混ぜて作ってお迎えして
と、言うわけで翌日。
朝食を食べ終わってから、ワズが来る前にパンも焼くというのでそれもお手伝い。
ウキウキと一晩寝かせた生地をこね、お店のメニュー作りの為にレグルスに発注した特別製の型に入れて焼く。
その間に、ラナは「お菓子を焼くわよー!」と泡立て器を掲げて叫ぶ。
相変わらずテンション高い。
まあ、それがまた可愛いんだけど。
「お菓子ってなに作るの?」
「ふふふ。……シフォンケーキよ!」
「シフォンケーキ」
記憶にないや。
というか、俺の知ってるお菓子ってクッキーだけだ。
知らないのは当たり前か。
「どんなケーキなんだ?」
「ふわっふわで、大変だけど簡単」
「?」
大変だけど簡単?
なんだ、それ。
「フランの頑張り具合かな?」
「え、えぇ……なんか怖いんだけど……」
「じゃあ早速作るわね。まずは卵ー」
「はーい」
とりあえず作ってみるとしよう。
ボウルに卵を白身と黄身を分けて入れる。
最初はどうやるの、と思ったが、半分に割った卵の殻に黄身だけ残すという手法があるそうだ。
どちらも使うので、きちんと分ける。
「黄身の方にお砂糖を入れるのよ」
分量は作る量にもよるらしいが、ラナが覚えているレシピは卵を三個使う。
その場合はスプーンに大さじ二杯。
ただ、ラナの前世の世界とこの世界はスプーンが違うから、上手くいくかは分からないと少ししょんぼりしていた。
失敗してもどうせ諦めないだろうけど。
小麦パンを上手く焼けるようになるまで、ガチで毎日分量を調整しながら焼き続けたラナの事だから。
気を取り直して、その黄身に砂糖を入れたものをひたすらに混ぜる。
とにかく白くなるまで徹底的に混ぜる。
「っ……」
「なかなか大変でしょ?」
「ん、理解。……素手で回し続けるのは苦行」
「だから簡単にかき混ぜられるハンドミキサーが欲しいのよ。言っておくけどこれで終わりじゃないわよ」
「ええ〜」
白くなった卵白には牛乳と少量の油を入れる。
そして、またかき混ぜる……また、混ぜる……。
そこに小麦粉をまぶすように入れて……また混ぜる。
ど、どんだけ混ぜ続ければいいの、これ……。
「さあ! 頑張ってメレンゲ作りよ!」
「まさかまだ混ぜるとか言わないよね?」
「混ぜるわ。さっきより混ぜるわ」
「嘘でしょ〜」
次に混ぜるのは卵白。
砂糖大さじ三杯。
「多くない?」と聞くと、ラナは「それがビックリするぐらい砂糖の味が消えるのよ」と遠い目をして語る。
そ、そんなバカな……。
「さあ、混ぜる時間よ」
「くっ」
またひたすら混ぜる。
しかし、こちらは驚いた事に真っ白でふわふわな物体になっていく。
な、なにこれぇ……卵白ってこんな事になんの?
考えた奴も最初にやった奴も頭おかしい。
ラナの前世の世界ってこんな物がありふれてたのか?
頭おかしい。
「うん、メレンゲが立ち上がるくらいになったらオーケーよ」
「メレンゲ?」
「卵白を砂糖を混ぜて泡立たせたものの事。他のお菓子にも使ったりするの。で、シフォンケーキの場合はこれをさっきの卵黄と牛乳、小麦粉を混ぜたやつに混ぜる」
「ま、また混ぜるの……」
腕が疲れてきたんですけど。
「混ぜ合わせたらケーキの型に入れるわ。本当ならドーナツ型の肩に入れて焼くんだけど……この世界にはないから仕方ないわね」
「も、もう混ぜない?」
「混ぜない混ぜない」
……や、やっと終わったのか、混ぜるの。
ハンドミキサーね、形を詳しく聞いて早急に作ろう。
二度とやりたくないや、混ぜるの。
「熱したオーブンで焼く。……とりあえず様子見ながら焼くわね」
「うん」
ラナの世界の物とは俺が作ったオーブンは少し温度調節等が苦手なので。
それを踏まえた上で、ラナは定期的に蓋を開けてケーキの様子を見つつ、ノートにメモを取っていく。
うん、やはり諦める気はゼロだな。
自分の納得いくまで作る気だ。
「うん、このくらいかな? 冷ましている間にクリームも作りましょう」
「……」
「察しがいいわね、混ぜるわよ」
「お、終わりって言ったのに……!」
「ケーキ本体はね!」
だ ま さ れ た 。
「……あ」
「?」
「あ、あのね、生クリームを作りたいんだけど……作り方が違うのよ……」
「?」
「これを使うらしいの……」
「っ!」
持ち上げたのは『クリームバター』という生クリームを作る塊。
ワズのところで売っている食品で、コレを牛乳に入れてかき混ぜるだけ。
「また混ぜるのか……」
「私も頑張るわ。一瓶分作って作り置きしておくのが一般的なんでしょ?」
「そう言ってたねぇ」
諦めて混ぜた。
ああ、かき混ぜたさ!
「ハンドミキサーとかいうやつの需要……いや、必要性をとくと思い知ったよ」
「よかった。そうよねぇ、絶対必要よ。なんでこの世界の人は思い付かないのかしら!」
…………と、このように俺とラナは大変苦労して生クリームとシフォンケーキを作り終わった。
まるでそのタイミングを見計らっていたように、ドアがノックされる。
「こんにちはー! 家畜屋でーす」
「はーい」
後片付けはあとにして、ラナにパンの用意を頼んでドアを開ける。
するとそこにはワズと綺麗な女の人。
ワズの母、ローランさんだ。
「こんにちは、牛たちをお届けにあがりました」
「こんにちは。じゃあ牛舎に案内します」
「はい、お願いします」
「いいにおーい!」
「ああ、いいものが出来たところだ。仕事が終わったらティーパーティーにご招待するよ」
「わあ! さっすが元貴族!」
「まあ……よろしいんですか?」
「俺たちだけでは食べきれないでしょうし、初めて作ったので味の保証はないですがそれでよければ」
二人の期待値がものすごい爆上がりしてるのが表情で分かる。
でも、まずはお仕事をしてもらおう。
馬車を引いてきた馬と牛。
その馬車の上には檻が乗っていて、その中には羊と山羊たち。
呑気にもしゃもしゃ草を食べている。
牛舎に案内して、柵の中に馬車ごと入ってもらう。
板を掛け、檻の羊と山羊を放牧場に放つ。
羊だけ真っ先に俺のところに来たんだが、なにこれ。
俺、こんなに懐かれるような事ほんとした覚えないんだけど。
「とりあえず餌箱の中には干し草入れておいたんだけど」
「うん、大丈夫そう。それに、放牧場も牧草がちゃんと整えられてるね! いいと思うよ!」
「そう」
ならよかった。
と、一緒に馬車を引いてきた牛の縄を外して一緒に放牧場に誘導する。
夕方まではゆっくりおし。
「鶏の様子も見て来ていい?」
「ええ、いいわよ」
「ありがとう、ワズ」
「いいよ別に、気になってたからね」
ワズは純粋に動物が好きなんだな。
貰ったひよこはすくすく育ち、今は卵も生む若鶏に成長した。
さっき卵白と卵黄に分けた卵はこの鶏の産んだ卵。
毎日きちんと一つ産んでくれるのだが、そろそろ一つじゃ足りそうにない。
ローランさんに相談すると、有精卵を二つ、銅貨十枚で売っていると教わった。
それを羽化箱の中に入れておけば、二週間ほどで産まれるんだってさ。
「羽化箱は竜石道具になるので少し高いけど、銀貨三十枚よ」
「ん、じゃあもらいます」
「ありがとうございます」
「というか、持って来てたって事は売る気満々でしたね?」
「あ、あら。本当はパンのお礼にするつもりだったんですわよ?」
「パンは羊の割引では?」
「ほほほ」
……あの息子にしてこの母ありかもしれないな。
まあ、別にいいけど。
「鶏もルーシィも健康状態に問題はないよ!」
「ありがとう。じゃあコレを設置して、と」
「あ、孵化箱!」
「お前の母さんもなかなかの商売人だな」
「だろー?」
というか、いよいよ牧場っぽくなったなぁ。
牛、羊、山羊、馬、鶏……。
そして放牧場の横には畑までも。
まあ、自給自足の生活にはまだ足りないんだが。
「そうだわ、この辺りってボアが出るって知ってる?」
「ボア?」
「野生の豚の一種だよ。でも牙があって雑食でなんでも食べるんだ。山から降りてくると畑を荒らしたりするから、春先と秋口にボア狩りをやるんだよ」
「へえ?」
「突進してくるからすごく危険なのよ。家畜の豚よりふた回りくらい大きいし、突進で牙がお腹に刺さって亡くなる人もいるくらいなんだから! 見かけても絶対近づかないで、家に入ってね」
「わ、分かりました」
母子に真面目な顔で怒られて、思わず頷く。
そんな危険な野生動物が出るのかよ。
ちなみに、他にもベアーやウルフという肉食動物も稀にだが出るらしい。
しかしそいつらは山の上の方が生息域なので、迂闊に山に入らなければ出会す確率は低いそうだ。
「猟銃とか、武器屋のハーサスさんが売ってるから、秋になる前に買っておいた方がいいかもよ? 使い方もハーサスさんが教えてくれると思うし」
「猟銃か……確かにそんなのが出るなら、護身用に欲しいかも。いくらくらい?」
「そうねぇ、安いので銀貨十ぐらいだと思うわ。うちもウルフに家畜がやられた事があるから、猟銃は持っているけど……確かそのくらいだったような?」
「銀貨十か、ありがとう。今度町に行ったら買ってくるよ」
「あ、でもボアは臭み抜きすると肉は全部食べられるし、内臓も調理法によってはいい保存食になるんだよ! 骨は乾燥して細かく砕いて家畜の餌に混ぜると、骨が頑丈になるんだって!」
「わおう、たくましー」
どっちが恐ろしいのやら、だな。
だが、肉はいいな。
干し肉ばかりだと硬くて飽きるし、牛や豚、鶏も新鮮な肉は町に行ったあとじゃないと食えない。
「あ、もしかして秋口に狩りが行われるのって」
「そう、冬の保存食用にボア狩りが行われるのよ。春先は増えすぎないようにウリボア狩りが中心なんだけど」
「へえ」
「兄ちゃん若いんだし、今年から猟友会に誘われるんじゃないか? 貴族様って狩りとか行くんだろう?」
「ああ、身分が高いやつは嗜み程度で狩りはするらしいな。俺は雑務が忙しくて全然行った事ないんだ」
「へー?」
嘘は言ってない。
狩りはしたさ、貴族だもの。
でもな、主にアレファルドたちの狩った獲物の回収だよ。
犬に頼め犬に、と思うだろう?
あいつら狩猟犬を使いこなせねーの。
だから俺が行くしかないの。
意味不明だよなー。
「おかえりー」
「ただいま」
「お邪魔します」
「お邪魔しまーす!」
「いらっしゃい! ワズ、ローランさん。座って座って!」
あ、ラナ、後片付け終わらせちゃったのか。
……後片付け、結構大変だっただろうに。
あれ、なんとかしてもう少し簡単に出来ないものかな……?
食器を自動で、洗ってくれるような竜石道具……うん、そういうのがあれば、ラナももっといろんな事に挑戦出来るんじゃないか?
ハンドミキサー共々、設計図を考えてみよう。