精霊
会議も終わり、自分の仕事という仕事は無くなっただろうっと思い、王座から重い腰をゆっくり上げここにいる必要もないので外に出る為扉の方へ歩いて行く。
もう少しで扉の真ん前に立つとこだったのだが、突然王は数メートルの所で立ち止まってしまう。何故なら扉の向こう側から複数人の話し声が微かに聞こえてくるからだ。
足音的にその声の主達はこちらに向かってきている様なので、王は誰が来ているのか気になり、その場で目を瞑り耳を研ぎ澄ます。そして、その声達の正体を掴む。
「ねぇおじちゃん! 今度はデコンが食べたい!」
明るい声が聞こえ、これはレイカだとすぐ分かる。
「ハッハ、レイカちゃんはホント甘いのが好きだなぁ~」
渋い声で深みがある喋り方をする人物がいる。
この声には聞き覚えがあり、誰だか分かるのだが人物像はぼんやりとしか出てこなく、名前も喉元まで出かかっているのに思い出せないという感じだ。でも、どうにして思い出そうと頭を悩ましていると、目の前の扉は勝手に開き一番最初に見えたのは扉を頑張って押している、愛らしいレイカだった。それと後ろには一人の男性とソフィエルとミルシャの姿が見えた。
王はレイカ達の存在に気付いていたのでビックリする事は無かったのだが、レイカ達はまさか扉を開けたら王が目の前に居るとは思いもよらなかったらしく、何だか少し驚いた表情を見せるが直ぐに普段の表情に戻った。
そんな様子を王は黙って見ていると、急に扉を押さえていたレイカが猛ダッシュしだし王の腹部らへんに抱きつく様に飛び込んできた。そして、顔を埋め込んで頭を左右に振りながら喋り出す。
「お父さん! ダイアーおじちゃん連れて来たよ!」
口元が服に埋もれているからか濁った声になっていた。
「おおそうか、ありがとう」
王はその人物の名前を聞き、ぼんやりとしていた人物がハッキリっとしモヤモヤしていた気持ちは晴れたので、ありがとうという感謝を込めた手つきでレイカの頭を優しく撫でる。
「へへへ」
顔が埋もれているから分からないが、多分照れくさそうに笑っているんだろうっと分かる。
「おう! 遊びに来たぞ」
話しかけるタイミングを見計らっていたダイアーはそこそこいい勢いで片手を上げ王に挨拶をする。
「..ダイアー久しいな」
優しい目つきでダイアーを見る。
「そうかぁ?」
上げていた片手をそのまま顎にもっていき、その片手の肘を空いている方の手で押さえ、考える仕草をする。
「ああ、そうだ。それで何か用でもあったか?」
「オイオイ、忘れたのか? 今日はこれを受け取る日だろ?」
腰辺りに付いていた巾着袋の様な小さい袋を腰から外し、袋の開け口を手で持ち、王の目線ぐらいまで持っていき見せびらかす様に左右にプラーンプラーンっと力なく揺らす。
しばし王は袋を見つめ考える。
(そうか....もうそんな時期か..)
時の流れが早く感じ少し寂しい気持ちになるが、それを表に出さない様注意しながら落ち着いた声で喋る。
「すまんすまん、すっかり忘れていた」
「んやぁ、大丈夫だ」
そう言いながら袋を元の場所に戻す。
「それでどうする? 今この場で取引するか? 俺様は構わないが」
少し肩を竦め、周りを見る。
「..いや、場所を移そう」
「そうか、わかった。んじゃぁ、いつもの場所だな?」
ダイアーは確認の為王を見て、頷いていたのでいつもの場所に移動しようとするが、何だかついてくる気配が無いのでよくよく見ると身動き取れずにいた。どうやらいつまでもレイカが王にくっ付いているせいだった。退かせばいいものを王は何故か躊躇していて退かすことが出来ず戸惑っていた。
そんな様子を見かねたミルシャがレイカに声をかける。
「さぁレイカ、おやつを食べましょ」
バッと勢い良くミルシャの方を振り向き目をキラキラさせるが、それでもまだ王にくっ付いている。
「ホント!? じゃあクトリアが食べたい!」
そう言うが、何か思い出したかの様に喋る。
「ああでも! お父さんが作った奴が食べたいな!」
再び王の方を見て、下から上目遣いで見る。
「あ......」
っとまるで言葉が漏れたかの様に一言放った後、王は固まってしまう。
「..いいレイカ? 今からお父さんはお仕事だから、代わりにお母さんが作ってあげるから..」
何とか説得しようとミルシャは試みる。
「えぇ~」
明らかに嫌そうな顔をミルシャに見せると、聞こえるか聞こえないぐらいの声量でボソッと言う。
「....お父さんのが良かったなぁ~..お母さんのはあんまり美味しくないんだもんぅ..」
「レイカ何か言った?」
ミルシャは細目になりメガネをクイッと上に上げるその顔は笑顔だが、何処か怒りを感じさせる。
「あいや! 早くお母さんの作った奴食べたいなぁ~って! アハハ~」
それに驚いたのか、怯えたのか、分からないがレイカはダッーと笑いながら来た扉の方へ逃げて行くかの様に走って行く。
「....」
恐らく納得のいっていないミルシャは静かにレイカの後を追おうとするが、王はそれを呼び止めた。
「ミルシャ....今度一緒に、料理でもしようか..」
恥ずかしいのか少し王の頬が赤くなっているが、誰もその事にはツッコまなかった。
「えっ....あ、はい、貴方様」
少し動揺しているミルシャも頬が少し赤くなっており、普段の冷静な態度が崩れていた。そして、素早く王にお辞儀をし、顔をあまり見せない様に小走りでこの場からいなくなる。
そんなミルシャを王が見送っていると、いつの間にか隣に立っていたダイアーが肘で身体を突いて来る。
「ふうぅ~! まだまだ若いですなぁ~!」
「止してくれダイアー、こういうのは得意ではないのだ」
「知ってるさ。だから、珍しいもんが見れて俺様は感動したよ」
「ふぅ」
おちょくられて、少しうざったくなっていた王は一人残ったソフィエルを見る。
「ソフィエル、ガロから聞いたか分からないが”エリオ”の捜索をしてくれ」
この時、王はソフィエルの隅々まで見ていた。呼吸の仕方、仕草、表情っとあらゆる箇所を何か異常が無いか。しかし、これと言った異常は無く、何事もないまま時は進む。
「分かりました」
軽くお辞儀をした後、ソフィエルは扉から出て行った。
(何故何も質問してこない? しかも、あんなにもすんなりと....)
っと王は考えたが、取り敢えずダイアーとの取引を終わらせる為、ダイアーについて来るように仕草をし、二人は移動する。
狭くも広くもない王室で二人の男が机を挟み、迎え合って座っており、その机の上にはキラキラと輝く宝石の様な物が数個転がっていた。
「どうだ? あれに見合う価値はあるか?」
真剣な顔つきでダイアーは言った。
「うむ....ダメだ。やはりあれ以外は質が良くないな」
手に持ち、眺めていた宝石を机の上に静かに置く。
「かぁ~今回もダメか~」
残念そうな顔をダイアーはする。
「すまない、だが今回も苦労を掛けた。報酬はきちんと渡そう」
そう言い、手を懐に持っていき、そこから金貨が束になっている物を取り出し、机の上に置きゴトンっと置き、鈍い音が響く。
「いやぁ~すまねぇな。毎度毎度依頼が達成が出来てないのに」
申し訳無そうに金貨を受け取り、手慣れた手つきで自身の懐にしまう。
「気にするな。これ程難しい依頼を受けてくれるのはダイアーだけだ」
「またまた、そんなご謙遜を。しかしいつも思うんだ、何故あれにそんな拘るんだ? まぁ確かに、かなり希少な鉱石で美しくはあるけど..」
顎を触りながらダイアーは質問した。
「ああ、そうだな....」
目を瞑り、何だか答えずらそうにしている王だったが、頬を人差し指で軽く擦りながら静かに喋り出す。
「..娘....レイカにちょっとした、プレゼントがしたくてな..」
「おおそうかぁ! いやぁ~王も漢になったな~」
感心したのかダイアーは深く数回頷く。
「でもまぁしかし、見つからない事には話にならんよなぁ~。チッ、全く何処にあるんだろうなアレキサンドライト」
っと舌打ちをし、深いため息をするのと同時にダイアーは落ち込む。
「まぁそんな落ち込むな。いつか見つからばいい」
そうダイアーを宥めた後、王は別の話を持ってくる。
「ダイアーそろそろいいのではないか?」
「んあ? 何がだ?」
「神鬼団、もう名はかなり広まった。これ以上組織を大きくする必要は無いと思うのだが?」
「ハッハ! まだだ、俺様は頂点を目指す」
ダイアーの指先は天井を指す。
「前も言っただろ? 俺様は絶対、裕福になって見せるって」
真剣な顔で王を見る。何処か威圧的にも感じさせる目つきで。
「......そう、か」
椅子の背もたれに寄りかかり普段どうりの表情、態度でダイアーに対応するが、その内心は悲しみの感情で溢れており、何とかして押し殺し耐えていた。
「そう心配すんなって、必ず恩は返す」
王の不安そうな表情に気付いたのか気遣い、にやけ顔で場を紛らわす。
「まぁ! そう言う事だ。今回も取引ありがとうな。じゃぁいつもどうり宝石は受けっとってくれ」
そう言いダイアーは席から立ち、ドアの方へと歩いて行き、目の前に着く。
「また来年」
背を王に向けている状態で言い、手を上げ別れの挨拶をした。
「ああ..また」
無意識にあまり元気の無い声になっていたが、ダイアーは気にせず王室から出て行った。
しばらく王は宝石の転がった机を見つめ、静かな時間が進む。
(我は..我は....一体どうしたらいいんだ、隼....いや、アテネ様)
机の空いたスペースに膝を置き、手を祈る様に握り王は黙々と祈る。
真っ暗な部屋の中、微かな小さい光が部屋を照らす。しかし、その光となる根源は見当たらない。
その中二つの椅子が並べられており、それぞれ一人ずつ座っている。一人は男、もう一人は女、二人は何故か喋らずただ単に椅子に座っていた。
女の目は見開いていた、今目の間に居る謎の服を着ている男は何者なのだろうか等と思い。でも、取り敢えず立ち上がろうと身体を動かすが動けない、疑問に思い手足を見るが別に縛られているとかそういう訳では無いけど、動かない。何とかして動こうと力を入れ、体を藻掻いていると突然目の前の男が喋り出す。
「どうもこんにちは、リリアナさん」
不気味な笑顔で男は語りかけてくる。
リリアナは見たことの無い男に恐怖を感じながらも口を開け、質問しようとするが口が一切開かなく目をキョロキョロさせながら焦る。
「ああ、恐怖。お前にもやはり感情があるのか....」
どこか落ち込んでいる男は不器用に歩き出す。
「..今は、いいかぁ....ちょっと話を聞いてくれよ。俺はね、魔法を奪えるっと思っていたんだ。でも、ちがったのさ」
男は立ち止まり包帯で巻かれた足を触る。
「エリオが使ったあの回復魔法を俺も使ってみようとしたんだけど、使えなかった....これがどういう事か分かるか?」
そう言いながら、ゆっくりとリリアナの方へ歩いて行き、顔を両手で押さえ、瞳の奥の中の奥を至近距離で覗く。
意味が分からないリリアナにとって今の状況はかなり恐ろしく体験もした事の出来事で、体が震えだす。
今日はいつもと変わらない日常を送って居たはずなのに、一体何がどうなっているのかっとそんな事ばかり頭に浮かぶ。あまりの恐怖でリリアナが涙を流し始めると男は離れて行く。
「ああ、可哀そうに....でも、大丈夫。これからはずっと幸せだ。ほら」
指でリリアナの涙を拭きながら、男は悲しそうな、嬉しそうな二つの感情がグチャグチャに混ざった表情をしながらリリアナの隣に居る男に手を向ける。
目を動かしリリアナは隣に居る人物に目をやる。そこには首から上の無い死体が座っていた。しかも、服装からして自分の彼氏だと分かってしまい、声に出ない悲鳴が微かに聞こえてくる。
「さぁ、君も永遠の幸せを手に入れよう」
何処からかナイフを取り出し男はリリアナの首に当て、血が流れる。
ガタガタとガタガタと人だせる震えを遥かに超えているリリアナは失神し、自身の首元に生暖かいナイフが当たっていくのが分かり、意識が遠退いていく。
大原は二人の幸せを正面から眺めながら椅子に座る。
「やっぱり、感情は無い方がいい..」
二人を眺めているとフワフワと浮いている黒色の精霊が目の前を通る。
「この力はまだまだ未知だな。しかし、どうするか? エリオは何とか埋めれたが、もうあそこには近づけない....」
一点を見つめ考える。
そこにたまたま黒の精霊と紫の精霊が通る。そして、タイミングがよかたっのか二つはぶつかる。そのまま何も起きないだろうっと大原は思っていたが、なんと二つは混ざり合い不思議な色へと変化した。
そのことに驚きがあったが、一つ実験が浮かび上がる。
今知っている限りの精霊を呼び出し、混ざった精霊に更に追加で混ぜてみる。色は濁るよりかそれぞれの色が分離し、まるで地層の様になっている。
(俺は思うんだ、この力で人を操れるんじゃないかって....)
混ざりに混ざった精霊を頭だけの部分にぶつけるが、何も起きなかった。不機嫌な顔をした後、大原は別の方法を確かめる為、口から入れてみる事にした。すると、突然脳内にもう一つの視点が出来る。
どういう事かと言うと、自分とは別の人の目線が見えるという、その別視点から自分を見る事だって可能だ。もし仮に、これが生きている人間にやったらどうなるのだろうか? っと考え付いた大原はうすら笑みを浮かべる。