第36話 すれ違い
「糞が、魔族の分際で人間様を馬鹿にしやがって!あの薄汚い筋肉馬鹿どもなど、我自らの手で消し炭にしてくれるわ!」
どうしよう、この人凄い物騒なこと言ってるんだけど…
魔族になんの恨みがあるというのか。
先日アクアスを我が家に招いた日、はちべえから人間が近いうちに攻め入ってくる、という情報を教えてもらった。
俺は攻められる前に話し合おうと、魔族と人間が睨み合いを続ける戦の最前線まで一人でやってきた。
アルスとセニアにすら黙ってやってきたので、魔族の砦には立ち寄らず直接人間の砦にやって来ている。
ドワーフ達に使用したホログラム魔法『3D』に続く
魔王便利魔法の一つ、光の屈折とかを利用してなんか色々上手く擬態する魔王『ミラージュ』を使用し潜入に成功。
取りあえず偉い人がいるだろうと、最上階一番奥の部屋までやってきたのだが……
なんでエドワード王がいるんだよ…
ベッドと浴槽があるところを見ると、どうやら王の私室まで来てしまったようだ。入浴シーンでなくて良かった。
「我に恥をかかせおって…魔王サトゥめ…。貴様だけは絶対に許さんぞぉぉぉおおおお」
原因は俺のようだ。
家臣の前で気絶させてしまったことを怒っているんだろうな…。
エドワード王は俺に対して文句を言いながら、ソファに深く腰掛け酒をあおる。
個人的には、魔族側の砦なんか放棄させてさっさと前線の部隊全てをブラッドレイブンに撤退させてもいいのだが、
魔族と人間がけん制し合うこの小さな島、ナイトフォールは丁度両者の暮らす大陸の中間地点にあり、この島を押さえたら補給基地として非常に優位に戦争を進めることが出来るようになる為、両者絶対に譲れない。
「ぼ、僕とお話しませんか?」
取りあえず隠れていても話は進まないのでエドワードの正面のソファに座り、姿を現す。
一瞬何が起きたのか理解が追いつかないエドワードと数秒間無言で見つめ合う。
「く、くくく「ニートォォ!」曲者ぉぉぉぉお!!」
※便利魔法③ニート:任意の空間を外部と遮断する
エドワードが叫ぶ直前に外部と遮断。なんとか間に合った。
「ぼ、僕は悪い魔王じゃないよ?」ウルウルプルプル
「貴様らは存在そのものが悪だ!このケダモノどもめ!!」
あら酷い、泣き落としも通用しなかったか…。
自分で言うのもなんだがこんなカワイイ見た目小さな男の子なのに。
「貴様ら何をモタモタしておる!魔王が潜入しておるぞ!!」
どんなに叫んだところでニートで遮断されたこの部屋の音が外部に漏れることは絶対にない。
「まぁまぁ落ち着きましょうエドワード王。手土産を持参させていただきました。」
そういって俺は自家製の日本酒を出す。ドワーフ達も大いに気に入ってくれた自慢の一品である。
「東の果て、日いずる国の名産の酒です。王よお納め下さい。」
「魔族の作った酒など飲める訳無かろう!」ガッシャーン
そう言ってエドワードは乱暴に酒を振り払う。
あー嫌だなー、無駄にキレ散らかす奴、人の話を聞かない奴、食べ物を大切にしない奴、差別的な奴…やばい、この人全部当てはまる。
一旦深呼吸して心を整えよう。
「エドワード王、我々は人間との争いを望んでいません。その証拠、という訳ではありませんが、この1年間我々から攻撃を仕掛けたことは一度もありません。」
「貴様らの言葉など信じられる訳なかろう。そもそも貴様らが攻めてこようがこなかろうが、我らは貴様らを根絶やしにすると決めておる!」
「1万年前から続く憎しみの連鎖は私たちの代で断ち切りましょう。このままではどちらかが滅びるまで争いが終わらない。そんな呪いを子供たちに委ねたくない!!」
「…………」
エドワードは何を考えているのか、先程までの怒りの形相は鳴りを潜め、冷静な表情で俺を見つめる。
「貴様は我を馬鹿にしているのか?100年前、貴様らが我らを裏切り何をしたのか忘れたとは言わせんぞ!!!」
えーと何の話だ?
100年前っていうと先代魔王が人間の策略で戦死したはずだが、人間側の歴史と何か大きな齟齬があるというのだろうか。
「えーと…互いに何か誤解があると思うのでやはり一度話し合いの場を…」
「問答無用ぉぉおおお!我の叫びに救援が駆け付けぬところを見ると、恐らく魔王の力でこの部屋を外部から隔離しているはず。むしろ好都合だぁあ!」
あ、なんかやばそうなオーラがエドワードから溢れてきた。
多分俺は問題ないだろうけど、このままだとエドワードが危ない気がする。
万が一エドワードの身に何か事が起これば、魔族と人間の和平は益々遠ざかってしまうだろう。
あ~あ、今回も無駄足に終わりそうだな…
そうぼやきつつ俺は加護の制御を解除する。
瞬時に気を失ったエドワードを覆いかけていた黒い靄が飛散して失禁している。
……王様はこれで大丈夫だろう。
ニートを解いた俺は念話でレイラとエレナに龍型で上空を旋回する様に依頼。
次に魔力に声を乗せ砦全体に響き渡る大声で叫ぶ。
「我は魔王佐藤!今から10分後にこの砦を落とす。死にたくないものはさっさと外に非難するが良い!!エドワード王の身柄も忘れない事だな!!」ハーハッハッハ
レイラとエレナが俺の脅しに気を利かせ、咆哮を加えてくれた。
それだけで砦はハチの巣を突いたような状態になり慌てふためく人間たちの叫び声が溢れかえった。
10分も経たず5分程度で気絶したエドワード含め撤退が完了したようだ。
万が一があってはならないので正確に10分経ってから、砦の中の気配を探り誰もいない事を確認してから行動に移す。
「我らは人間との争いを望んでおらぬ。但し、自衛の為の戦いは躊躇せぬぞ!我らの力を目に焼き付けるが良い!!!」
そう言いながら俺は手刀で砦を斜めに軽く切る。
『断罪の刃』、絶対に使うことはないだろうと思っていたスキルの一つ、俺が望んだものを望んだように必ず切る、無茶苦茶なスキルだ。
俺が軽く手を振るうと5階建ての建物の3階から上が斜めに綺麗に滑り落ちる。
一度試し切りしていたので効果は知っていたがとんでもないスキルだ。
上階が滑り落ちた砂埃が収まらぬ中、今度は上空から火の玉が建物を襲う。
火の玉は正確に王国軍の武器庫と弾薬庫を狙い撃ち、人間側の戦力に大きなダメージを与えた。
「さっさとエドワードを連れてサンガルディアに帰るが良い!!」
人間たちは振り返りもせず撤退を開始した。
なんとか怪我人も出さずに戦闘を回避できたぞ。
根本の解決には至っていないが、補給地点を破壊したことによってしばらくは時間を稼げるだろう。
しかしエドワードの言っていたことが気になる。
100年前の人間と魔族の間に一体何があったというのだろうか。
大きな謎だけが残ってしまった。