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【六】仮想現実を生み出せる存在、は




「いやぁー、亘理大尉ってば、本当毎日毎日まっすぐ帰宅して、通話して、ちょっとお酒飲んで寝るだけっていう、ね。清廉潔白を絵に描いたような人で、逆に言えば、面白味に欠けてます」

 亘理大尉の家に、監視カメラを設置する事に成功してから、三日目の事だった。右腕とも言える部下の、高瀬(たかせ)大尉の報告を聞きながら、森永少佐は頬杖をついた。

「通話ねぇ。誰と?」
「――妹ですね。亘理大尉が非常に特殊な趣味を持っていて、報酬を払って『お兄様』と呼ばせているのでなければ」
「妹?」

 声に出して繰り返しながら、森永少佐は眉を顰めた。
 机の上に置きっぱなしだった亘理大尉の資料を見る。
 一番上には簡単な履歴書と家族構成が記載されている。

 彼には確かに、亘理沙月という妹が存在する。正確に言うのであれば、『嘗ては存在していた』となる。それは彼の両親にしても同じ事だ。

 亘理依月大尉の両親と妹は、亡くなっている。少なくともこの報告書には、そう記載されている。詳細部分を見るために紙を捲りながら、森永少佐は唇を開く。

「映像通話だった?」
「ええ」
「その映像の解析と、先方の発信地、通信相手の網膜と声紋の鑑定は?」
「今やってます。なにせ、カメラを回収してからまだ二十分しか経ってないんで」
「なるべく急いで」

 そう告げてから、森永少佐は、探していた死因関連の記述を見た。
 ――国内における内戦時の爆弾テロにより、搬送先の遇津総合病院で死亡確認。
 別にこれと言って珍しい死因ではなかった。

 寧ろ医療の発達した現在では、不慮の事故や事件での死が圧倒的に多い。無理矢理感想をひねり出すとすれば、これを契機に亘理大尉が軍人への道を選んだのだろうか――という推測くらいだ。この報告書を真に受けるとすればだが。この報告書の信頼性は高いが、それはあくまでも公的な事実を記載しているという意味合いだ。特に家族の情報などは、深く探らせていたわけではない。



 それから暫くして、高瀬大尉が戻ってきた。

「森永少佐……ちょっと不可思議な結果が出ましたよ」
「報告を」

 不可思議とはなんだろうかと考えながら、森永少佐は視線を向けた。

「まず人体情報ですが、網膜認証でも声紋鑑定でも、不一致でした」
「精巧なクローンや本人ではないと言う事だね。別人って事? じゃあ誰なの?」
「それが、その……誰とも一致しなかったんです」

 どこか不安そうな顔で、高瀬大尉が口にした。森永少佐は眉を顰める。

 それは――あり得ない事だからだ。日本連邦では、出生時と成人時に、登録が義務づけられている。日本国籍を有する限り、必ず情報が残る。外国籍であれば、入国時にそれが徹底されている。

 日本の地にいる限り――この国で生まれたか、一度でも足を踏み入れた事がある場合、不一致などあり得ない。密入国などの可能性がゼロとはいえないし、未登録の人間だって絶対にいないとは言えないが、限りなくそれは、無に等しい事柄である。しかし可能性がある以上は、早急に所在地を確認し、本人に話を聞くべきなのは確かだ。

 何せ連絡を取っている相手が、亘理大尉なのだ。軍部の中に裏切り者がいるというような事態に転んでは最悪である。未登録者との接触とは、即ちそう言う可能性があるという事だ。

「通信の発信元は何処だったの?」

 これで国外だったら絶望的だし、国内であれば大問題だ。

「これがまたその……よく分からなくて……遇津総合病院なんですよね」
「え?」
「病院の地下です。多分、地下十階です」

 森永少佐は言葉に詰まった。ただ、先ほどの報告書に、搬送先が遇津総合病院とあった事だけを、なんとか意識に浮かべた。

「地下に温室があるとは思えないし、そもそもあの病院に地下があるなんて言う話は公的には無いですし……映像は明らかに真っ昼間で、太陽が眩しそうでしたし……なんて言うか、作り物の映像や背景とは考えられないんですよね」

 高瀬大尉は困惑するような顔で続ける。

「解析の結果でも、間違いなく屋外の草原という判断結果が出たんです。風の流れで動く衣類とかでもそれは明らかなようでして」

 森永少佐は、両手を組んで、机の上に置き、静かに耳を傾けている。

「ただですね……植物は現在地球上で確認されているものの中には存在しないものもありました。以上の結果から推測できるのは、『仮想現実』の中から通信をしていた、という事です。恐らく、病院の地下十階に仮想現実に接続できる装置があるのではないかと」
「たとえば、人工知能が接続して喋っていたとか、そう言う事?」
「それはあり得ません。夢を見ない人工知能には、仮想現実を生み出す事が出来ないんです。仮想現実は、人間の脳しか生み出せないんです」
「そうなんだ」
「それに現在の技術では、仮想現実は一人一人違ったものを作り出す事しか出来ないから、外部から特定の仮想現実内に入る事は不可能です。簡単に言ってしまえば、仮想現実というのは、〝夢〟みたいなものなので」
「夢、か」
「はい。最新の技術でようやく、外部から仮想現実内部に通信をする事が可能になった段階です」
「要するに、夢の中だけで生きているような……仮想現実内で生きている人間がいて、その人物に、亘理大尉は外部から通信をしていたと言う事で良いのかな?」
「そう言う事だと思います。状況的に、そう考えるしかないし、そう考えれば筋が通ります。だけど、そんなの奇妙でしょう? そもそも仮想現実って、日本じゃまだ未認可ですし。何より、寝たきりになったご老人用の終末医療ですよ」
「――一命を取り留めた妹を仮想現実に繋いだ。これ、明確じゃない?」
「なるほど、確かに」

 森永少佐に向かい、納得したように高瀬大尉が頷いた。
 頷き返してから、森永少佐が続ける。

「妹が遇津コーポレーションの病院にいる以上、遇津に亘理大尉は逆らえない。遇津は大貫中佐から情報を引き出したい。亘理大尉はその中継ぎに使われているだけという事だね、少なくとも今は」
「そうかもしれませんね」
「出世して大貫中佐が用済みになれば、亘理大尉に情報漏洩を直接迫る可能性が高いけど。まぁ少なくとも、亘理大尉が大貫中佐に忠誠を誓っているなんて言う結果が出なくて、安心は出来たね」
「今は安心でも、将来的に亘理大尉が敵に回る可能性が非常に高くて、すごく危ないって事じゃありませんか……?」
「うーん、そうだねぇ。方策が二つある。一つは、政府に認可させてしまえばいいんだよ、仮想現実を用いた終末医療を。そうすれば遇津に頼る必要性が無くなる。もう一つの方は、簡単だけど後処理が大変かも知れない」
「そのもう一つは何なんですか?」
「亘理大尉の妹を殺すんだよ。妹さえいなければ、亘理大尉が遇津に与する必要性はなくなる。ここまでの私達の推論が正しければだけどね。ただまぁ、妹一人殺しても、今後亘理大尉に大切な人間が出来た時、遇津が仮想現実に繋ぐ事を提案しないとは言いきれないのも難点かな。そもそも通信しているのが妹とだっただけで、他にも繋がれてる人がいないとも、現時点では言い切れないしね」
「政府に認可させる方向で、話を詰めておきますね」
「うん、お願い。私の方は、少し亘理大尉と話をしてみるよ」

 さてこれからどうしようかなと、森永少佐は考えていたのだった。



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