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季節はずれの花.4


 実習室を後にした彼が歩きはじめたのは、数ある建物を掛け橋のようにつないでいる屋根つきの渡り廊下だ。

 使用中の建物に行きあたれば、建物の輪郭にもうけられている縁側(えんがわ)仕様の側面通路にまわりこんで進んだ。

 そうして急ぎ足かげんに敷地の中心付近(ふきん)にいたった彼は、金色の色彩をわずかにふくんで見える暮れ()めの空のもと、(ひら)けた傾斜面に渡された玉石の小道へと足を踏みだしたのだ。

 色とりどりの小石を淡茶色の特殊な(すな)(建材仕様に特化された法具まがい)混じりの土で固め敷かれた小道が、時にまじわりながら主要な動線として線や円や弧をえがいて伸びている。

 道なりに斜面を下りきったところには、けっこうな規模の円形の庭が三つ。〝く〟の字状の配置で裾を重ねながら、北、西よりの中央、南に存在している。
 そのうちのひとつ。半径が三一メートルほどになる真ん中の円庭(西よりの中央)の中枢とも言える位置に、淡紅色の建物のなかでも歴史があるとされる家長が住まう(むね)がある。

 はじめに住んでいたとされる人物の名前から《リセの家》と呼ばれる建物だ。

 あくまでも歴史があるというだけで、必要を見ては改装したり、立地を変え、建て直したりいるそうなので建物そのものにさほど古い印象はない。

 古さをいうなら《常磐荘(ときわそう)》《やかた》《一番館》などとも呼ばれるこの北側の円庭の中央に位置する寄宿舎《第一館》がダントツだ。

 セレグレーシュが、いま目標としているのは、そのどちらでもなく、中央と南の円庭が交わり合一する西の(さかい)(きわ)
 けっこうな庭園空間を()て、人工の盛り土の傾斜がはじまるあたりに位置する建物だ。

 《リセの家》を軸として、苑内を西かげんの南――南南西方向へ進路をとり、道なりに行くと、入ることを(こば)むように閉ざされた大きな折り戸に行きつく。

 葡萄(えび)色のぶあつい板が、右に六枚、左に六枚。屏風のごとく折りたためる造り。
 その先にある建物の前面に連なりながら、上部にはこれと渡される(はり)(ひさし)もないので、板塀(いたべい)や壁、衝立のような印象をうけ――ちょっと見には、設置しておく必要性を悩むような代物である。
 
 (ひら)くときは手動(心力や法具を(もち)いた場合はそのかぎりでもない)だが、閉めるまでもなく手を放せば自動的に閉じる…――そのときどきの設定によっては各所で回転式にも、軸を境に半分開閉式にも、アコーディオンのように中央から両側へ折りたためる様式にもなる仕掛け扉の連続だ。

 境目に立ちながら油断してると弾かれ(圧し寄せられ)もするが、きちんとかみ合うまではゆるいので、実害はほとんどなく平素は(・・・)自由に出入りできる。

 一歩、なかに入ると、吹き抜けのロビーめいた空間がある。
 そこはこの先にある店の作業スペースにもなる多目的なテラスともいえるものなので、目につくあたりに必要に応じて持ちだされるしゃれたテーブルや椅子などが、ちょこちょこ、たたまれた状態で寄せ置かれている。

 そうしていきつく正面()に見えるのが象牙色の重厚そうな二枚の戸口で……。
 白っぽくくすんだその引き扉の向こうに、神鎮め御用たしの法具店(本店)が存在するのだ。

 昼夜を問わず営業しているので、その片側の戸はどちらかが必ず解放されている。
 両方が閉ざされることはそうあることではないので、いまも向かって右側の扉があけはなたれていた。

 入口を(さかい)に外気の変動が遮断されるので、多少、風が強く吹くことがあろうと、そこから先の店舗内部の大気は常に安定している。

 家の関係者であれば自由に出入りできるが、許可されていない者はその先へは進めない。
 誰に誰何(すいか)されるまでもなく、その手前で足止めされることになる施設である。
 いっけん、なにもないようであっても、目には見えない障壁でも存在するのか、内部の人間の容認がないと、その内側へは踏みこめないのだ。

 特殊な品をあつかうこの店舗では、見ばえよりも手いれ効率と品物どうしの相性を重視する配置がされている。

 掛け軸、槌、ペーパーナイフ……。

 素材が多岐にわたる形状の(建材めいた)太さも長さも違う資材の重ねや束。

 多様な形、サイズの紙面。玉石、建築模型めいた細工、におい袋…のような巾着袋(もの)、鞄類、装飾品、つみき風の大小幾何学立体……。

 いっけんには、雑貨や日用品。美術品や武具、衣料、装身具。玩具(がんぐ)、インテリアにも見えるもの、なりそうなものが、あっちにこっちにと小分けされているのだが、品々が(うずたか)く一ヵ所にまとめられているかと思えば、対面して鏡に写しだしたような配置になっていたり、やたらに隙間が設けられているところがある。

 大剣や外套が、客の忘れもののごとく立てかけられていたり、通路の真中に、人が中に入れそうなサイズの無彩色透明な球体が、さながら柱のように天井近くまで重ねられた状態で放置されていたりもする。
 
 整理はされていて、ちらかってもいないが、ごちゃごちゃしているという印象は、まぬがれない。

 法具仕様の楽器や植物、溶媒類もあるそうだが、そういったものの多くは、ざっと見ただけでは目につかない場所に保管されているそうである。

 店内では、専用の手袋をはめた人間をまばらに見かけた。

 店をきりもりする法具商人だ。

 その手に定番の手袋は、たいていの場合、白なのだが、他のカラーもあるようで、ごく稀に、青や黒、緑や赤、クリーム色なども見かける。
 なにを基準にした色彩の起用なのかは、内部の者にたずねなければわからない業界事情。
 専門や得手要項に大きく左右されがちなポジショニングだろう。

 ここでは少ない時でも一〇名ほど。忙しい時期には、一〇〇名近い数の玄人店員およびその道の専門家(有識者)、それに助手が、法具の維持管理、販売にあたっている。

 法具にはそれぞれ適切なあつかい方がある。
 未熟な者が、勝手に商品に触れる行為は許されていない。
 さほど問題にならないところでは目こぼしもあるが……。
 学生の場合は欲しいものというより、必要なものを店の人を通して買うのではなく、いただく……もしくは借りうけるのだ。

 どんなものでも無制限ということはなく、過分な要求をした時には退(しりぞ)けられるが、生徒の利用代金は家もちで定期的に精算されている。

 自由に品物を手にとってみたりするのは、現役の《神鎮め》や教師陣。《法印士》。それに法具製造を生業(なりわい)にしている特定の亜人種——群青色の瞳孔を特徴とする《天藍(てんらん)理族(りぞく)》に限られていた。

 店は(こも)りがちなその一族をよく見かけるポイントでもある。

 セレグレーシュの足は、入り口から十五メートルほど先に配置されている天然木の長テーブルへむいた。

 清算、発注を受けつける総合カウンターである。

 関係者以外立ち入り禁止となっているその奥、テーブルの先には、特殊な品や在庫を管理する作業場と事務所機能を兼ねそなえた倉庫。くわえて簡易(かんい)の休憩部屋があるそうだ。

 彼の赤ワイン色の瞳は、目的を果たすための狙い目として手近にいた若い黒髪の女性を映した。

 弧を(えが)くカウンターの内側で、腕輪のようなものや白紙書簡など……。
 セレグレーシュが触ったこともない品をひとつひとつ包みわけ、漆塗りの大箱に詰めている。

 なにか仕掛けがあるのだろう。投入されていく品は、とうていそこにある箱に収まる量には見えなかった。

「あの……《月流し》——一次考査に入るので、必要な道具を一式ほしいんだけど」

「――考査? 確認するから正式名、教えてくれる?」

「〝セレグレーシュ〟です」

 名を聞いたところでようやく手を止めた女性店員が、カウンターに来て予約や予定が記載されている目録に目を通す。

「うん。これという指示もないから基本的なところね。わざわざ足を運ばなくても当日支給されるのに、来てくれたのね」

「あ? そうなんですか? (誤情報(ガセ)か……)」

「生徒がひき取りにくる知らせは受けてないもの。手間が(はぶ)けて、つきそいは喜ぶかもね(前のめりではあるけれど、やる気があるともうけ取れるもの)。今から点数(かせ)いでおくのもいいけれど、監査役と試験の流れによっては逆効果よ」

(逆効果……)

「まあ、あの(かた)ならこだわらないでしょうし。彼が無駄足踏まないよう通達しておくから安心なさい。でも、急ぎの仕事があってね……。いま待てる?」

「うん。少しなら」

「じゃ、こっちを片づけちゃう。そんなにかからないけど、ゆっくりしてて」

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