第三十八話
楡浬と大悟も布団に入り、消灯となった。
環境が変わると眠れなくなることはよくある。年頃の女子ふたりとほぼ同衾という、普通の男子なら大興奮で眠ることができなくなる垂涎の環境下で、すでに寝息を立てている大悟に対して、残りのふたりは目が冴えていた。
「ねえ、泥ドロンジョ。あんたも眠れないの?」
「いえ。拙者、夜は常に半寝状態でござる。横になっていれば、それで十分でござる。充足の字。」
「そうなの。あんたも大変ねえ。それは忍者の家系という枷に自由を奪われているということなのかしら。」
「左様でござる。幼い頃から常に周囲に目配りをすることを言われ続けておりました。警戒心を持つこと自体は、生きる上でマイナスではないのでござる。失敗が少ない子供に育ち、世に言うドジっ娘属性のかけらも持ち合わせておりませぬ。鋭敏の字。」
衣好花はちらっと横目で楡浬を見た。
「な、何よ。アタシにはそんな属性、一点の曇りもなく体内に存在しないわよ。」
「楡浬殿を見たのではござらん。楡浬殿の上でござる。灰色の靄のようなものが見えまする。現認の字。」
「ちょ、ちょっと、泥ドロンジョ。お、脅かさないでよね。眠れないから、冗談を言って、笑いでリラックスさせて、睡魔を呼ぶという作戦よね。いい企画だわ。」
「どうやら、甲冑らしきものが見えるでござる。楡浬殿。相当な重量がかかっているようでござるが。重圧の字。」
「さ、さっきから重たい感じはあるけど。これはよくある金縛りってヤツよね。金縛りはからだの疲れで、筋肉が硬直するらしいわよ。今日山道をかなり歩いたから、きっとそのせいよね。あははは。」
楡浬の上に乗っている灰色の者が楡浬を睨み付けている。
「楡浬殿の上には落ち武者が立っているでござる。そのままではからだが押しつぶされてしまうでござる。危険の字。」
「泥ドロンジョ。じょ、じょ、冗談はジョジョに言ってよね。」
「それは徐々に、もしくはジョジョに、どちらの意味でござるか?選択の字。」
「そんなことはどうでもいいわ!この状態をなんとかしなさいよっ。」
武士らしき者は暗い中でもわかる仁王のような恐ろしい目つきで、楡浬の胸をガン見している。楡浬の布団は、滝のごとき冷や汗で濡れぞうきんのようになっている。
「楡浬殿。徐々、ジョジョ、どちら?決定の字。」
「どっちでもいいわよっ。早く助けてよ~!」
『喝!』
真ん中にいる濃い髭、眉毛の武士が気合いの入った声を楡浬にぶつけた。
「きゃあああああああ~!アタシはおいしくないわよ~。ほにゃら、こにゃら、あにゃら。」
楡浬は恐怖のあまり、声帯がけいれんしてしまった。
『喝、喝、喝!』
武士は強烈に緊張させた筋肉の塊のような腕を振り上げて、楡浬の布団に降り下ろそうした!
「あれ~!ばたん。」
楡浬はこぶしに触れる前に失神してしまった。だらしなく開かれた口から泡がのぞいている。
武士の握りこぶしは楡浬の隣の山に向かった。
『我を陥れた敵はもっとからだの盛り上がった相手だった。こんな薄いからだではなかった。第一、我は【胸無し芳一】には触れることができぬ。胸無し芳一には見えないお経が書かれているのだ。』
楡浬を攻撃し得なかった理由を述べた武士。今度は大悟の上に乗った。
「・・・うつ。く、苦しい。重いですわ。」