月流し.1
淡紅色の建物群の
《リセの家》の裏手。
窓がひとつもない正十角形の一室に、十名あまりの男女が
特に決まった席も机もないので、ゆうゆうと長椅子に腰かけている者があれば、出入り口
多様な形状の掛け軸や玉すだれ、つり下げ型の模型。切り紙装飾。
仕切り調のドレープ。衝立、絵画など……。
充分な空間が残されているなかにも、数多くの装飾品が
五つ、六つ、若い者――年期を
ほのぼの
そんな、うさんくさい空気もただよっているのだった。
そこに、最後のひとり――三十代半ばほどの男子が入ってくると、長椅子に腰かけていた男が目をおとしていた書籍を閉じた。
「では、はじめよう…」
重厚な本を手もとに顔をあげたのは、グレイのラインを等分に残すごま塩頭の男。
家をとり仕切り、老師とも呼ばれる彼ら先導師陣のまとめ役にして、この組織の代表でもある《
フォルレンスだ。
「
彼が切りだした事実に、ほぉ、へぇ…と。驚きと感嘆のさざめきが
「指名されたのは、近々《一次考査》を予定しているセレグレーシュ君だ」
「名乗りをあげた
「無力でないことは確かだ。並以上に見えるようだし、攻撃的な
フォルレンスの答えをもとに、その場に集った者が思い思いに意見・感想を
「自然や気脈に干渉する者は少なくないが、それはまた、かなり強烈だ」
「視覚的には、そうだな。(鎮めのパートナーとして)使えるかとなれば、話は
「メア。その子の
「
話されるなかに、議題として用意されていた紙面の山の一つから、二枚程度の薄っぺらな資料が皆の手に行きわたる。
「――二年前、どこからか流れてきた子です。
このような
「カフゥか……(
「自己
「それはまた…。迷惑な話だ」
「そんなことより――その条件で
「うむ。クウオーレだ。どうやら(その子は)行ったことがないようだが――筆記の結果を見ると、それでも
「重くねぇ……天分があろうと実技がこれでは、そう大層な冒険もさせられないぞ」
「みだりに刺激するものではなないだろう。
「移動期間は二一日の予定。出発が明朝なので、この範囲内でかなう企画にして下さい。審査の方に伝え説く手間もございます」
「北へやろう」
思い思いの感想・意見・要望が飛びかうなか、合間をついて、それと主張したのは、
「北っていうと?」
「世馴れした子と動きそうもない才子を放りこむところだ。……ポイント二二から二八あたり。レベルは、3以下では意味がない。仕掛け条件付きの4でどうだろう?」
家長の提案に、協議の場がどよめいた。
「どう
「ま、一次ですることではないな」
「
洞窟に落とすなら、あそこでなくてもいいはずだ。まわりに危険が多すぎる」
「多少、遅れてもかまわないんじゃないか? 中に落としてしまえば安全なのだし」
「ひどいな。
「そうなると……カフゥ(がついていく話・見込み)は、まず無くなるな(別行動をとるにしても、目的に反した大所帯になってしまうことだろうし……)」
「フォル。情報をとり違えてはいないか? あの子の技能は、基礎段階の序幕だ。二つ三つ法印を結べたところで、あの区域は出てこれない。半端な者では飢えるし、あのあたりには
「苦しめるのが目的ではないでしょう。最低限、飢えないよう対策するのでは?」
「そんな手心を加えたのでは考査にならん。程度に異論はあるが、本末転倒だろう。迷いこんだ森に
「
老師たちの意見に耳をかたむけていたフォルレンスが、そこで、もっともらしくうなずき、彼らの疑問に答えた。
「うん。おかしなことを聞きにきたので、少し調べたよ。心力が充実している上、頭もセンスも悪くない。気になる
ここにいる経緯を考えれば、こんなものだろうが、鎮めを目指している自覚もない。目立つ子だし、その時になって彼だけ技を伝授しないというわけにもいくまい。
「故意に落とそうと、いうのか……」
白無地…――。
風景や抽象画、人物が描かれているもの。
放物線・図形が躍動する幾何学的模様。貴石があしらわれたものや
それぞれの画材・材質・様式は多様だ。
さらには、中空をふらふらと回遊する切り絵風の紙片など――。
個性的な装飾物にかこまれながら、導師たちは、互いの意見を探るように視線を交わした。
「フォル殿。俺には、
「(そ)んな、やわな根性なら、大した《鎮め》にはならんよ」
「
「短い可能性もあるわね」
横合いでなされた雑談めいた見解に注意力をちらされながらも、意見を述べていた金髪の男は不満を再燃させた。
会合開始時、この場に最後に飛び込んできた三十代半ばに見える男だ。
「そんなのは、どれもこれも上手く導けぬ者の言い訳だ。俺は常々、ここのそう
「
「わた……俺は、ひき下がらないぞ。こんなのは、なっとくがいかない。やり方が汚いし…。極端すぎる!」
「あなたが話しだすと、話が先に進まなくなる。これは、そんな問題ではないと思うが……」
会話の流れををうかがっていたフォルレンスが、すと手のひらを上げた。
そのわずかなしぐさで、皆の注意が《家》の代表に集まる。
「彼のような
「前から思っていたが、なにをもってそれとするのか、慣例とするにも特定し
横合いに生まれた懐疑的な問題提起に、フォルレンスが
「力の集中するところに腐臭がただよいはじめると、まわりはたまったものではないからな。ことわりや
現状の諸事情と理屈、規則に走ると情を失いがちになるが、この二つのバランスは重要だ。状況にあわない意見だったとしても、それなりの
事情・都合・意見がどうあれ、耳を
「フォル。われらとて、
「うん。
そう
「厳しすぎるとの意見が多数のようだが、そのくらいハードルを高くしないと越えられてしまうだろう。
そこは《リセの家》の裏手に
「そもそも――…おかしなことと言ったが、その子は、いったい何を聞きにきたのだ? やり過ぎではないのか?」
「うん。思うところの情報が不足していれば、利発さ、視野の広さのあらわれで……(性分もあるのかもしれないな……)。これと目指す以上、気になりだすと、容易に退けなくなるのだろう。さして危険なものでもないが――…」
この