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海洋汚染

さて、今日は買い出しのため商店街に来た。



「えーっと、後は肉と魚と…豆腐でいいか」などと独り言ちながら、品定めしていく。



「魚か…。新鮮なのがいいなぁ。」隅の鮮魚コーナーを見ると、異様な光景に目を疑った。「はあぁ!?」小さい!いつもの2分の一程度のサイズしかない。それにひどい色と匂いだ。まるで……ドブから引き揚げた魚のようだ。



「イワシ一匹、30万か…。高すぎだろ!!水商売ってか、そういうことかよ!なあ、おい!」その後、商店街を練り歩いて、まともに魚商売をしているお店を探したが、どこも同様のありさまだった。





結局、魚は買わなかった。代わりに揚げ出し豆腐で我慢しよう…。買い物を済ませ、家へ戻ると、駐車場に『帳』の車が止まっていた。



「佐藤さん、おはようございます。」



「あら、おはようございます。どうしたんですか?」聞くと『帳』の人は少し困った顔をした



「魚の値段がとんでもないことになっていることをご存知で?」



「ええ、イワシ一匹30万でしたよ。どこのインフレ国家ですか。」



「あれ、全部怨霊の仕業なんですよ」



「…」正直、予感はしていた。だって、どう考えてもおかしいだろ?! しかし、怨霊が魚の値段を上げているとは一体全体、どういうことなのだろうか。



「それって、どういうことですか?」ありのまま、疑問をぶつけてみた。



「実は、日本周辺の海が、ヘドロのようなもの、おそらくは怨霊の能力か何かで汚染されつつあるんですよ。東北地方の海から近畿地方まで広がりつつあり、このままじゃこの国で魚は食べられなくなってしまいます。」



「ええ!それは大変な事態ですね。」他人事のように言っているが、これは、めんどうな仕事を請け負いませんように!という祈りである。まあ、帳の人間が家に来た時点で、何か面倒ごとに巻き込まれるのは分かっているのだが…。





「それで佐藤さんに頼みがあるんですが」



「はい、なんですか?」



「これから漁業組合の人と、一緒に伊豆の海まで行ってくれますか?」



「・・・え?」



ほらきた。今日は何度落ちこめばよいのだろう。魚は高いし、伊豆まで行かなくちゃならないし…。スぺーリを抱きしめたい気分だ!



「……え~海ですか?」



「はい、海に出て調査をしてほしんです。」



「ちなみに、喰犬も連れて行くんですか?」



「はい」俺は頭を抱えた。うちのスペーリは海が大嫌いである。泳げないし、そもそも水が嫌いだ。それに、車や電車に乗せるとすぐ暴れる。スペーリを連れて行くのは無理に等しいだろう。



「すいません、スペーリは連れて行けません。」そう伝えると、『帳』は残念そうな顔をした。



「そうですか・・・では仕方ありませんね。他の霊媒師さんに頼みますか。」



「すみません」すると、『帳』の人はわざとらしい大声で言った。



「報酬額が50万なのですが」50万?!これは中師の請け負える案件の最高額だ。念のため、もう一度聞いておこう。



「え……。なんですって、もう一回、言ってもらっていいですか?」



「50万です。」



「…本当にですか?」



「ええ、もちろん本当ですよ。」俺はもう一度、頭を抱えることになった。正直に話すと今…いや、かなり前から恥ずかしながらの金欠状態だ。自分ではない、うちのスペーリがよく食べるもので食費がかさみ、貯金を切り崩しながら生活する羽目になっている。このままだと、やばい。絶対、やばい。





結局、報酬額に負けて、受注することにした。



「分かりました。それと、俺だけじゃあれなのでほかの除霊師にも声を掛けときます。」



「ありがとうございます。」何ともわざとらしく、憎たらしい笑顔だ…。





俺は、依頼を引き受けると、玄関に飛び込んだ。



『帳』から受け取った資料を見て驚愕した。日程が、おかしい。今から一時間後に、電車に乗らなくてはいけないのだ。早口でスペーリに先ほどのことを話すと、スペーリは嬉しそうに尻尾を振ってくれた。相変わらず理解が早い。まあ、海のことはオブラートに包んで話したからかもしれないが。さっそく、他の霊媒師に連絡を入れる。やや待って、数分後に連絡がついた。…といっても答えてくれたのは嫌な奴だけだったが…。そいつと伊豆半島の漁港に待ち合わせをして、嫌がるスぺーリを容器に詰込み、新幹線に乗って伊豆までついた。漁港であいつのことを待っていると、やや遅れて人影がこちらへ向かってくるのが見えた。…天馬宗一郎だ。





「いいか、俺は今日忙しいんだ。さっさと終わらせて、報酬を頂く。足引っ張んじゃねえぞ!」



「分かったから、落ち着け。」本来なら、誘うつもりはなかったのだが、俺には除霊師に友達があまりおらず、しかも、数少ない除霊師友達のほとんどは、ほかの任務で来れる状況にないそうだ。他に連絡先を知っている霊媒師は、こいつしかいなかった。



「それで、今日は何の任務だ?」メールに書いてただろ。こいつ読んでないのか…?そう思いつつも、俺は依頼されたことを伝えた。



「魚が高騰してるだと!?」天馬はそう言って、俺の方を睨みつけてくる。



「………なんだよ」



「その依頼俺じゃなくてもいいだろ!なんでわざわざ俺を誘った!」奴は怒鳴るようにそう言った。支離滅裂な怒りの感情をぶつけられた俺は一瞬戸惑った。…俺が出るまでもない仕事って言いたいのか。数秒考えて、そう結論づけた。



「しょうがないだろ。ほかの除霊師は忙しかったんだからよ」



そんな風にいがみ合っていると、いつの間にか漁師の一人が集まっていた。その中の一人が、俺たちの口論を止めた。



「あんたら、除霊師の人か?」「はい、そうです。」



「本当にお前らで大丈夫なのか…?まあいい。もうすぐ船が出るぞ、乗りな。」



「分かりました。」





案内されて船に乗り込み、いつも魚を採っているという場所へと出発した。船に揺られながら、不意に、天馬が俺の方を見た。



「おい、お前の喰犬、大丈夫かぁ?」見ると、うちのスペーリは途轍もなく震えていた。やはり、海が怖いみたいだ。



「もしかして…」天馬は何かを察したか、不敵な笑みを浮かべる。俺は睨み返すが、むしろ口角は上がるばかりだった。こいつのニヤニヤした顔は本当に嫌いだ。そんなこんなしているうちに、目的地へとついた。伊豆の海ということもあり、やはり、美しい大海原!を期待していたのだが、現実は期待通りにいかないようだ。うん、分かってたよ。さっきから船室にいてもうんこみたいな匂いで口呼吸しかできなかったもん。「なんだよこれ…」外に出て目にしたのは、真っ黒い水たまりだった。ドロドロで、油が浮いている。そしてやはり、臭いもきつい…。刺激臭が目に沁みて、涙が止まらない。



「本当に、こんなところに魚がいるのか?」俺が疑いの目で見ると、漁師が海を指さした。



「ああ、ほら」見ると、ドロドロの海に、魚の死体がぷかぷか浮いていた。



「マジかよ」天馬も言葉を失っているようだった。漁師の方々も唇をかみしめ悔しそうな表情をしている。



そりゃあ、イワシが30万円もするわけだ。





「それで、どうやって調査するんですか?」漁師の一人が言う。



「これを使います。」そう言って、健斗が取り出したのは白色の勾玉だった。



「怨霊が近くにいたらこの勾玉が反応します。数キロ先にいる場合は青色になり、すぐ近くにいる場合は赤色になります。」



「なるほど」



「すみません、この近くでまだ汚れていないきれいな海はありますか?」



俺は漁師に聞くと漁師は無言で頷き案内してくれた。数分後、そこには透き通った伊豆の海があった。



「ここが、比較的きれいな海です。」



「ありがとうございます。」俺たちが海をのぞき込もうとすると、スペーリが吠えた。同時に、勾玉が青色に点滅する。



「怨霊がいるぞ、もう少し先か。」天馬が言う。



「行きましょう。」勾玉の点滅を頼りに船を進めると、遂に赤く点滅する地点まで到着した。



「すぐ近くにいるぞ、俺も怨霊の霊力を感じる」



言い終わると同時に、船が大きく揺れた。海に目をやると、なにやら巨大な影が、船底で蠢いている。「あれが、怨霊だ」「ち、なんて大きさだ!」怨霊はカジキのような速さで水中を移動している。「うわ!ぶつかる!」船員の一人が声を上げると、船のすぐ上を通り過ぎ、また俺たちのもとに戻って来た。怨霊に向かって、スペーリが吠える。



「グルルルルゥ…。」すると、スペーリがムクムクと大きくなり、二メートルほどへと変貌した。



「マジかよ」漁師は驚いて、ただただその様子を見つめていた。



「ガルルルル!」そして、スペーリは海に飛び込んだ。何度か大きな水柱が上がり、とんでもなく巨大な怨霊が出てきた。その姿は、緑色の大きな目を持ったその怨霊は、ヘドロのような肉体に宿っていた。



「やっと、お出ましか」そして、天馬はお得意の長ドスを出した。



「漁師の方々は船にいてください」俺もナイフを取り出し、戦闘態勢だ。



『≪斬流刃≫!!』天馬は長ドスを横に薙ぎ払う。刀身は美しく扇を描き、その様子はまるで、清流に回る水車のようだ。しかし、怨霊は触手を出して攻撃してきた。そして触手がスペーリの胴体に直撃し、スペーリは悲鳴を上げる



「キャン!」だが、スペーリは負けじとヘドロのような怨霊に噛みついた。すると、怨霊が苦しげな声を上げて暴れだす。…喰犬は、怨霊の魂を喰ってくれる。



「今だ!!」俺はナイフで触手をすべて切った。怨霊がさらに苦しそうにして、暴れている。



「ワン!!」そしてスペーリが怨霊の顔に嚙みつき振り払った。



「よしっ!あともう少しだ!!」どう見てもこちらが優勢…。この時はそう見えた。



「キャン、クゥ…。」



スペーリが力なく声を上げると、徐々に元の大きさに戻っていった。



「おい!お前の喰犬小さくなってんぞ!なにやってやがる!」



拙い、実に拙い。やはり、海が苦手なスペーリに無理を強いすぎたんだ。



「キャン!」弱ったスペーリに、ヘドロが追い打ちをかける。



触手で薙ぎ払われ、スぺーりは吹き飛んだ。



「おい!スぺーリ!大丈夫か!!」



俺は迷わず、船を降りて、スぺーリの方へ泳ぐ。



「バカやろうが!足引っ張るなって言っただろ!」天馬がそういうもの無理はない。本来、喰犬は霊媒師の所有物という扱いだ。命を懸けて救い出すようなものじゃないし、第一、今はそれどころじゃない。



「待ってろ!スペーリ!!」天馬が何か言っているだが、良く聞こえない。



「チッ、しょうがねえ。俺が何とか持ちこたえてやる!その間にそのクソ犬どうにかしろ!でねえと皆死ぬ!」





スペーリ!スペーリ!!俺は必死に泳いだ。しかし、ヘドロのような粘りっけの強い海では、なかなか進まない。



なんとかスペーリの下までついたが、かなり衰弱している…。



「ンン~」か細い声を上げ、俺の頬を舐めてきた。



なんとかして、救わなければ…、



不意に、先ほどの言葉が頭によぎった。



「喰犬は怨霊の魂を喰らう」



これしかない、そう直感した。



「スペーリ、俺を喰え。」



そう言ったが、やはりスペーリは頑として断った。



仕方がない、俺はスペーリの口を開き、腕を噛ませた。腕から、霊力が吸い取られるのを感じる…。魂は、霊力の塊だ。一般的には寿命が短くなるにつれ徐々に消費され、少なくなっていく。



なんとか、死なない程度に抑えなくては…。



霊力が尽きたとき、人は死ぬ。





「ワンッ!」意識が途絶えかけたとき、スペーリが大きな声で吠えてくれた。ああ、なんとか死なずに済んだみたいだ。腕を引き離し、俺はスペーリを抱きしめた。



暖かい…。



「頼んだぞ!スペーリ!」



「くぅーん」スペールは頷き、二度目の巨大化を果たした。背には俺を乗せてくれた。





水柱を上げながら、スペールと俺は怨霊へ近づいていく。



「おい!天馬!そのドス貸してくれ!」



「はあ!?」



「いいから!」天馬は仕方なさそうに、こちらへ物を投げ飛ばした。ジッと俺をにらんでいるが、今は気にしないでおこう。長ドスを受け取り、刀身を露にする。「行くぞスペーリ!」「ワン!」スペーリが俺を怨霊の真上へと投げ飛ばした。「除霊ねえぇぇ!!」長ドスは怨霊の脳天をぶっ刺す。そして、それをえぐり取るように回した。すると怨霊は凄まじい悲鳴を上げる。



「うがぁぁ」



「よし」ある程度の隙間ができ、怨霊の体の中に入る。そして、赤色に光る球体を見つけた。



「見つけた、霊魂」霊魂とは、怨霊の心臓部にある魂のようなものだ。霊魂は怨霊の弱点でありそれを破壊されると怨霊は成仏する。並大抵の武器では破壊できず、基本、霊具が必須だ。俺はそいつを長ドスで突き刺した。



「うぎゃぁぁ!」遂に怨霊は、断末魔を上げた。



「やれっ!スペーリ!」俺の声に応え、スペーリが大きく口を開けた。ここからは簡単な作業だ。喰犬が怨霊を丸ごと吸い込み、完全に除霊される。これで、任務は完了だ。



「終わったのか?」



「はい、終わりました」すると漁師たちは喜びだした。そしてスペーリは元のスペーリに戻り、俺たちは船へ戻った。そして俺達は漁港へと帰るのであった。



「俺は、先に帰るからな、もう二度と俺をたよるなよ!」



「分かったから、さっさと帰りなよ」そして、天馬は先に車に乗り帰った。すると漁師の人が聞く



「あの、怨霊は一体何者なんだ?」



「多分、人々が海洋汚染したことによって死んだ魚たちが生み出した怨霊でしょうな。あいつの中は、ゴミでいっぱいだった。」



「なるほどな」漁師は納得をした。そして、俺は漁師に言う。



「それでは、報酬の方を・・」すると、漁師は首をかしげる。



「報酬なら、さっきやったが?」



「え?」



周りを見渡してみる。あれ、天馬がいない!!



(そうか・・・あの天馬の野郎!)





「は~…。帰るかスペーリ」俺たちは、おもむろに歩き出した。





環境汚染の怨霊『ヘドロスター』鬼災レベル:除霊完了___。

・・つづく・・

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