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第十話 依頼結果

 翌朝、朝食を済ませた一行は手分けして依頼結果の確認に向かった。才吉と安室の行き先は冒険者ギルド、煉とディアーナは柳家である。
 冒険者ギルドは、通称ギルド街と呼ばれる一角にあった。路沿いには様々なギルドが建ち並び、軒先の看板に世界共通のギルドマークを掲げている。才吉と安室はその中で特に大きくて古めかしい建物へと入っていく。入口の観音開きの扉は大きく開け放たれ、中は広いホールのような造りになっていた。奥には幅いっぱいにカウンターが設けられ、その手前に数え切れないほどの椅子テーブルが置かれている。壁には様々な書類が雑然と貼られ、ホールの一部はそれを眺める人でごった返していた。
 奥のカウンターに目をやると、登録、依頼、斡旋、報告などの窓口がズラリと並んでおり、揃いのツナギを着た担当者が客の相手をしている。才吉はどの窓口に並ぶか一瞬迷ったが、すぐに報告へと足を向けた。

「わたしは座って待ってるから、よろしく頼むわ」

 安室はそう言って、空いている席に腰を下ろす。才吉は少し不満に思いつつも、仕方なくこう返事をした。

「はあ、わかりました」

 しばらく並んで待っていると、ようやく才吉の順番が回ってきた。窓口には中年の男が座っていて、俯いたままカウンター越し声を掛けてくる。

「次の方、どうぞ」

 呼びかけに応え、才吉はカウンターへと歩み寄った。そして「お願いします」と言って、煉から預かってきた二種類の書類と自分の身分証をカウンターに置く。

「はいはい、お預かりしますよ。えーと、依頼書の写しと、こっちは委任状ね。で、あなたの身分証がこれと。ん? こりゃ臨時の身分証か?」

 男は慣れた様子で書類に目を通す。そして「ちょっとお待ちを」と言いながら立ち上がると、才吉に背を向け歩き出した。彼が向かった先は、壁一面に据え付けられた無数の引き出し。一つ一つに管理番号らしき記号と数字が彫られている。
 男は才吉が持ってきた書類と引き出しを何度か見比べると、その中の一つから紙を取り出した。そして早足にカウンターへと戻ってくる。

「はい、こちらが結果ね。えー、応募者はと……。ああ、残念ながら依頼を受ける者はいないようですな」

「ええ!」

 才吉は思わず叫んだ。そして、間を置かずにこう尋ねる。

「一人もですか? どうして?」

「んー? どうしてって言われても……」

 男は目を細めてもう一度書類を見る。

「あ、こりゃあダメだ。依頼内容が悪い。闇ギルド相手に事を構える変わり者なんて、この辺りにはいませんよ。まあ、諦めて軍に相談した方がいいでしょうな」

「そ、そんなぁ」

 交渉の余地がないと感じた才吉は、渋々書類を受け取ると肩を落としながら安室の待つテーブルに戻った。

「聞くまでもなさそうだけど、どうだったのかしら?」

「ダメでした。応募者はゼロ、一人もいません」

「ふうん、やっぱり」

「やっぱりって……、わかってたんですか?」

「まあ、当然ね。説明してあげるから、そこに座りなさい」

 才吉は素直に従い、彼女の向かいの席に座った。

「話は簡単よ。この辺りは比較的治安がよくて、遺跡もなければ危険生物もほとんどいない。それだけのこと」

 思いのほか短い説明を聞いた才吉は、ポンと手を打ち鳴らした。

「そうか、このギルドには実入りのいい危険な依頼はほとんどない。だからそれに対応できる優れた人材は他に移ってしまう。そういうことですね?」

 遠慮なく話す才吉を、周囲の数人がジロリと睨む。ハッとして肩を竦める彼に、安室はこう言葉を返す。

「そういった事情は煉もわかっているはずよ。それでもわずかな可能性に賭けるしかなかったんでしょうけど……」

「他に当てはないのですか?」

「残念だけどないわ。引き渡しの期限に間に合う範囲ではね」

「くそ、証拠さえあれば軍を動かせるのに」

「軍ねぇ……。エルフ国なら可能性はあるかもしれないけど」

 意外な答えに才吉は驚く。

「この国の軍は、証拠があっても動かないのですか?」

「相手が闇ギルドとなると、色々な方面から圧力がかかることだけは確かよ」

 才吉は先程とは別の理由でもう一度肩を落とす。汚職に贈賄。人間というのは、どの世界でも変わらない生き物らしい。

「さてと、長居は無用ね。宿に戻るわよ」

 立ち上がって歩き出す安室の後に、才吉も続く。扉のところで振り返った彼の目に映るギルドの光景は、来た時ほど魅力的なものではなくなっていた。
 二人が宿に着いたときにはまだ煉とディアーナの姿はなく、暇を持て余した安室は五分も経たない内に友人を訪ねてくると言って出て行ってしまった。
 独り部屋に残された才吉は窓辺に椅子を移動させ、窓枠に寄り掛かりながら外の様子をぼんやりと眺めていた。二階から見下ろす通りには多くの人が行き交い、時折人間族以外の種族も目にすることができる。エルフ以外にもずんぐりとした体つきのドワーフ族や、顔つきは大人でも体型が子供のようなホビット族など。少し前まで空想でしかなかった彼らが、人間と同じように活き活きと暮らしている様は新鮮だった。
 知らず知らずの内に疲れがたまっていたのか、才吉は次第にウトウトとし始め、やがてそのまま眠りに落ちてしまった。

 どのくらいが経過した頃か、ドアを開ける音で目覚めた彼に煉の穏やかな声が掛かる。

「戻りました。おや? 安室隊長はどちらに?」

「あ、ええと、友人のところに行くと言ってました」

 才吉は少し寝ぼけた様子でそう答えた。

「そうですか。ギルドの方はどうでしたか?」

「残念ながら、ダメでした。テーブルの上の書類が、ギルドからの報告書です」

 錬は椅子に座り、報告書に目を通す。

「うーむ、やはり……」

「どうするのよ、煉? たった四人で乗り込むつもり?」

 ベッドに腰かけながら、そう尋ねたのはディアーナであった。煉はすぐに答えが見つからないらしく、報告書を置くと腕を組んで考え込む。

「乗り込むって、何のことです?」

 才吉が問い掛けると、思案に耽る煉に代わってディアーナが答えた。

「さらわれた人たちの行方がわかったのよ。柳家の報告によると、捕らわれている場所は大和町の沖合の島、通称〝人さらいの島〟ですって」

「人さらい? そんな物騒な島があるんですか?」

「わたしだって、初めて聞いたわ」

 そのとき急にドアが開き、安室の声が響いた。

「この辺りでは割と有名よ。子供を叱りつけるとき、〝悪い子は人さらいの島にさらわれるぞ〟なんて言ったりしてね」

 そうしてドアを閉めながらこう話す。

「もう少し声を落とした方がいいわよ。廊下に筒抜けだもの」

「どこ行ってたのよ、雪江?」

 やや非難めいた口調でディアーナが尋ねる。

「昔の馴染みのところ。助力の当てがないか訊いてみたんだけど、無駄足だったわ」

「そうでしたか。お手を煩わせてすみませんね、安室隊長」

 ようやく俯いていた顔を上げた煉がそう言うと、安室はドアに寄り掛かりながらこう言葉を返した。

「わたしが勝手にやったことだから、気に病む必要はないわ。それより、柳家の調査報告について聞かせてもらえるかしら?」

 煉は「わかりました」と言って説明を始める。才吉は傍で聞こうと、テーブルの近くに椅子を移動させた。

「詳細については各自書類に目を通していただきますので、とりあえず要点だけ。監禁場所は今話した通り、人さらいの島。闇ギルドの傘下組織、エルフ会の拠点の一つです」

「あんたの予想通りだったわけね」

 安室の相槌に頷くと、煉は話を続けた。

「島を守るのは、エルフ会幹部の愛喜加奈(あいきかな)という人物。驚いたことに、彼女は使役魔法(ワークレイバー)の使い手です。しかも、第三層レベルだとか」

 才吉は動揺を隠せなかった。使役魔法(ワークレイバー)とは、マナを糧とする特殊な魔物――使役獣(しえきじゅう)を従える魔法。術者と使役獣、互いの発現部位が魔法的に結びつき、それを通じて術者は断続的にマナを与え続けなければならない。そのため契約可能な使役獣の個体数は、発現部位と同数ということになる。また、より上級の使役獣ほど必要とされるマナの質も高くなるため、本人の実力以上の相手とは契約できない。
 愛喜の魔法レベルは第三層。使役する魔物も中級クラスと予想され、並みの兵士や冒険者では歯が立たない。しかも中級以上の魔物は同種の下級魔物を従えて群れを成すことが多いという。そういった事情を知る才吉の口からは、自然とこんな質問がついて出た。

「使役獣の種類はわかりますか?」

「ええ。どうやら人狼(ワーウルフ)火蜥蜴(サラマンダー)のようです」

「なっ、二体も?」

 青ざめる才吉に続き、安室も嘆きの言葉を漏らす。

「まずいわね。中級が二体なんて……」

「まあ、その分人間は少ないですから。入り江の見張り数人を除けば、後は使用人だけ。愛喜自身が他の魔法や武器を使うという情報もありません。二体の使役獣さえ倒せば、何とかなります」

 二人を励ますように話す煉に、安室は気を取り直して尋ねた。

「それで、侵入経路は?」

「人さらいの島は、正確には前島と後島の二つの小島から成り立っています。断崖絶壁に囲まれ、舟をつけられる入り江は前島の一か所だけ。崖の近辺には火蜥蜴(サラマンダー)が従える火のエレメントが飛び交っているため、そこを登っての侵入は不可能でしょう」

「入り江から入るしかない、ということかしら?」

「そうなります。入り江は浅瀬なので、小舟でしか近付けません。陸に上がる桟橋には当然見張りが立ち、特殊な目印によって仲間を識別するそうです。桟橋の先には落とし戸の大きな門があり、見張りの合図で内側から別の者が開く仕組み。ただしその合図は定期的に変更されます」

「やれやれ、ずいぶんと厳重ね。気付かれずに忍び込むのは難しそうだわ」

「その道のプロでも困難だと言ってましたよ。見張りの人間はともかく、聴覚と嗅覚の鋭い人狼(ワーウルフ)を避けるのは並大抵のことではないと。愛喜にはとても近寄れなかったので、彼女の情報は別のルートから入手したそうです」

 すると突然、ディアーナが口を挟んだ。

「柳家の連中は不親切よ。忍び込めたのなら、ついでに皆を助けてくれればよかったのに」

「それは無理ですよ。さらわれた人は大勢いるのですから」

 煉の反論に、彼女は不満そうにそっぽを向く。

「それで、門の向こう側はどうなっているんですか?」

 才吉が訊くと、煉はこう続けた。

「門の先は愛喜の住む屋敷へと道が続いています。屋敷は前島の崖っぷちに建てられていて、建物に囲われた中庭から後島へと繋がる吊り橋が延びている。それを渡った先に収容施設があります。吊り橋以外に後島に至るルートはなく、吊り橋に行くには屋敷内を通るしかない。屋敷を守る使役獣との戦いは避けられそうにありません」

「そんな心配の前に、門はどうするつもり? そもそも島に行くには船だって必要だわ。お手上げってことかしら?」

 肩を竦める安室に、煉はあっさりと答える。

「それについては私の方で策を考えました。ただし、また別の学友の手を借りなければならない。幸い友人には恵まれていましてね」

 そう言うと、煉は何かを思い付いたような表情で才吉を見た。

「そうだ、才吉くんも一緒に来てもらえませんか? 夕方には学校から戻るでしょうから、その頃に訪ねてみましょう。安室隊長とディアーナはここで待っていてください。その方がいい」

 意図がよくわからないまま、「わかりました」と返事をする才吉。安室とディアーナも同じだったらしく、二人は怪訝そうに顔を見合わせていた。

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