お菓子作り
「それでね! お店は今年の秋頃に開店出来そうなんだって。小麦農家さんが泣いて喜んでくれて、余計頑張らなきゃって思ったわ」
「うんうん」
帰りの馬車の中でるんるんのラナ。
話し合いも無事にまとまったようでなにより。
お店の位置はこの町の北西部。
端の方だがレグルスが頑張って、かなりいいところに店を構えられる事になったようだ。
麦畑と、風車が近くにあるので割と新鮮な小麦が手に入るんだってさ。
「それにしても……この国の人は安く買い叩かれすぎじゃないかしら」
「? どういう事?」
「小麦の質がいいのに、小麦粉一袋銅貨二十枚だったのよ! あれなら一袋銅貨七枚は下らないのによ!? 安すぎるわ! びっくりして卸売業者に怒鳴っちゃった! レグルスも知らなかったみたいだし、姑息な商売しくさりやがるわよね、本当!」
「……ふぅん?」
「なんでそんなに興味なさそうなの!」
「えぇ……」
だって俺たちに実質的な被害はないじゃ……。
「わたくしは! ああいう不当な利益を上げる輩が許せないのよ! 人を馬車馬のように働かせて自分たちはなにもせずいいところだけかっさらって、人の手柄をさも自分の手柄のように振る舞い、頑張ってる人へは真っ当な評価も報酬も与えない! そんな理不尽が世界一嫌い! 大っ嫌い! 滅べ!! 滅び散れ!! 地獄に落ちろ!」
「…………」
あ、ああ、ラナの前世って奴隷のように使い潰されて最期は暴力まで振るわれ、ライバルのところで自殺してくるよう命じられた……だっけ?
確かに通じるものはあるな?
……そうか……だからラナは……『正しい評価と報酬』にこだわるのか。
「牧場カフェはどうするの?」
「その件で! フランに相談があります!」
「は、はい。なんでしょうか」
唐突に敬語。
御者をやっているから、後ろは振り向けないんだけど……どうしたの。
「……い、家の横に、二階建ての建物建てていい?」
「……カフェの店舗?」
「そ、そう。カールレートさんやクーロウさんに相談したら、なんだか話がモリモリと盛り上がってしまって……」
ああ、そうなる気がするよ……。
クーロウさんは職人としてのこだわりが強いみたいで「あそこいじっていいか?」「あれこうしてもいいか?」「こここうするけど良いよな?」などなど、なんだかんだ金貨一枚分の上乗せ仕事を自主的にしてくれた。
いや、ラナのこの性格なのでもちろん報酬として金貨一枚分お支払いしましたけども。
そしてカールレート兄さんは煽るのが得意。
その場にレグルスがいたのなら、あいつも煽るのに一役買っている事だろう。
なるほど、えげつない予算と見た。
「金貨三枚までならいいんじゃない? 冷蔵庫はもう少し様子を見ないと売れないけど、ドライヤーの売上一割はそろそろ入るんでしょう?」
「…………」
「……嘘でしょ? 金貨何枚?」
自宅が金貨二枚と銀貨八百枚になったので、その辺りならまあ、と思ったら黙られた。
信じられなくて思わず振り返ると、へにゃりと微笑まれる。
嫌な予感しかない。
「金貨五枚と銀貨二百枚見積もり」
「貴族の豪邸が建つよそれ」
この子なに言ってるんだろう。
いいか?
普通の平民の家でも銀貨二百枚が平均と考えろ。
貴族の屋敷の平均は金貨二枚。
五枚なんて豪邸だぞ豪邸。
公爵家の家ぐらいだよ?
どうしてそんな事になる?
「あ、あの、ち、違うのよ。この金額には竜石のお金も含まれているの」
「竜石のお金?」
「……大きい冷蔵庫とコンロとオーブンと展示用ケースとミキサーとコーヒー豆の焙煎機と抽出機……フランに色々作ってもらおうかなぁって思ってたら……なんか竜石にかかる金額を上乗せして気づけばこんな事に……」
「…………」
大型の冷蔵庫とコンロ、オーブンは分かるけど、それ以外はまたわけ分からない単語だな……。
うーん、これは……。
「帰ったら聞かせて」
「は、はぁい」
というわけで帰宅後。
まあ、まずは買ってきたもので日持ちする保存食などは床下の保存庫に入れる。
果物や野菜、お肉、牛乳などは冷蔵庫。
自分で作っておいてなんだけど、本当に便利だなぁ、冷蔵庫。
そしてトイレットペーパーはトイレ。
他の消耗品も納戸に入れて……。
「……それにしても、アレよね」
「ん?」
「絶対作者の中途半端な知識のせいだと思うんだけど、トイレットペーパーとか、時々普通に前世で使われていたものがあるのは違和感を覚えるわ」
「そうなの?」
「だって変じゃない? この国に限らず、冷蔵庫もないのにトイレットペーパーの芯からペーパーをこうして巻く技術があるなんて……」
「? トイレットペーパーは、カミノ木っていう木だよ」
「ほら出てた! つじつま合わせの不思議植物!」
「え、ええぇ……」
と、いう事らしい。
ラナは前世の記憶と照らし合わせ、最近よくこういうツッコミを入れる。
この世界は小説の中の世界。
だからラナの前世の知識に基づき、世界観的に本来あるべきでないものは『つじつま合わせの不思議植物』等に括られてしまう。
俺は便利ならなんでもいいと思うんだけどな?
「まあ、もう慣れてきたけどね。中途半端なものはあるから変な感じ」
「ふーん」
「まあいいわ。そのおかげで便利でもあるし。それより片付けも済んだし、今ご飯作るわね」
「俺も手伝うよ」
「ありがとう!」
そして冷蔵庫の良いところは、作り置きが出来るところだろう。
昨日や一昨日作ったものを温め直せばすぐに食べられる。
ラナ曰く「電子レンジがあればもっと楽なんだけどなぁ」らしいんだけど構造が彼女にも分からないらしい。
炎以外で食べ物を温めるわけではなく、では熱で温めるのか、というとそうでもないんだって。
なんか、せきがいせん? とかいうのの力だとかなんとか。
それはどうしたら発生するのか。
ラナにも分からず、俺は残念ながらその電子レンジを作ってはやれないらしい。
まあ、今のところそれはなくても平気、とラナに言われたけど……。
「きゃん!」
「シュシュは離乳食終わってるって言ってたわよね」
「ああ、ワズのところでドッグフード買ってきたから、それをあげたら良いよ」
「分かった。おいで、シュシュ。ご飯よ」
そういえば、家に入る前にシッコ済ませてきたけど、今後はどうするべきかな?
自分で自由に行きたい時にシッコに行けるように、扉にシュシュ用の扉でもくっつける?
紙を敷き詰めた箱を用意しておけば家の中でもシッコをするように躾けてあるってワズが言ってたから……うん、まずは用意してあげた方がいいか。
「はああぁ〜、かっわい〜!」
と、ご飯を食べさせるラナの黄色い声。
まあ、確かにお尻をぷりぷり全力で振りながらご飯を食べる子犬の姿は可愛いね。
それをしゃがんで眺めるラナも可愛い。
なんだあの癒し空間、やばくない?
「ラナ、シュシュのトイレ入り口の脇に置いておくよ?」
「うん! だってさ、シュシュ。トイレはあそこよ。……って、全然聞いてないわね」
「まあ、今はご飯に夢中みたいだしね。俺たちも食べよう」
「そうね」
ワズには「人間が食べる物は食べさせないでね、身体を壊すから」って言われてる。
瞬く間に自分の分を食べ終わると、足元にすり寄ってくるシュシュは可愛いんだけど我慢。
可愛いんだけど。
可愛いんだけど!
「じゃあ話をカフェの話に戻そう」
「は、はい」
「そんな身構えなくても平気だよ。無茶な要求なら今までも散々されてきたし」
「くっ、笑えない冗談ぶっ込んできたわね」
「そんなつもりないんだけどな」
と、ご飯を食べながらラナのカフェ計画を聞いてみる。
まず俺に作ってほしいものは以下の通り。
大型冷蔵庫。
これはおそらく大型竜石が必要なのでは、との予想。
でも冷やすだけなら中型竜石で間に合うと思うんだよね、うちで使ってるやつは一番したが『冷凍庫』になってるから複雑なのだ。
三箇所コンロ二つ。
中型竜石が二つ。
大型のオーブン。
大きさを聞く限り、石窯を併用して今使ってる家サイズ……中型竜石が妥当かな。
ただし、以前も言ったが金属を使用しなければならないのでそのお金が高い。
展示用ケース。
最初なんぞや、と思ったけど持ち逃げされないプラス保存に適した温度を維持するショーケースの事なんだって。
冷蔵庫を応用したもののようで、大きさや用途を聞いたら多分素材はガラスと木で問題なさそう。
これは小型竜石で作れると思う。
ミキサー。
これも「なにそれ」と思ったが、野菜や果物を液状になるまですり潰せる道具と説明を受けた。
すり潰す部分に金属を使うのが、ラナの世界の常識なのだとしたら物そのものは小型竜石で作れても、少しお高めの材料費がかかるかな?
コーヒー豆の焙煎機と抽出機。
現在畑の端で育てられるコーヒー豆を焙煎し、砕いてお湯を入れて抽出……までを全て自動でなんとか出来ないかなぁ、というラナの無茶ぶり。
とりあえず焙煎は程度が分からなければエフェクトを刻めない。
抽出も同じ。
これは手作業じゃないと多分無理かなぁ、人によって好みもあるだろうし〜、というと「だよねぇ」と俯いていた。
本人もうっすらそう思っていたらしい。
「……でも、じゃあ必要な中型竜石は四つ? 小型はいっぱいあるから……」
「予備で二個くらい多めに欲しいところだな」
「そ、そうね。……それで、コーヒー関係以外はあのぅ……」
「そうだな、オーブンが少し不安かな。厨房に石窯も入れるのなら……ああ、それなら、その石窯を三段ぐらいにしてみたら?」
「? どういう事?」
「ん、だからね、構造をこうして……縦に長くするんだよ。上に石窯を熱したり温度を制御するエフェクトを刻んだ竜石をつけておけば補助として使えるから、オーブンよりたくさん同時に、かつ温度もある程度調節可能な石窯が出来るんじゃないか? ラナが欲しいのってそういうのじゃないの?」
「フ、フランて本当に天才なんじゃないの……?」
そうだ、石窯を竜石道具にしてしまえばいい。
そうすれば高い鉄を買わなくていいし、わざわざ難しい鉄加工も必要ない。
それに、これならこの国以外でも応用が利く。
「ラナの販売実績……商売のやり方を見てて、そういう方がいいのかなって」
「て、天才なんじゃないの」
「天才ではないかな」
ラナのこれまでの行動パターン、実績による『データ』の応用だから。
「うん! うん! でもそれはいい! それでいきましょう! 必要な竜石のサイズは?」
「石窯の大きさによるけど、まあこれの倍ぐらいまでなら中型竜石で間に合うかな」
「さすが! えっと、それじゃああのね、ハンドミキサーとかもお願い出来ないかな、なんて思ってるんだけど……」
「ん、さっき言ってた果物や野菜を液状にするやつ?」
「う、うん。そうなんだけど……あ、そうだ! フラン、明日一緒にお菓子作ろう!」
「? は? お菓子、作る?」
「そう! やってみた方が絶対早い!」
……お菓子作り。
ラナとお菓子作り。
「うん、いいね。面白そう。やる」
「やった! 決まりね!」
ラナと一緒に料理すると、俺もレシピの幅が広がる。
……ん?
一緒に作りたいだけだろうって言ったの誰かな?
そんな事ないから。