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月流し.1


 淡紅色の建物群の中枢(ちゅうすう)
 《リセの家》の裏手。

 窓がひとつもない正十角形の一室に、十名あまりの男女が(つど)っていた。

 特に決まった席も机もないので、ゆうゆうと長椅子に腰かけている者があれば、出入り口付近(ふきん)の壁や窓枠に肩や背中をあずけている者もいる。

 多様な形状の掛け軸や玉すだれ、つり下げ型の模型。切り紙装飾。
 仕切り調のドレープ。衝立、絵画など……。

 充分な空間が残されているなかにも、数多くの装飾品が方々(ほうぼう)に(時には奔放(ほんぽう)に)場を()める風変わりなその広間にあって、彼らは和気あいあいと世間話をしながら、予定している顔がそろうのを待っていた。

 五つ、六つ、若い者――年期を(かさ)ねようと若く見える者がある(ほか)は、五十から、上は七十くらいの老大人(ろうたいじん)ばかりだったが、()けこんでしまっている印象はない。

 ほのぼの呵々(かか)と、月並みな平和を謳歌(おうか)してみえるが、機知の(おとろ)えをあまり感じさせない老獪(ろうかい)な者の集まりで、嵐の前の静けさにも似通う静穏のなかに、なにやら質の悪いくわだてが話されそうとしているような…――、

 そんな、うさんくさい空気もただよっているのだった。

 そこに、最後のひとり――三十代半ばほどの男子が入ってくると、長椅子に腰かけていた男が目をおとしていた書籍を閉じた。

「では、はじめよう…」

 重厚な本を手もとに顔をあげたのは、グレイのラインを等分に残すごま塩頭の男。

 家をとり仕切り、老師とも呼ばれる彼ら先導師陣のまとめ役にして、この組織の代表でもある《家長(いえおさ)》。
 フォルレンスだ。

稜威祇(いつぎ)から、審査役の申し出があった」

 彼が切りだした事実に、ほぉ、へぇ…と。驚きと感嘆のさざめきが(ひろ)がった。

「指名されたのは、近々《一次考査》を予定しているセレグレーシュ君だ」

「名乗りをあげた稜威祇(方(かた))の実力は?」

「無力でないことは確かだ。並以上に見えるようだし、攻撃的な(りょく)もそなえている。大気に干渉(かんしょう)するのか、火焔をもちいて見せた」

 フォルレンスの答えをもとに、その場に集った者が思い思いに意見・感想を()べはじめる。

「自然や気脈に干渉する者は少なくないが、それはまた、かなり強烈だ」

「視覚的には、そうだな。(鎮めのパートナーとして)使えるかとなれば、話はわからない(別だ)

「メア。その子の企図(きと)は、どうなっていた?」

稜威祇(いつぎ)の言語を得手(えて)とし、空間認識力、鑑識力、応用力、それに心力が突出している。素材に対する感受性も高い。数学、理学に強く、学識面……座学では進みがかなり速いほうね。現時点では、文字を書く能力に課題を残しているけれど、線描(せんびょう)模写(もしゃ)に素質が見うけられないこともないので、そちらも時間の問題でしょう…」

 話されるなかに、議題として用意されていた紙面の山の一つから、二枚程度の薄っぺらな資料が皆の手に行きわたる。

「――二年前、どこからか流れてきた子です。一連(いちれん)のペーパーテストを見たかぎりでは、帰途(きと)(はか)る可能性が高く、また、放浪経験があることから、通常の行程では(やす)いということで、(しず)めに対する反感の強い街に一時滞在・視察させ、行動傾向を観ることに。審査官はカフルレイリ講師の予定でした」

 このような(つど)いの方針として、近日、予定されている議題の内のどれを先に取り上げるかは、(そこに(あつ)まった者の希望も受けつけるが)家長の判断によって変わるのだ。

「カフゥか……(担当(審査役)の決定権は家長にあり、企画が定まった後、確定されるものだが……)よく押し通せたな。とり巻き連中の横槍が入らないのが意外だ」

「自己推薦(すいせん)ね。とり巻きの(~その~)方々(かたがた)には秘密にしているみたいよ?」

「それはまた…。迷惑な話だ」

「そんなことより――その条件で検討(けんとう)した学生(門下)の実施拠点は、クウオーレ市だったと思うけれど」

「うむ。クウオーレだ。どうやら(その子は)行ったことがないようだが――筆記の結果を見ると、それでも手緩(てぬる)そうだね。せっかくだから、ひとつ、試練を重くしてはどうだろう?」

「重くねぇ……天分があろうと実技がこれでは、そう大層な冒険もさせられないぞ」

「みだりに刺激するものではなないだろう。稜威祇(いつぎ)だろうと鎮めだろうと、クウオーレ(あそこ)にへたな者は送れない。その稜威祇(いつぎ)を使うなら、場所を変えたほうが良さそうだ」

「移動期間は二一日の予定。出発が明朝なので、この範囲内でかなう企画にして下さい。審査の方に伝え説く手間もございます」

「北へやろう」

 思い思いの感想・意見・要望が飛びかうなか、合間をついて、それと主張したのは、家長(いえおさ)のフォルレンスだ。

「北っていうと?」

「世馴れした子と動きそうもない才子を放りこむところだ。……ポイント二二から二八あたり。レベルは、3以下では意味がない。仕掛け条件付きの4でどうだろう?」

 家長の提案に、協議の場がどよめいた。

「どういった(ゆう)トラップを想定しているのか知らないが、それでは修了検定の余興じゃないか」

「ま、一次ですることではないな」

(かち)二十日(はつか)では着かないだろう。活動中の断層が遠くない。使うなら、対策を講じ、ようすも見たいから、少なくともその倍の準備期間が欲しいところだ。ひとつ間違えば、危険な場所にも出る。地理に(うと)い者には、過ぎる試みだな。
 洞窟に落とすなら、あそこでなくてもいいはずだ。まわりに危険が多すぎる」

「多少、遅れてもかまわないんじゃないか? 中に落としてしまえば安全なのだし」

「ひどいな。(むか)えが行動を起こすまで、穴から出てくるんじゃないって(事)か…」

「そうなると……カフゥ(がついていく話・見込み)は、まず無くなるな(別行動をとるにしても、目的に反した大所帯になってしまうことだろうし……)」

「フォル。情報をとり違えてはいないか? あの子の技能は、基礎段階の序幕だ。二つ三つ法印を結べたところで、あの区域は出てこれない。半端な者では飢えるし、あのあたりには妖威(ようい)(ひそ)んでいた前例も……」

「苦しめるのが目的ではないでしょう。最低限、飢えないよう対策するのでは?」

「そんな手心を加えたのでは考査にならん。程度に異論はあるが、本末転倒だろう。迷いこんだ森に(ほどこ)しが用意されているものではないからな」

月〆(つきじめ)の会合では、そんな声は聞かなかった。稜威祇(いつぎ)が名乗りをあげたというだけの変更とも思えない。なぜ、そこまで厳しくするんだ?」

 老師たちの意見に耳をかたむけていたフォルレンスが、そこで、もっともらしくうなずき、彼らの疑問に答えた。

「うん。おかしなことを聞きにきたので、少し調べたよ。心力が充実している上、頭もセンスも悪くない。気になる(つまづ)きがないこともないが……(使い手として、はずせない資質・素養……有利な条件は(そろ)っている)。
 ああいう(あーゆう)子は、その気になりさえすれば、次から次へと技を覚えだすものだ。それだけに、この考査で開放される上の技術は早いように思う。
 ここにいる経緯を考えれば、こんなものだろうが、鎮めを目指している自覚もない。目立つ子だし、その時になって彼だけ技を伝授しないというわけにもいくまい。
 適性考査(一次)は、十八か……そこでもダメなら二十歳(はたち)でクリアするのが適当と考えるのだが…――方々(かたがた)は、どう思われる?」

「故意に落とそうと、いうのか……」

 白無地…――。
 風景や抽象画、人物が描かれているもの。

 放物線・図形が躍動する幾何学的模様。貴石があしらわれたものや一色(いっしょく)に染まった絵画など。
 それぞれの画材・材質・様式は多様だ。

 さらには、中空をふらふらと回遊する切り絵風の紙片など――。

 個性的な装飾物にかこまれながら、導師たちは、互いの意見を探るように視線を交わした。

「フォル殿。俺には、だいなしに(スポイル)しようとしているようにしか聞こえません。人が現役で活躍できる期間も長くないのに、稜威祇(いつぎ)がつき添おうとするような逸材をあのようなところに放りこんで、トラウマでも出来たらどうするのです?」

「(そ)んな、やわな根性なら、大した《鎮め》にはならんよ」

試験対象(この子)は、亜人じゃないかな……。永い可能性もあるぞ」

「短い可能性もあるわね」

 横合いでなされた雑談めいた見解に注意力をちらされながらも、意見を述べていた金髪の男は不満を再燃させた。
 会合開始時、この場に最後に飛び込んできた三十代半ばに見える男だ。

「そんなのは、どれもこれも上手く導けぬ者の言い訳だ。俺は常々、ここのそういう(ゆう)やり方をどうかと思って…――」

()るなら錬るで、梃子(てこ)入れはしてきたぞ。それで成らぬのなら、それまでだ」

「わた……俺は、ひき下がらないぞ。こんなのは、なっとくがいかない。やり方が汚いし…。極端すぎる!」

「あなたが話しだすと、話が先に進まなくなる。これは、そんな問題ではないと思うが……」

 会話の流れををうかがっていたフォルレンスが、すと手のひらを上げた。
 そのわずかなしぐさで、皆の注意が《家》の代表に集まる。

「彼のような真率な人情家(・・・・・・)を(老師に)いれるのが、創始(――《(組織)》のはじまりではなく、先導師陣(老師陣)を組織の頭脳として位置付けた時——)からの伝統だ。話を聞こう」

「前から思っていたが、なにをもってそれとするのか、慣例とするにも特定し(がた)因襲(いんしゅう)ですね……(法印の使い手でも《理族(りぞく)》でもない者が就任した例は過去にもあるが……。勉強熱心で、遜色(そんしょく)ない知識があろうと、数ある不都合を押してまで入れるほどの逸材には思えない――…)」

 横合いに生まれた懐疑的な問題提起に、フォルレンスが(こうべ)を左右にふった。

「力の集中するところに腐臭がただよいはじめると、まわりはたまったものではないからな。ことわりや損得(そんとく)に惑わされない、まっすぐな人の情が良い薬になる。
 現状の諸事情と理屈、規則に走ると情を失いがちになるが、この二つのバランスは重要だ。状況にあわない意見だったとしても、それなりの()はあるものだ。
 事情・都合・意見がどうあれ、耳を(かたむ)け、その理由を考え、(かろ)んずることのないように」

「フォル。われらとて、(じょう)をなくしているわけではないだろう。もとより十五の考査は、(ふる)いもかけるが仕込みのようなもの。失敗も経験の内で、仕掛けようと乗り越える者もある。受かるようなら、それはそれで良しで、落ちるだけなら大したことは……」

「うん。(よう)阻害(そがい)された当事者と周囲がどう判断し受けとめるかだ。厳しくあったほうが良い結果を生むこともあるが、逆もまたしかり。生徒によっては、その加減にも悩む。じっさい(おこな)って結果と経過をみるまでは、どれが正解だとも言えないものだ。議題は少なくないが、慎重にいこう」

 そう()べておいてから、総師(そうし)フォルレンスは、(つと)めて冷静に場をとりまとめた。

「厳しすぎるとの意見が多数のようだが、そのくらいハードルを高くしないと越えられてしまうだろう。稜威祇(いつぎ)が望んでついてゆくのだ。運良く助勢され、突破されてしまう可能性がないわけでもない――限界を見ようと、切りあげるべき段階での過度な介入・力添え(すること)は違反になるが、悪意でもなくば、彼らに強いことは言えないのが現状だな。皆は、これをどう思う?」

 そこは《リセの家》の裏手に(もう)けられた法印使いの殿堂――

「そもそも――…おかしなことと言ったが、その子は、いったい何を聞きにきたのだ? やり過ぎではないのか?」

「うん。思うところの情報が不足していれば、利発さ、視野の広さのあらわれで……(性分もあるのかもしれないな……)。これと目指す以上、気になりだすと、容易に退けなくなるのだろう。さして危険なものでもないが――…」

 この組織()をまとめ管理する導師・関係者らが(つど)い、方針を話しあう《大老の台閣(だいかく)》—— 

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