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異端.3


 数枚の紙に記《しる》されていたのは――名前と年齢。性別。

 それに、各自《かくじ》がいま寝起きしている宿舎と部屋の情報だ。

「……。《住居不定》とか《主に某所(ぼうしょ)》ってあるけど? (某所ってどこだよ)」

 敷地の全体図をはじめ、数十枚におよぶ各方面の配置の略図も資料として渡されていたが――セレグレーシュは、いま、氏名が記載されているリストの方に視線をおとしている。

「友人の(あいだ)を渡り歩く者もいれば、図書棟や菜園、医局、厩舎(きゅうしゃ)宿舎(しゅくしゃ)()わりにしてる者もいる。
 だいたい特定できる例もあるが、数カ所にまたがる場合が少なくないし、そういった施設を住居と位置付けるのもおかしなものだ。
 何処(どこ)とまではいわなくても、少し(さぐ)れば()れるだろう――(本人が(くら)ましている場合は難渋(なんじゅう)するかも知れないが……)。
 それでも初めは大抵、宿舎に入るんだがな。こちらも正式入門した後は、逗留(とうりゅう)場所を強制しないし……」

 この家の代表。
 総師(そうし)とも呼ばれる男。フォルレンスは、おもしろおかしそうに頬をゆるめ、軽く(せき)ばらいした。

「いずれにせよ、そこにあるのは門下生のみだ。それ以外の滞在者(たいざいしゃ)や《天藍(てんらん)(の理族(りぞく))》は入れてない。
 《天藍(彼ら)》が拠点(きょてん)とする地区は解放されていないし、(ここ)でもない。彼らの場合は出てきたとき勝負になるだろう。
 (ここ)でもいくらか見かけると思うが、亜人だから外見から正確な経年(けいねん)()(はか)れる連中でもない――まぁ、人間でも、若く見える者・()けて見える者はあるものだがな……。
 あと、そこにない入門希望者にも、そのくらいの年齢の者があるが、そのあたりは北の寄宿舎に足をのばしたおりにでも探りを入れてみるといい――入門後も北(の寄宿舎)に惰性(だせい)()続ける者があるが……。本来、あそこは入門希望者専用(の施設)だ」

「ヴェルダは男なんだけど」

「あいさつがてら確認してみるのもいいだろう?
 どうせ本人や家もとに承諾(しょうだく)をとっていないから簡単なものだ。人柄(人となり)出自(しゅつじ)を知りたいなら本人をあたってくれ」

「うん…」

 十三から二十歳までで二二八の名があったが、四割未満()ほどは女性のようなので除外できる。
 さらに年齢層の上下を後回しにすれば、男子(残り)の半数以下にしぼりこめそうだ。

 用事をすませた(目的を果たした)青磁色の髪の少年が、手もとの紙面を気にしながら家長(いえおさ)の執務室を出ていく。
 そこで、おもむろに立ちあがった彼――この家の家長(代表)。フォルレンスが執務用の席を後にした。

 ゆったりした足どりで、部屋の窓ぎわに歩みよる。

 それから遅れをとること十秒あまり。

 二階から(のぞ)める庭園に視線を(そそ)いでいた()の眼下に、青白い()をした少年が姿をあらわした。

 (かた)二辺(にへん)がくっついた閉じ紙(ファイル)に入手した資料を(はさ)みこみながら、丸石の小道を横ぎってゆく。

〔変わったものをひろったのね〕

 その執務室の(あるじ)以外、誰もいなかった室内で女性の声がした。

 人間が使う言葉(もの)ではない。
 霊的な(いん)を備えた闇人の言語だ。

〔ジュヴヴィナか…〕

 ふりむくことなく答えたフォルレンスの目が、愛情をもって細く(すが)められる。

 どこからともなくあらわれ、そこが自分の居場所だというように彼の右腕に腕をからめたのは、二十代も後半……そこそこ人生の()いも(から)いも見ていそうな年頃に見える(・・・・)、おとなびた女性だった。

 ほっそりした腰のあたりまで波うつパールホワイトの豊かな髪が、みずみずしい艶をはなっている。

 やわらかな光をたたえる瞳は紫苑色。

 やさしく素朴そうでありながら、妖しい(みやび)さも(うかが)えるその生きものには、人間(ひと)にはかもしだせない魔性を感じさせる部分(ところ)があった。

 それでも彼女を見るフォルレンスの目は、とてもおだやかだ。
 素の足にサンダルをはいている彼女の頭が、彼の目の高さにある。

(ひろ)ったのではない。あれは、むこうから迷いこんできたんだ〕

 フォルレンスが視点をそそぐだけの所作で、その少年を示した。

〔見ろよ。無意識か意図してか…、《法印》を避けて歩く。難儀なことだ。《丘》をどう越えてきたのか見てみたかったな〕

〔おっかなびっくり……といったところでしょうね〕

〔うん。だろうね。ジュジュ。君には彼がどう見える?〕

 話をあわせていても関心なさそうにしていた女人の瞳が、ついと少年に向けられた。

 視線の先にある少年の姿が風雨よけの屋根に隠れ、物理的には見えなくなる。それでも彼女には、死角をゆく観察対象(~彼~)の姿が見えているようだった。

 その動きをしっかり追いかけている。

 いま。只人(ただびと)ならざるパールホワイトの髪の女性は、そこにある生命の本質とでもいうべきものを読み解こうとしていた。

 存在するものが発する、三次元的には、ほぼ不可視となる光と色と気配を――。

〔……。銀沙(ぎんさ)……(あお)(あお)……(あお)。…蘇芳(すおう)……山吹(やまぶき)陽色(ひいろ)
 冴え冴えときらめき(ひそ)んで、これと定まらない。でも、見えるのは……表面だけみたい……。
 内がほとんど読み解けないのに、可変的な気配。(いろど)りだけは感じられるのかな……?
 表層に深く浅くも推移(すいい)するひらめき…――存在としての印象は見え隠れしているのに、それだけで……――波長と傾向・奥行きが、まったくといっていいほど読めない――〕

 先へ先へ。着実に離れてゆく存在(もの)のあり方を探る彼女の眉間(みけん)に、薄い(しわ)(きざ)まれた。

〔……()の瞳の様相(ようそう)に似通ってもいるのに、それより閉鎖的な……空気のようにつかめない――そんな感じで……。
 変わってる……。
 ……不思議と懐かしい気も(して…)…。
 なにかあるようなのに気配だけで、闇人でも混ざりものでもなさそう。
 人間のようなのに異質で、正体……性質が見えてこない……――生意気だわ。
 そうね。彼自身が法印みたいな……。
 独自性の強い人型の法具ででもあるような……あれはあれで、磨けば光るんじゃない?
 磨かなきゃ、あのままでしょうけれど……〕

 そこで、うっそりと開かれた紫苑の双眸。
 突き放すように告げた彼女は、その見目好く整ったおもてにことのほか冷えた微笑をはりつけることで、とりつくろった。
 それと(こころざ)したのに、思うように見抜けない事態(こと)が不服なようである。

〔人が(はな)つ霊脈は空気に融けて拡散し、なじみ(ほど)けるものなのに、それと見せながら、それと重なる確かな輪郭……(まく)みたいな見通せない障壁がある。
 薄くも思えるのに確かな……本性隠して見せようとしない霊的なヒトガタ。不透過性の強硬な皮がはりめぐらされている感じなのに、そうありながら特別なことなど無いとでもいうように……。ありきたりの人類みたいに…――
 どこか〝ふつう〟じゃない。
 …実体……存在感まで(くら)まして――なにか…(ひそ)んでいそう……(本質の部分が巧妙に隠されている……)あんな魂魄、生きもの、見たことがない。それなのに……――いいえ!
 初めて見るものだわ。
 そうね。あなたの言葉を借りるなら、一〇〇〇年にひとり、出るか出ないかの逸材かもしれない。
 独特だから実際の確率は、もっと低くて、その方面の才能を見せるとは限らないでしょうけれど……〕

〔契約を考えてみるかい?〕

〔ごめんだわ〕

 即答した彼女は、その優しげな瞳に不満そうな光を宿して、ぷいと顔を背けた。

〔言い争いも戦いも嫌いよ。それに……知っているでしょう? わたし、自分より力がありそうな男は苦手なの〕

〔それはまた! 有望そうでなにより。()()とも大成してもらいたいものだ〕

 フォルレンスの青いまなざしが、そっと伏せられる。
 となりに寄りそうほっそりした闇人は、穏やかな光をたたえる彼のその視線をのぞき込むようにして(ひろ)うと、にっこり、ほほ笑んだ。

〔あの子には目をつけている坊やがいるみたいよ〕

〔坊やというと……〕

〔でも大丈夫かしら? 見た目どおりとも思えないけれど、まだ、ほんの子供〕

〔ぁあ。やはりそうか〕

〔フォル。嬉しそうね〕

〔このところは、なかなか《稜威祇(いつぎ)》がついてくれなくてな……。
 《法印士》に出来ることは限られている。《(しず)め》と呼ばれようと、その仕事に向いているとは限らない。
 増殖する法印の管理にも手をやいているのに、方々(ほうぼう)の救済をと望まれる前線の《鎮め》が可哀相なくらいだ〕

〔ふふっ、ろくに仕事もしないで、早々引退した人の言葉がそのていどなの? 無責任ね〕

〔お願いして《絆》を結んだ闇人が喧嘩嫌いだったものでね。
 おまけに独占欲が強く、手に負えない甘ったれだ。人選を間違えたよ〕

 稜威祇(いつぎ)と呼ばれる存在は、くすくす笑いさざめきながらフォルレンスの肩に額をおしつけた。

〔否定はしないけれど――わたしのせいにするのはやめてね。そういう(そうゆう)ことに時間(を)とられることを嫌ったのは誰だった?〕

 (たわむ)れのなかにあった彼女のまなざしに、理性を感じさせる知恵者の輝きがひらめいている。

〔フォル。人手が足りないからといって子供に頼ってはダメ。(かな)う確信もなく契約するようなら、ただのバカ。いられるだけ迷惑だもの。
 宝を腐らせる……。
 ――武器は()かせる者があればこそ、名器と呼ばれるようになるの。あの子も、それに目をつけてる()も、たぶん……。ちょっとした厄介者よ?
 逆がないとは言わないけれど……癖が強すぎて、あれは(かこ)うと想像を超えた重荷になりそう。
 おとなしく飼われるとも思えないし……。
 育てても使えないかも知れない――〕

〔それは闇人(君たち)にも言えることだろう〕

 指摘された稜威祇(いつぎ)の女性は不本意そうにフォルレンスを見やったが、まなざしを落とした時には、しめやかな微笑を浮かべていた。

〔そうね。どんなものにも言えることだった……〕 

 🌐🌐🌐

 その日のうちに確認できたのは、六名……。

 六人とも捜している人物ではなかった。

 残りは未確認。

 そのへんに見かけて違うと認識した者も名を聞いて名簿と照らし合わせたわけではないので、検索対象から外すまでには(いた)らない。

 生徒が割りあてられる宿舎は、入門希望者の選別施設としてあるものを含めると七カ所。
 けっこうな規模を備えるこの敷地の方々(ほうぼう)にちらばっている。

 ()きが生じたところに希望があったら調整する(先住者との相性というものがあるので、必ずしも成立するとは限らない)形式で、年齢によって振り分けがされてもいないので、まとめてあたろうにも件数が限られてくる。

 なかには敷地内に点在する戸建ての家屋(かおく)を利用している者もあり、日が暮れようと帰宅していない生徒というのもかなり存在した。

 なにかの試験で外出していて、ふた月ほどは確かめられないとわかった者もある。

 部屋にいそうなのに出て来ない(やから)というのも複数あり、見極(みきわ)められず、うろついているうちに真夜中近くなった。

 仕方ないので、「今日のところは」と見切りをつけたセレグレーシュは、いま、(あた)えられた一室に戻ったところである。
 どっかり腰をおとした寝台に、背中から倒れこむ。
 ぼんやり天井を見据えながら彼は、三日前、髪を切ったことで、やたら軽く感じられるようになった頭を右手でおさえつけた。

 目を閉じ……

 いま、自分が置かれている状況、環境を考えてみる。

 屋根は、材質が(かわら)やスレート、金属鋼板(ガルバリウム)の類であれば臙脂(えんじ)色※、一色(いっしょく)

 床材や支柱などの素材は、石、モルタル、木、金属など、多岐(たき)におよんでいる。

 居心地や機能、ゆとりを重視しながらも型にはまりきることなく、その場その場の妙趣(みょうしゅ)・調和が(はか)られているが、そんななかにも壁だけは一様(いちよう)に白にほど遠くない薄紅色(うすべにいろ)に統一されていた。

 広域を占める風流な人里のようでありながら《法の家》《神鎮めの家》と呼ばれている組織。

 ヴェルダが示した指標は、これに間違いなさそうなのだが、いることを期待した人物は、()だ見つかっていない。

 最後に彼を見たのは、一年近く前になるか……。

 セレグレーシュの異質な能力を知っても、態度を変えることなく味方でいてくれた人。



 ——…少し整えて、そのままにしておいたら? ぼくは、君のその秘色(ひそく)(青磁色)、けっこう好きだよ…

 ——……。けど、目立つのはまずいから…。

 ——もっと西へゆけば、さほど問題にならなくなる。



(嘘じゃないか、そんなの。問題だらけだ)

 心の内でやつあたりしたセレグレーシュは、思いなおして、ひとり反省した。
 そんなことを言って責めたいわけではないのだ。

(だって、いないじゃないか…。おまえ……。どこにいるんだよ…——)



 ――きちんとすれば、ほら……。奇麗な色だ。
   こんな奥ゆかしい華美、持っているやつは、そうはいない。
   大事にしろ…——



 その人の好みがどうあろうと、人間(ひと)の髪としては異質な(いろど)り。
 余人の目をひくことに変わりはなかった。

 頭ごなしに妖威あつかいされることはなくても、珍獣でもいるような目を向けられる。

『気にするな。見なれてしまえば、それも普通になる』

 そんなふうに気遣ってくれる者もあったが、彼がいま欲しているのは、そんな言葉ではなかった。

 彼が見つけたいのは、たったひとり。

 ――ヴェルダ。

 セレグレーシュにとっては、唯一無二。かけがえのない存在。友人だ。

 そうこうしているうちに見つかるかもしれない。
 いまはどこかに出かけているだけで、そのうち戻ってくるのかも…——思う一方で、それなりに殺伐とした現実を見聞きし体験もしてきた彼には、最悪の結論も想像できてしまうので、気が()いってしかたがないのだ。

 いずれにせよ、可能性が消えたわけではない。

 あきらめる段階ではないし、放棄(ほうき)する気にもなれないので、ここに(とど)まることにする。

 立ち入れない書庫や建物、部屋があった。

 法具をあつかっている店では奥に入ることを拒否されたし、門下生のリストを手に確認して歩く行為()も今日始めたばかりだ。

 だから…、
 ほとぼりがさめるまでは、たち去る気はない。

 ここには雨風をしのげる立派な屋根があり、壁があり、水と食べ物がある。
 文字や計算を教えてくれるというし、それも無料だった。

 ここに滞在するあいだ要求されるのは学ぶことだけだ。

 修練生の食費・衣料費などが、どこから捻出(ねんしゅつ)されるのかというと……。
 その(すえ)に確立される《神鎮め》や《法印士》および、指導資格を持つ《法印師》らが仕事を請け負うことで、(まかな)われるらしい。

 目的によって仕様を変える多目的な工場(こうば)をはじめ、放牧地や果樹園、畑があり、人が生きてゆくために必要になる物資を作ったり育てたりの自立活動もしていて……。
 組織が専門に製造する利器(法具)に毛が生えた程度の一般向けの道具を販売するかたわら、いたる方面から寄せられる依頼や相談を受けいれ――さらには、既存(きぞん)の法印の維持管理に、金品や物資、代価をとるというようなこともしているようだった。

 ここでは《天藍(てんらん)理族(りぞく)にしか造れないレベルの(の特性なしには成り立たない)高価な《法具》というものを手枷足枷(てかせあしかせ)に、将来の働き手を育てている。

 その道を目指せば、組織に縛られそうなところだ。

 そうありながら、追い出された者、出ていった者が、それまでにかかった費用(借財はべつ)の返還(へんかん)を要求されることはないという。

 うますぎる話で、裏がありそうな予感がしないこともないのだが、それでも出ようと思えば、いつでも抜けられるという組織。

 そんな利得(りとく)もふくめて、友人を待つだけなら悪くない破格の条件だ。

 第一に。
 彼は、これと目指す少年と出会えそうな手札をほかに持っていないのだ。

 不向き・有害と判断されれば、追い出されることもあるらしいが、一度、入門を(ゆる)され、(はず)すことなく勉学に(はげ)んでいれば、十五から二十歳《はたち》くらいまでは逗留《とうりゅう》することが可能なのだという。

 とりあえずヴェルダに会えるか、それらしい情報が耳に入ってくるまで。

 追い出されないためには問題を起こさないようにしなければ――…

 思いめぐらしていたセレグレーシュは、昨夜、日も昇らぬうちに起きたかも知れない出来事を意識した。

 目が覚めると、そうだったことを明かし立てられるものはなにもなく――悪い夢だったような気もしていたが、いずれにせよ、ここにいたいなら、それはしてはいけない(・・・・・・・)事だ。

 意識して自分自身を強く(いまし)める。

 闇人がいるとも聞いていた、この館の敷地を歩きまわっているが、いまのところ、それとわかる者は片手で数えられるくらいしか見かけていない。

 フォルレンスという、この組織の総師(そうし)……老師長は、気が向かないと出てこないだけで、けっこういるというようなことを話していた。

 人がその都度、見極(みきわ)められる範囲は限られている。たまたま出会わなかっただけで、いまも、この(せま)くはない敷地のあちこちにいるのかも知れない――事実、いるのだろうが、それでも…――知られるのはまずいのだ。

 ヴェルダにも注意されていたし、セレグレーシュ自身もそう感じていた。

 そのありようを明確に把握している者がほぼ無いなかにも、生まれ育った土地では、質の悪い妖威のように()まれ(うと)まれた異能——

 ——闇人召喚——…

 いまだに彼自身、備えているのかいないのか、雲つかむような自覚しかなくても、どこからか闇人を呼びこむ要素が彼にはあるのだ。

 里を離れてからは、あまり起こらなかった。

 けれど、
 本人の認識が危ういだけに、まったくといっていいほどコントロールがなっていなくて、亜人めいた髪や瞳の色よりも忌諱(きい)され危険視された能力。

 目がさめた時、そのへんに血まみれの指先や足が転がっているということが、あたりまえのようにあり……
 物心ついた頃には、みんなが彼を知っていた。

 あいつだと指さされた。

 それに(くら)べれば髪や目の色の異質さなど、さほど問題ではなく。その能力が、セレグレーシュが逃げまわらなければならなくなった最大の要因なのだ。

 ヴェルダに出会い、これという目標を示されるまで、彼は《異端》として否定されつづけた。

 (おび)え、遠慮し、戦慄(せんりつ)して……。
 他人の反応……まわりの出方を(うかが)ってばかりいた。

 なにを考えていようと言われるままに行動するばかりで、自分というものが無かったような、そんな感覚さえある。

 九つの時、優しかった父を亡くし、母とともに里を飛びだしてからはことさらに。
 心を凍結しなければ、生きられなかった。

 だから、その人と知り会えたことは、彼にとって目が(くら)むほどありがたく、なによりも重大な出来事だったのだ。

(知られないようにしよう。ここにいないと、ヴェルダに会えなくなる……)

 負傷(ケガを)して、ふた月近く姿を見せないということもあったが、月に二度や三度は会っていた。
 その人を半年以上……ほぼ一年も見かけないのは、きっと、どこかではぐれたからだ。

 現れては去ることをくりかえしていたその少年が、彼の足どりを見失ってしまったからに違いないのだ。

 そうなってしまうタイミングにこころあたりがないこともなく…――

 気づいたら背負われて運ばれていたり、ちょくちょく方向修正を示唆されることもあったが、大半は別々に行動していた。

 常識的に考えれば、これまで、はぐれなかったことが不思議なくらいなのだ。

 とにかく、ここにいればきっと会える…——そう思うことにして、
 セレグレーシュは、認めたくない《事故》《病気》《死》という不吉な単語を心の奥底に封印した。

(…おまえがいなきゃ……つまらない…。——どうしていいかも、わからない…。おまえの忠告は、ちゃんときく…。全部きくから……。だから…、ヴェルダ……)

 ——オレを見つけて……——

 🌐🌐🌐

 《法の家》の敷地内部に点在する寄宿舎。

 そのひとつがのぞめる中庭の木の陰に、ひっそりとたたずんでいる人影があった。

 夜半の暗さを恐れるふうもなく、そのあたりにのこされている静寂のなかにあるのは、大人と見做(みな)して発破(はっぱ)かけるには未熟すぎ、……といって、子供と安易に甘やかすのも微妙さをもよおしそうな多感な年頃の少年だ。

 淡紅色の外壁に、一定の間隔でならぶ小さな明りとりの窓。

 琥珀、銀、黒、紫、飴茶(あめちゃ)……

 複数の色彩が錯綜(さくそう)する虹彩を備えた彼は、気のままに移動して歩きながら、二階の左(西)から三つ目の窓に視線を向ける。

 青磁色の髪の少年が、この家の敷地に迷いこみ、その部屋で眠るようになってから四度目(よんどめ)の夜……

 成人に満たないその闇人は、彼のようすを遠まきにうかがっていた。

 声をかけようとはせず……。時には近づいてみたりしながら。

 そこにわだかまる苦悩・悲嘆を感知()して、彼がいる窓を見あげるのだが、それ以上、なにをすることもなく……

 ――ただ、()ていた。



 ※ 屋根の色ですが、語呂的な選択です――臙脂も蘇芳も似た色彩なので併用してもよいかなと……。
 屋根に限らず、その時の流れや語呂、イメージ、思いつきで、類似色による表現の変化、けっこうやらかしております。


 ▽▽ 予告 ▽▽

 次回、第三章【季節はずれの花】に入ります。
 ここから二年後(セレグレーシュ 15歳弱)のエピソードになります。

しおり