 突然の事態に困惑するボクをよそに、死の支配者が硬い声音で問い掛ける。先程までの余裕ある態度から一転して、かなり警戒しているのが窺えた。つまりはそれ程の相手、という事だろう。

「ちょっと忘れ物をね」

 死の支配者からの問いに、女性は軽く手を広げて肩を竦める。場に似つかわしくないほどに茶目っ気のあるその仕草からは、余裕が窺えた。

「忘れ物、ですか?」
「そうそう。あ、忘れ物といっても、向こうに居る人形の事じゃないからね?」

 冗談でも言うような女性の口調に対して、死の支配者が纏う雰囲気が一層鋭くなっていく。おかげで離れているのに息苦しさを感じるほど。

「では、その忘れ物とは何か伺っても?」
「あは♪ その様子じゃもう察しが付いているようだけれども?」
「推測は所詮推測です。確定という訳ではありませんので」
「相変わらずそういうところはお堅いねぇ。では教えてあげるよ。ぼくの忘れ物は二つ。いや、三つかな? それとも纏めて一つ? うーん?」

 そう言って首を捻る女性だが、悩んだのは一瞬の事。直ぐに「ま、いっか」 と悩むのを止める。

「まぁ、折角だから三つとしておこうか。では一つ目!!」

 腕を突き出して指を一本立てると、「ばばん!」 と女性は楽しげに口にする。黙っていれば理知的な女性といった雰囲気がしているのだが、喋ると途端に幼い印象を抱くな。

「一つ目は、君らの戦いの行く末についてだよ。というか、変化についてかな?」
「ボク達の?」
「そうだよ!!」

 女性の言葉に思わず呟くと、小さな声であったにもかかわらず女性は耳聡くそれを拾って、突き出していた指の先をこちらに向けた。
 突然の事にビクリとしたものの、落ち着いて言葉を返す。

「・・・変化とは?」
「変化とは変わる事。そう、この世界の法則へと何かしらの干渉を行う事によって影響を与え、それによって世界に変化を齎す事だよ!!」
「それが、戦いの行く末?」
「そうだよ。この戦いは準備の段階から随分と面白かったからねぇ」

 楽しそうに笑みを浮かべてそう語る女性。しかしその笑みを見た瞬間、身体の芯から冷えるような、そんなゾッとした寒気に襲われたような気がした。

「それでこの戦いの行く末には期待していたのだよ」
「そう、だったのですか」
「そうそう。でもまぁ、期待外れではあったかな。一応変化はしたようだけれども、思ったよりも大きくはないし」

 やれやれとでも言いたげに首を横に振ると、女性は死の支配者へと視線を戻し、指を二本立てた手を突き出す。

「そして二つ目は、この世界の取り込み。・・・ちょっと別の世界を取り込む機会があってね、そのおかげで随分と成長出来たのだよ。そこでふと思ったのだよ、ここは色々変化が面白いからね、それを取り込めば一気にオーガスト様に近づけるのではないだろうかとね!!」

 瞳を潤ませた恍惚とした表情で「はぁ」 と息を吐き出す女性。しかしここで兄さんの名前が出るとは・・・ん? という事はもしかして? 記憶を探ってみると、女性の声音や雰囲気にソシオの面影がある事に気がつく。というか、ソシオが成長したらあんな感じになるのではなかろうか。
 という事は、この女性はソシオなのだろうか? 話の流れからしてその可能性が高いけれども、以前会った時にはソシオはあんなに背が高くはなかったはずだよな。顔もあそこまで大人びてはいなかったはずだし・・・いくらプラタの同族とはいえ、人のように時と共に成長するとでも言うのだろうか? プラタも人に近づいてはいるとはいえ、今のところ外見の成長はない。
 不思議だとは思うが、やはりプラタの存在自体が不思議の塊のような部分があるので、ソシオの外見の違いぐらいはそこまで驚くほどではないような気もする。おかげで一瞬驚きで目を丸くしたぐらいで済んだ。

「そう簡単に近づける御方ではありませんがね」
「そうだね。でも、可能性はある」
「ここは私が管理している世界ですよ?」
「うん、知ってるよ? だから三つ目だよ」

 そう言うと、ソシオは三本目の指を立てて薄く笑う。それに死の支配者は目を細めると続きを待つ。

「三つ目は、君の取り込みさ。めい」
「ほぅ。それはまた、随分と無謀な望みのようで」

 にやにやと笑みを浮かべて挑発するソシオと、地上から見上げながらも、空中に浮かんでいるソシオを見下ろすような力の籠った目を向ける死の支配者。
 一触即発。というよりも、おそらくこのまま戦いに突入するのだろう。じりじりと二人から距離を取りながらそう考えていると。

「そしてまぁ、この世界を取り込むというのに含まれている気もするけれど」

 そう口にしたところで、ソシオの視線がこちらに向く。

「ここには君ほどではないにせよ、丁度いい者達も居るようだからね。折角だし、ついでに君達も一緒に取り込んであげよう」

 耳元で囁くような蠱惑的響きでソシオが口にしたのは、死の支配者だけではなく、ボク達も対象だという宣言だった。先程死の支配者にさえ敗北したというのに、同格かそれ以上な雰囲気のあるソシオとも戦う事になるとは。

「ふむ。であればどうです? ちょっとあの愚か者に現実を教えてみませんか?」

 ソシオの宣言に、空に浮かんでゆっくりと穴の中から出てきた死の支配者が、ボク達に視線を向けて問い掛ける。要は共闘しませんか? という提案だった。
 それはソシオとかなり差のあるこちらとしては願ってもない申し出ではあるが、足を引っ張るだけのような気もする。それに、先程死の支配者と戦った時に消費した魔力がまだ全然回復していない。
 とりあえず、その事を死の支配者に正直に告げてみる。一応今は味方という事だし、どちらに勝って欲しいかと言えば、世界の破壊を目論むソシオよりも、世界を管理しているという死の支配者の方だろう。少なくともソシオが勝った場合、ボク達はそこで確実に終わるのだという事ぐらいはボクでも理解出来る。

「・・・ボク達では足を引っ張るだけかと。魔力も消耗していますし」
「それぐらいでしたら・・・ああいえ、その前に先程の答えを先に聞いても?」
「答え?」
「ええ。こちらに降るのかどうかというやつですよ」
「ああ」

 それは今する話なのだろうかと思うも、問われたからには答えておこう。もう決めた後だし、それに共闘するのであれば敵ではない事を示しておいた方がいいだろう。

「ええ、降伏しますよ。ボク達では貴女に勝てないでしょうし」
「そうですか。それは賢明な判断を。では、魔力は回復しておきましょう」

 そう言うと、死の支配者はパチンと指を小さく鳴らす。その瞬間、身体を覆っていた気怠さが一気に吹き飛んだ気がした。自身の内側に意識を向けてみると、魔力が完全に戻っていた。
 プラタ達の方に顔を向けると、プラタ達も同様のようで苦笑めいた苦い表情を浮かべている。

「準備は出来たかな? 必要ならもう少しぐらいは待っているけれども?」

 ボク達が魔力の回復を実感したところで、ソシオが余裕の声音でそう問い掛けてきた。

「そちらの準備はどうです?」

 それを受けて、死の支配者がボク達に問い掛けてくる。
 準備と言っても、魔力が回復すれば他は然程消耗していないし、元々ここへは戦いに来ていたので魔力が回復すれば準備は整ったことになると思う。配置についてはあまり意味ないと思うし。

「問題ないかと」

 プラタ達の方にも視線を向けた後に、死の支配者にそう返す。それに頷きを返すと、死の支配者はソシオへと顔を向けた。

「だそうですよ? 貴方の方こそ準備は万全で? 最期の戦いぐらい悔いが残らないようにした方がいいですよ?」
「ふふふ。そうだね。君となら楽しい戦いになりそうだ。さぁ、存分に抗ってぼくを愉しませて欲しいな!!」





「ふふふ。そうだね。君となら楽しい戦いになりそうだ。さぁ、存分に抗ってぼくを愉しませて欲しいな!!」

 両手を広げそう宣言したソシオは、直ぐに両の手を虹色の輝きで包み込む。そのまま最初に仕掛けたのはソシオの方だった。

「それは知っていますね」

 一気に距離を詰めて振るわれた虹色に輝くこぶし。しかし、それをめいは難なく手のひらで包むように受け止める。
 一瞬の間を置いて放たれた二発目のこぶしも、避けるでもなく同様の方法で受け止めた。どちらも一撃必殺のはずの二発のこぶしだったが、めいにとってはどちらも大した脅威ではなかったようだ。
 それを受けられたソシオは、この展開は予想通りなのか動揺を一切見せず、それどころか、めいの正面で益々笑みを深める。

「やはり君はいいねぇ。幾つか世界を回ってみたけれど、この攻撃を受けられたのは君だけだよ。避けられた者さえいなかったし、勿論耐えられた者は皆無だよ」
「そうですか。それは未成熟な世界を巡っただけだったのでは? 私の支配下から脱したのは褒めてあげますが、その程度で冗長するようではたかが知れてますね」

 めいに掴まれているソシオのこぶしが、虹色から黒く変色する。それは手だけではなく段々と腕まで侵食していく。侵食速度はそれ程ではないが、止まる気配はみられない。
 それを見たソシオは、より一層笑みを深めた。

「いいね。いいね! そんな君にこれを贈ってあげようか!!」

 楽しげにそう言うと、ソシオの両腕が肘の辺りから切断される。その瞬間にはソシオはめいから距離を取っていた。
 めいは残されたソシオの肘から先を冷静に眺めて、一気に黒く侵食させる。しかし腕が完全に黒く染まる直前、切断面から火柱が上がる。

「間に合いませんでしたか」

 その火柱を直ぐに結界で覆っためいは、周囲に被害がないのを確認して残念そうに呟いた。その頃には火柱が収まり、黒く染まっていた腕は消失していた。

「はは。お優しいね~」

 距離を取っていたソシオは、それを見て笑いながらめいにそう告げる。ソシオの両腕にはいつの間にか肘から先に新しい腕が生えていた。肘の辺りから若干色合いが異なっているような気もするが、それぐらいは誤差の範囲だろう。

「何もしないで突っ立っているだけの足手まといは下げたらどうだい?」
「ふふ。あまり相手を侮るものではありませんよ?」
「ぐはっ!!」

 めいがソシオに小さく笑みを返すと、直ぐにソシオの胸元から真っ黒な腕が生えてくる。

「まずは一つですね」

 背後からのめいの声に、ソシオはそちらに目を向けて心底楽しげな笑みを浮かべた。

「そこまで気がついているのか。流石だね~。やはり君との戦いは面白い!!」

 弾むような声音で言いながら、ソシオの背中から無数の針が伸びてくる。めいは腕を勢いよく引き抜きながら、それを軽く後ろに退いて避けた。
 めいの手がソシオの胸元から抜けると、僅かに血が吹き出ただけで瞬時に塞がってしまう。

「さて、次はどうするのかな?」

 振り返ったソシオは、めいの姿を正面に捉える。その後に楽しげににやにやと笑みを浮かべてめいに問う。
 そんなソシオの背に、誰かが背中を押したような衝撃が襲う。

「おや?」

 その衝撃にソシオが肩越しに背後へと目を向けると、そこにはソシオに向けて魔法を放ったと思われるジュライ達の姿。立ち位置は変わっていないが、見た目から疲労が窺える。
 ソシオがめいに気を取られて背を向けた隙に魔法を放ったのだろう。それまでの間、魔力を練っていたのだろうと思われるぐらいには威力が高かった。それでもソシオの背中の表面を僅かに焼いた程度だが。

「どうしました? 貴方が足手まといと断じた攻撃ですよ?」

 めいの言葉と共に、ソシオの視界がくるりと半回転する。その視界に自身の身体が映った。

「これで二つ。急激すぎる変化に身体がついてきていないのでは?」

 パチンという小さな音が響くと同時に何処か憐れむようなめいの言葉がソシオに届くと、ソシオは口元を大きく裂いた。

「ああ、やはりいいな」

 地面がやたらと近い視界でそう呟くと、ソシオの視界が一度暗転する。しかし、それも一瞬の出来事。

「ふふふ。確かに君の言葉も間違ってはいないが、それでもこれで十分さ」

 先程までソシオの身体だったモノがどろどろと溶けると、少し離れた場所の地面から生えてくるようにソシオが現れる。そして、実に愉しげにそう口にすると、持ち上げた腕の肘から先の骨が無くなったかのように奇妙な曲線を描いて垂れた。

「さて、こちらばかり愉しませてもらっては悪いので、今度はこちらから愉しみを提供しようかな」

 不吉な形に裂けた口元のまま、ソシオはそう宣言する。それと同時に、枝がしなるように垂れていた肘から先が地面に落ちると、氷が溶けていくかのようにして、一瞬で地面に消えていく。

「さぁ、折角だからみんなで愉しもうじゃないか!!」

 宣言するようなソシオのその言葉と共に、ジュライ達の近くの地面から生えるようにしてソシオが二人現れる。
 そうして現れたソシオは、不気味な笑みを顔に張り付けたままジュライ達に襲い掛かった。





 ソシオが死の支配者の誘導につられてボク達に背を向けた隙を狙って、一斉に魔法を放つ。死の支配者に放った時と比べると、魔力を練る時間が長かったので、その分威力が高い。それでも大した痛手にはならなかったが。
 そもそも死の支配者とソシオの戦いに目がついていけていない。二人は気がつけばあちらこちらに移動している。それも困った事に転移を使用している形跡がないのだ。
 そんな状態ながらも、いざという時の為に魔力を練っていたのが役に立った。効果は薄かったが。
 それから死の支配者がソシオの首を落としたが、直ぐにソシオは別の場所で復活する。どうなっているのかは知らないが、厄介極まりない。
 そんな事を考えていると、ソシオの両手が地面に落ちる。それだけならまだしも、落ちた腕は地面に溶けるようにして消えていく。

「っ!?」

 とそこで、強烈な殺気のようなものを感じて周囲に目を向ける。何処からかは明確には分からない。それはプラタ達もなのか、警戒するように周囲に目を走らせている。
 そのすぐ後、近くの地面からソシオが生えてきた。それも二人。もしかしたらこれは、先程地面に溶けていった腕なのだろうか? 溶けた腕も突然現れたソシオもどちらも数は同じだし。
 いやまあそんな事よりも、突如現れたソシオの方に対処しなければならない。突然現れたソシオは、こちらを見るなり不気味な笑みを浮かべて跳びかかってくる。

「っと!」

 跳びかかってきた速度は速いものの、それでも先程まで見ていた死の支配者と繰り広げていた戦いに比べればかなり遅い。おかげでボクでも回避する事が出来たほど。やはりこれは腕なのだろうか? だから能力が著しく低下しているのかもしれない。
 数は二体ではあるが、それならばボク達でも何とかなるだろう。
 襲ってきたソシオの攻撃を避けながら、ちらと死の支配者の方を確認してみると、失くしたはずのソシオの腕が元通りに戻っていた。あちらは死の支配者に任せるしかない。
 それにしても、先程ソシオへ全てを籠めた魔法の一撃を放ったというのに、既に魔力は回復している。これも死の支配者のおかげだろうが、相変わらずよく分からないな。おかげでこうして戦えるのだから感謝してはいるが。
 こちらに現れたソシオは、腕を突き出したり振るったりとするものの、それだけのようだ。魔法を放つ様子もないし、跳びかかってはくるが、あの高速移動はしてこない。
 蹴りも無いようで、ひたすらに腕を動かして攻撃してくるのみ。やはりソシオの腕だからだろうか? よく分からない。まぁ、おかげで助かっていると思えばいいのだろうが。
 二人現れたソシオの片方はフェンとセルパンとシトリーが相手をしてくれている。こちらはボクとプラタで相手だ。
 跳びかかってくるソシオを後ろに退いて避けると、横からプラタがソシオに魔法で攻撃を行う。
 それで僅かに弾き飛ぶも、二三歩横にずれるだけで直ぐに攻撃を開始する。そして、どうやらソシオの攻撃対象はボクで決まっているようで、プラタがいくら攻撃してもこちらから目を離さない。
 その分ボクは回避に専念すれば、後はプラタが攻撃してくれるのだが、ソシオは少しも動きが鈍らないし、攻撃が効いているのかも分からないな。
 隙を見てボクも攻撃してはいるのだが、攻撃直後はひやりとする場面が多いので、攻撃は控えめだ。ソシオの攻撃を回避しているといっても、それも割とギリギリだ。

「うおっ!!」

 ソシオの腕が頬を掠る。それだけで頬が吹き飛ぶのではないかと思わせる衝撃が通り過ぎていく。咄嗟に身体を捻って衝撃を軽減したので吹き飛ばされはしなかったが、頬に浅い傷を負った。素手だというのに切ったようにスパッと切れたな。僅かに流れた血が顎の方へと伝うのを感じる。
 とはいえ傷は浅い。毒なども無いようなので、ただ頬を切ったぐらいだ。この戦いが一段落したら回復しておこう。
 迫ってくるソシオとの間に土の壁を出してみるが、一瞬で砕かれた。可能な限り分厚く構築したのに。
 何をしてくるか分からない以上、あまり離れ過ぎてもいけないと思うので、大きく円を描くように後ろに跳び退りながら、ソシオへと攻撃を重ねていく。途中でフェン達の方に視線を向けてみるも、そちらのソシオも見た目は無傷なようだ。三人で攻撃しているというのに。
 どうすればいいだろうか。ソシオの攻撃を避けながら、そんな事を思う。倒してしまうのが一番かもしれないが、腕だけとはいえ、そんな楽な相手ではない。
 というか、倒せるのだろうか? 攻撃を避けることは出来ているが、こちらの攻撃が効いているとは限らない。そうなるとジリ貧だ。避けそこなった時が終わりという事になる。
 何処かに弱点はないのだろうか? 今のところそれらしい反応は見られないけれど。
 とりあえず、そろそろ少し休みたくなってきた。まだいけるだろうが、少し呼吸が乱れてきたからそう長くは保ちそうもない。やはり体力づくりをもっとしっかりと行っておくのだった。もしくは、狙われているのがボクではなくプラタであれば、疲れる事はなかったのだが。
 いやまあそんな事よりも、そろそろどうにかして突破口を見つけないと、本気できつくなってきたな。
 何かないだろうか。そう考えながら攻撃してくるソシオに集中する。
 右に左にと、ソシオの動き自体は割と単調だ。しかし、その一撃一撃が必殺の域に達している。少なくとも、一撃でもまともに喰らうと、ボクはそこで終わるだろう。それぐらいに一発の威力が高い。
 それに加えて、ソシオの動きはかなり速い。死の支配者と戦っていた時と比べれば明らかに遅いのだが、それでもボクにとっては十分に脅威と言える。
 そこに更に追加で言えば、ソシオはおそらく疲れ知らずの身体である。それに比べてボクは動いていると疲労していく。そして、疲労は動きと判断能力を低下させていく危険なものだ。
 ソシオとの戦闘が始まっておそらくまだ十数分ほどだとは思うが、既に一日中戦っているような気分になっている。疲労感も身体に纏わりついているようで、もう骨の芯まで疲労しているのではないかという気分だ。実際、ひやりとする瞬間がどんどん増えてきているような気がしている。このままではそう掛からずにソシオの攻撃が直撃しそうだ。
 倒すと言わないまでも、何かソシオの動きを止める方法はないだろうかと周囲にも目を向ける。プラタの攻撃で何度もソシオが弾かれていなければ、今頃終わっていただろうな。
 シトリー達の方は何か進展はなかっただろうか。あちらは三人掛かりな訳だし、何かしら見つけていてもいいだろう。
 ソシオの攻撃を避けながら、隙を見ては命懸けで少し離れた場所で戦っているシトリー達の方に目を向ける。しかし、そちらも変わらず三人でソシオと戦っている姿があるだけ。ソシオに何かしら痛打を与えている様子はみられない。
 こちらと同じ状態かと思いながら、ならば目の前の相手に集中するかと意識を向ける。その前に死の支配者とソシオの方はどうかと思うが、そちらに関しては離れ過ぎていて視線を向ける暇がない。戦っているのは音で何とか分かるが。

「くぅ」

 たまにソシオの攻撃が掠ると、後少しずれていたらと考えて背筋が寒くなる。掠るだけで傷が出来るからな。段々避ける際に余裕が無くなっているのか、その傷も割と深いものになってきた。
 それを回復するのは問題ないのだが、それには少しは集中するし、魔力も使う。
 魔力の方はまだ余裕があるにしても、集中力の方は疲労と共に落ち始めているな。
 くそう。何かないか、何か。
 意識を眼前のソシオに集中させていく。もう周囲の事など知らない。
 ソシオの攻撃が変わらず単調なのはありがたいが、もう少し速度を緩めてほしいところ。

「あ・・・ぶない」

 身体を傾けて伸びてくるソシオのこぶしを避けたところに、次のこぶしが迫ってくる。とうとうそれに対する反応が遅れ、これは直撃してしまう。と思ったところで、横合いからプラタの魔法が飛んできてソシオを弾き飛ばす。
 ソシオが二三歩程横に弾かれ、結局攻撃は不発に終わる。本当に危なかった。しかし、怪我の功名とでもいうのか、ソシオの腕に注目していたボクは、プラタの攻撃がソシオの腕に直撃した瞬間、ソシオの腕が吹き飛んだのを捉えた。もっとも、ほんの一瞬だったので、本当に吹き飛んだのかどうかは定かではない。なにせ、吹き飛んだと思った次の瞬間には戻っていたのだから。
 だが、今見た光景が事実だったとすると、このソシオは無敵の存在という訳ではないようだ。ちゃんと傷つくが、それが一瞬で癒えてしまっているだけ。
 厄介な事には変わりないが、正体が少し知れただけでも十分だろう。とにかく、一瞬であれば腕を吹き飛ばす事は可能らしい。
 だがその後は? そう考えたところでまた詰まってしまった。腕なりを吹き飛ばしても、回復は一瞬で行われてしまう。どうにか妨害の魔法を滑り込ませようにも、おそらくあれには効果が無い。そもそも本当にあれは回復なのだろうか?
 ソシオの攻撃を躱しながら、プラタの攻撃が当たる瞬間に集中する。少しでも進展があったのだから、ここでどうにか出来なければ先は無いだろう。
 突破口になるのを期待して観察すると、プラタの魔法が中った瞬間、確かに中った部分は吹き飛んではいるようだ。しかし、瞬きするよりも短い間に元へと戻っている。そこに回復しているような魔力の動きはなかった。むしろあの感じは、回復というよりは時を戻しているような・・・?
 ボクも以前死者蘇生で時を遡るという魔法を行使した。それは今ではボクの回復魔法として活用してはいるが、今のソシオに感じた魔力の動きはそれに似ている。それに兄さんの残した背嚢に組み込まれている時空魔法を加えたような感じ。ボクの魔法は時空魔法に近いが、別物だったからな。あれは時を巻き戻しているのではなく情報の書き換えだし。
 今では兄さんの身体を借りていた昔ほどではないにせよ、情報を読み解くというのが出来るようになっている。あれに時空魔法を混ぜ合わせて・・・・・・ああいや、今はそれを考えている場合ではなかった。何か対策を考えなければ。そうすれば、ソシオに傷を負わせることが出来るようになるだろう。
 あの感じを情報の書き換えと時空魔法を組み合わせた現象だとすると、やっている事は時空魔法を使ったボクの回復魔法の簡略化だろうか? ・・・うーん、いや違うな。確かにボクの魔法と時空魔法の中間みたいな感じではあったが、改めて記憶を辿ってみると、あれはおそらく時空魔法を使った力業だったのかもしれない。

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