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【三十九】出来る事が少しずつ増えていく



 僕は本日、ハンバーグを作った。
 山縣の作るハンバーグの方が断然美味しいのだけれど、僕も努力をしている。
 山縣が本格派だとすると、僕のはどちらかといえばファミレスで出てきそうな品である。ファミレスには、助手としての潜入調査訓練で出かけた事が何度かある。

 ちなみに山縣は完璧だけれど、目玉焼きやチーズを中に入れるという発想がなかったらしく、僕が作ったハンバーグを見て、当初困惑していた。

 だが不味いとは言わずに無言で完食したので、気に入ったのだろうと僕は考えている。

「ん?」

 その時スマホから通知音がした。
 見れば、十六夜さんからメッセージアプリで連絡がきていた。

 キャンプが終わってから、僕達はほぼ毎日やりとりをしている。

 十六夜さんは、僕に実戦的な助手の心得であったり、事件現場での動き方や補佐方法などを教えてくれる。

 それだけではなく、日常的な雑談も、機微に飛んでいて、本当に面白くて優しい。

『今度、俺と春日居の家に来ない?』

 本日はそんなお誘いをもらった。楽しそうだなと思い、僕は山縣に聞いてみる事にした。

 その日、山縣は、早めに帰宅した。
 そしてハンバーグを食べ始めた。

 僕は付け合わせのサラダを食べながら、反応を窺う。
 本日はトマトとキャベツ、キュウリのサラダにオーロラソースをかけた。オーロラソースの存在も、山縣は知らなかったらしい。

 今日も不味いとは、やはり言われなくて、それだけでもとても満足してしまった。
 思わず両頬を持ち上げて、山縣を見てしまう。すると視線に気づかれた。

「なに見てるんだよ?」
「あ、その……十六夜さんが、家に来ないかって誘ってくれたんだ」

 慌てて僕は、話題を探して、別の言葉を発した。照れくさかったからだ。

「十六夜が? なんで?」

 すると山縣が不機嫌そうに眉を顰めた。
 そうしつつも、フォークとナイフは動かしている。

「助手の心得とか、色々教えてもらってるんだ」
「俺は朝倉には、何も期待していない。不要だろ」
「っ……で、でも! 僕は山縣の助手だから、出来ることは頑張りたいし、勉強できることは学びたいんだ。十六夜さんは、とっても優しく教えてくれるし」
「――どうせ俺は、優しくねぇよ」
「へ?」
「なんでもない」

 山縣はそういうと、不機嫌そうなままで、ハンバーグを完食した。

 僕はその後、お皿を洗いながら、これもだんだん任せてもらえるようになって良かったなと思いつつ、天井を見上げた。

 山縣に期待してもらえないのが、とても辛いけれど、当初よりは、家事だって任せてもらえるようになってきた。

 それだけでも大進歩だろう。

 翌日僕は、そんな悩みを、メッセージアプリで十六夜さんに聞いてもらった。

『Sランク探偵って癖があるから、本当に大変だよねぇ』

 そう言って慰められると、なんだか気が楽になる。

『Sランク探偵は、速読技能や映像記憶能力もあるし、一緒にいると疲れない? 色々大変だと思うけど、無理しないようにね』

 十六夜さんは、本当に優しい。
 僕は完全に懐いてしまった。

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