スタートライン
「ふぅー寒い。」
買ったばかりの手袋を外して筆記用具を準備する。
今日だけは、お互いに会わない、という約束をして、会場に来た。
正直あの3人がいないのは心細いが、仕方ない。
自分の準備を終えると、ヘッドホンをつけて自分だけの世界に入る。
受験はどれだけいつも通り過ごせるか。と誰かが言っていたような気がする。
まあ、いっつもヘッドホンで音楽を聴いて勉強に入るわけじゃないから、この時点でいつも通りじゃないんだけど。
時間が8:50になったのを見て、ヘッドホンをカバンに片づける。
私が来たときにはまだ全然人がいなかったような気がするが、ここ20分くらいでめちゃくちゃ来たんだろう。
もうすでに受験会場は人で埋め尽くされている。
注意点の説明があって、問題用紙が配られる。
今更ながら心臓がどくどく脈打ってきた。
「それでは、はじめ。」
長針がカチッと12に差し掛かったとき、号令がかかった。
何百人という人数が、一斉に問題用紙を開く音が聞こえてくる。なんだかちょっと面白い。
この状況で、場違いに楽しみながら、私はシャーペンをカリカリと走らせた。
***
「おーいかえぽん、遅いぞー」
「ごめーん、、」
3人との集合場所である船着き場に向かう。
「あと5分で船出発だぞ、かえぽん。遅れたらここに置き去りだから、マジで気をつけろよ。」
「ごめん、みず、、」
「いや、別に責めてるわけじゃなくて、心配するだろってことだ、、」
口調はきつくても、なんだかんだ優しいみずは、やっぱりかっこいい。
「ひゅーひゅーみず、かっこいいー」
私の思ったことをそのままあずさが代弁してくれた。さすが。
「ちょ、これはちが」
「そうだよみず。今回ばかりはこの馬鹿なあずさに同意する。今回ばかりは。」
「ああ、2人ともうっせえよ!」
みずの言葉をさえぎってあずさのことばをちゃっかり自分のものにするゆなはやっぱり面白い。
みずの珍しくおどおどしてる姿に面白みを覚えた私たちは、視線を通わせて同時に口を開く。
「「「みずがね」」」
そう言ってにやりと笑う私たちは、このやり取りの数十秒後に出発した船の中でみずにボッコボコにされた。
***
「ってゆーかまじみず強すぎなー。」
あずさのそんなつぶやきに、私とゆなはうんうんとうなずく。
「次その話したらまたしめるぞ、、」
またさらっと怖いことを言うみずに、私たちはがくがくと首を振るしかなかった。
『合否発表当日』
「あーー怖くなってきたーー」
受験前々日まで余裕そうにしていたゆながそんなことを言い出すので、私は、いや多分私たち全員、不安になってきたはずだ。
「誰か一人だけ落ちてたらどうしよう、、一人だけ違う学校とかいやだよ、、、」
「ちょ、あずさ縁起でもないことゆーなよ。な、かえぽん。」
「そうだよ。全員受かってるって。」
でもやっぱり怖い。
みんな滑り止めの私立には受かってるとはいえ、落ちるなんてことがあったら、もう立ち直れないかもしれない。
皆もそういうのはうすうす感じているのか、どことなくピリピリしている。
「ついたぞみんな。みんなで合格を喜んで祝杯を上げようではないか。」
「ビールでな」
普段はボケないみずが珍しくボケたことで、一気に空気が和む。
「よしよし、レッツゴー」
あずさの能天気な掛け声も相まって、一気に合格ムードが漂う。
「とりあえず番号を確認してまたここに集合ね。」
私がそういうと、みんなは了解した、とかりょ、とかおけーとか言って各々散らばって行った。
ふう、と息をついて受験票を取り出す。
心臓がドクドクと早鐘を打つ。
えっと、、348は、、、、、
「あったぁ、、」
何回確認しても348で間違いない。
ああ、安堵で涙が出てきそうだ。
あとで家のパソコンでもう一回確認しよう、と決めて、上機嫌で集合場所に向かう。
心がすっと軽くなった。
「おそいぞーかえぽん」
集合場所に行くと、もうすでに3人がそろっていた。
でも、心なしかみずの元気がないように見える。
「え、、み、、、、、ず、、、、」
言葉が詰まってうまく出てこない。
ここまで一緒にやってきたのに、スタートラインにも立てないなんて、そんなのは嫌だ。
「かえぽん、、、」
「みず、、、」
みずの涙を見て、私まで涙があふれてくる。
「うわああああああ合格したよおおおおおおおおおおおおおお」
合格の涙だったのかああああああああ
心の中でそうシャウトしながら、私は泣きながらみずと抱き合った。
***
「ほんとに落ちたのかと思ったよ。」
帰りの船で、合否発表の話になった。
結局みんな合格。何はともあれ、これでようやくスタートラインだ。
「いやいや、あれはどう考えても合格のうれし涙だったでしょ。かえぽんバカなの?」
「そうだよかえぽん。今回ばかりはこの馬鹿なあずさに同意する。今回ばかり」
「ていうかなんでそれ自分のものにしてんのゆな!?それ私のだからね??」
「い、いやあ、、やっぱみずが不合格だった時の恐怖ってのがぐるぐるうずまいてて、、、」
「こっちこそかえぽん遅かったから不合格だったのかと思ったわ」
そうやってわいわい騒いでいると、いつの間にか船は船着き場についていた。