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霊媒師


 ――――人の魂よ、なぜ踊る。いづれ喰われると分かつて、おそろしいのか。



第一話「霊媒師」

 N県のとある山地に敷かれた、名もないアスファルトの道。

俺は、点いたり、点かなかったりを繰り替えす、青白い蛍光灯を眺めていた。



「ふぅー、この山ももう大丈夫だな」一通りの確認が終わり、懐からスマホを取り出す。

「こちら、佐藤、任務は完了した。」

『こちら、本部、了解です。すぐに帰還してください。』

「了解した。」スマホの通話を切り、健斗は山道を下り始めた。



 霊媒師になって数年、この仕事には未だに慣れない。



「今日も疲れたな、早く帰って、飯食って寝るか」冬の山道は凍てつくような寒さだった。ポケットに両手を突っ込み、山道を下って行く。



「あ~~、疲れた~…。」誰に聞いてほしいわけでもない。呟きながら、鍵を開け自宅へ入った。

「ただいま。」返事は来ない。一人暮らしなのだから、当然のことだ。いや、一人と一匹か・・・。



 ワオ~ン



 奥から、犬の鳴き声が聞こえた。声の主はドスドスと音を立てながらこちらに近づいてくる。ふさふさの毛並み、くりくりしたお目目、可愛らしい、柴犬ほど大きさの動物…。柴犬と違うところと言えば、全身が真っ黒いところと、目玉が三つあるところ。

 それに一番は…魂を喰ってくれることだ。犬種は『喰犬』。こいつは相棒で、ペットで、俺の商売道具だ。



「おいで、スペーリ」

 俺はこいつにスペーリという名前を付けて呼んでいる。

「ワフゥ~」と鳴きながら、俺の前まで来て座った。

「よーしよしよし」スペーリはもちもちで、ふさふさで、撫でるには最高に気持ちがいい。ひとしきり撫でまわしたところで、餌をやり、風呂に入り、そして、寝る。これが一日の流れだ。今日も、布団に入り眠りにつくのであった。



 カーテンの隙間から、光芒のこぼれる冬の朝。電話が鳴った。



「もしもし」寝ぼけ眼を擦りながら、電話に出る。

『こちら本部です。』

「ん?はい、どうかしましたか?」重い目蓋は閉じたまま、聞いた。

『今日は、中師の方々と会合がありますのでお忘れなきよう。』

「あ、はいわかりました…。えっと、何時からでしたっけ・・・?」

『午後2時です』

「すんません、ありがとうございます。分かりました。ではまた後で。」



「ふぁ~眠い」時計に目とやると、時刻は既に午前10時を回っていた。こいつは拙い。急いで布団から飛び出る。「おいっ!今はダメだって!」寝過ごした俺の気も知れず、スペーリが嬉しそうに尻尾を振りながら飛びついてきた。「ダメだって…。」



 ―モフの誘惑には抗えなかった。処罰の意図も込めて、少し強めに撫でまわしてやった。「ワッ。ワフ」クソ!こいつこれで喜んでやがる!可愛い奴め!!

 満足のいくまで撫でてやり、餌をやった。



「よし!行くか!」身支度を済ませ、あとは家を出るだけだ…。って、お~い、スペーリちゃん?



 スピ―



 …寝てやがる。うちの喰犬はちょっと・・・いや、かなりおっちょこちょいの性格をしている。



「まったく…」スペーリを抱き上げ、ダッシュで玄関を飛び出した。アパートの駐車場には、黒い車が止まっていた。中から黒い帽子をかぶった眼鏡の男が現れる。



「どうも、佐藤さん。」

「おはようございます。」彼らは『帳』。俺ら霊媒師のサポ―ト役だ。

「では、会合へ急ぎましょう。」

「はい」車のドアを開け、中に入る。

「では、出発します」

「お願いします」車が揺れ始めた。



 会合の会場。中ではすでに数人の霊媒師が集まり、談笑しているようだった。



「いやー、すみませんね~遅れちゃって。」頭を下げながら言う。

「いえいえ、大丈夫ですよ」とみんな笑顔で返してくれた。ただ一人を除いてはだが・・・。



「おい、おせーぞ!何時だと思っているんだ!」剃髪の男はスーツを着こなし、いかにも百戦錬磨の社会人といった雰囲気を醸し出している。彼の名は天馬宗一郎。俺のことをライバル視している、いけ好かない野郎だ。年上だからという理由で、妙に上司面してくるところも嫌いだ。



「すまない、中師に似つかわしくないやつがいたから、会場を間違えたかと思って。」バーカ。

「うるさい!そもそも貴様のような人間がこの会合に参加できていることがおかしいんだ!」天馬は俺の胸ぐらを掴んできた。それを見たその他の人たちは、あちゃ~、と頭を抱えている。



「いいだろ、それより会合が始まるぞ」天馬はしぶしぶ俺から離れた。

「皆さん、本日はお集まりいただき誠にありがとうございます。」本部の管理職が、社交辞令の挨拶をする。

「さて、今回の集会の目的ですが…。最近、怨霊の危険レベルが著しく上昇傾向にあることが分かりました。」

「それはどうしてですか?」

「我々にも分かりません。ですが、危険なことに変わりはないです。近頃は鬼災レベルが大量に発生しています。」



 鬼災…怨霊は4つの階級で分類される。『人災』、『鬼災』、『魔災』、『神災』。階級が上がるほど人類にとって危険な怨霊とされ、それらの判定には、怨霊の純粋な強さ、被害の想定範囲、除霊の難易度が用いられている。また、霊媒師にも階級が存在し、下の階級から順に『下師』、『中師』、『上師』、『天師』、『霊皇』とされている。現在、ほとんどの霊媒師が上師階級にあり、天師クラスの除霊師は世界にも両手で数えられるほどしかいない。霊皇に至っては、唯一最強と認められたただ一人のみがその称号を与えられる。



「…よって、中師の皆さんには、より一層の警戒が必要とされています。」

「それはいいのですが鬼災となると・・・我々の手に負えるかどうか・・・。」

「それに加えて、もう一つ重要な案件があります」

「なんですか?」

「最近、霊媒師たちが何者かの手によって次々と殺されています。それも先ほど言った鬼災レベルの怨霊にです。」



 一瞬、会場がざわめいた。俺は特に驚きはしなかった。なぜなら俺はその様子をこの目で見たことがあるからだ・・・。

「怨霊の霊力が高まりつつあります。我々は原因究明を急ぎ、総動員で捜査を進めていますが、やはり、現場での仕事が我々の本務です。あなた方の警戒と結束が、この街を守るのです。良き結果を期待しております。」

「「はい!」」一同が返事を返す。

 その後、ややあって会合は終わった。…やっと終わった。どこか一息つける場所へ行こう。俺は、行きつけの店へと足を運ばせた。



「おじちゃん、来たよ。」カウンターに立つ、白髪の老人に一瞥した。

「お~、健斗か。久しぶりだな・・・ここに来たってことは霊具の修理だな!」

「そうなんだよ。」

 霊具…除霊に使用する道具。銃、刀、バットなど、多用なタイプが存在する。



 俺は傷だらけのナイフを老人に渡した。

「また、派手にやったね」

「しょうがないだろ、前はここら辺にはあんな霊力を持っているやつはいなかったんだから」

「まあ、それはそうかもね。一応修理しておくけどあまり無理はしないようにね」

「はいよ。」店主はカウンターから、スペーリに顔を覗かせた。

「久しぶりだねプレーリ、毛並み結構ふさふさになったね~」

「くぅーん」店主に褒められ、嬉しそうに尻尾を振る。俺はその様子を眺めながら、一杯のミルクを飲んで、店を後にした。



「さて、これからどうするかな?」考えていると、スペーリが主張し出した。

「わふ!」どうやらお散歩がしたいようだ。

「分かったよ、スペーリ。」

 そのままスペーリの気の向くがままに、散歩へ向かうことにした。あまり遠くには行かないで欲しいところだが・・・。まあ、こいつは俺の相棒。言わずとも理解しあってるはずだから大丈夫だろう…。「はぁ~…」そう思ってたのもつかの間、相棒は急に走り出し、彼方へと去ってしまった。すぐに姿は見えなくなった。



「・・・またかよ!」思い出した。前にもこんなことがあった。そんなことを思いながら、俺はスペーリの行った方へと駆け出した。

「はぁ~ったく」それから、なんやかんやてんわやんわあり、なんとかスペーリを見つけることができた。見つかるまでに数時間かかったが、暇つぶしにはちょうど良かったので良しとしよう。



「ただいま」既に日も暮れてしまった。今日は疲れたな…。俺は布団に倒れこんで、いつも通り眠りについた。

・・つづく・・

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