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本とコンビニおもてなし その5

 見切り発車で初めて見たクリスマスケーキならぬパルマ聖祭ケーキの予約開始ですが、なかなか好評です。
 テトテ集落では大ヒット状態でして、改めてパラナミオだけが笑顔で写っているポスターを作成したところ、ケーキの予約数が一気に増加しまして……テトテ集落だけで以前の注文と合わせて合計500個を越える注文が入っています。
 ……とりあえず、パルマ聖祭当日は、大ヒット御礼ってことでパラナミオを連れて手渡し販売に行こうと思っているのですが、これを公表するとさらに予約数が伸びること確実なので当日のサプライズにしておこうと思います。

 テトテ集落を抜きにしても、他の店舗での予約数もなかな感じです。
 ガタコンベの本店、ブラコンベの2号店、ララコンベの4号店の3店舗では毎日二桁の予約がコンスタントに入っています。
 3都市の総世帯数の5分の1くらいの皆様がすでに予約してくれている感じですね。

 その結果、当日までに合計2000個近いケーキを作らなければいけないことが確定しているわけですが、僕とヤルメキスが毎日フル稼働してもこの数はちょっとやばい感じです。
 ここ数日、毎日の仕込みを終えてから作業を開始し、だいたい平均して日に30個作るのがやっとってところですからね。
 それもこれも、シンプルなイルチーゴのホールケーキ1種類に絞っておいたおかげです。
 最初の頃思っていたようにブッシュドノエルや、フルーツケーキといった種類を増やしていたら完全にアウトだったと思います。

 ただ、ありがたいのが魔法袋なんですよ。
 この魔法袋に入れて保存しておけば中身はいつまでも腐りません。
 なので、僕とヤルメキスはケーキを完成させたら、その都度魔法袋に突っ込んでいます。
 僕が元いた世界ではこうはいきません……だって魔法袋なんて便利な代物なんてありませんからね。
 恐らくクリスマスというか、パルマ聖祭前の数日を臨時休業にして毎日夜通しケーキを作り続けても果たして間に合うかどうかって感じだったはずです。

 とはいえ、今のペースで作っていては、やばいです。
 何しろ注文数はまだまだ増えているわけですから……

 となると、手伝ってもらえる人を探さなきゃと思うんですけど……何しろケーキを作ってもらわないといけないわけですよ。
 この世界にはレンジなんて便利な代物はありません。
 例外的に、コンビニおもてなし本店には業務用のでかいのがありますけど、この世界にこんな便利な代物はこれ1個のはずですからね。
 スアにもみてもらいましたけど、さすがにこのカガクを魔法で再現するのは困難みたいですし……
 となると、パン焼き窯がある店に協力を頼まないと……と、思うんですけど、僕の知っているパンを売ってる店のパン焼き窯って、どこのも小さいんですよ。
 だから、そんなお店に頼むのも気がひけるわけです……だって、その店だって自分の店で売るためのパンを焼かなきゃならないわけですしね。

 はてさて、どうしたものか……そう思っていた僕は、ある事を思い出しました。
「……そういえば、ルアの友達のラテスさんって、お店でパンを焼いてるって言ってたっけ……」
 僕は慌てて本店の向かいにあるルアの工房へと駆け込みました。
 すると、ちょうど店の中では、パラランサくんに技術指導をしている最中らしいルアの姿がありました。
「ルア、忙しいとこ悪い。あのさ、ラテスさんの店のパン焼き窯ってどんなのか知ってる?」
「知ってるも何も、ありゃあアタシが作ってやったんだ。ばっちりわかるぜ」
「で、どんなの?大きいの?」
「あぁ、どうせならデカいのがいいってラテスが言うからさ、かなりでかいのを作ってやってるぜ」
 それを聞いて僕は思わずガッツポーズをしていました。

 そうとわかれば善は急げです。

 巨木の家へと駆け戻った僕は、スアにお願いしてオトの街への転移ドアを作ってもらいました。
 早速開けると、ちょうどラテスさんの店の中に出ました。
「うわぁ!? タクラ店長さんじゃないですか? ってか、あれ?そんなとこにドアなんてあったっけ?」
「あぁ、これはあとで事情を説明しますので……ところでラテスさんにお願いがありまして……」
「お願いですか?」
「はい、実は……」
 そう言うと、僕はこれまでの経緯を説明しラテスさんにケーキ作りの手伝いをしてもらえないか話をしてみました。
 すると、ラテスさんは嬉しそうに微笑みまして、
「わぁ、楽しそうですね。ぜひお手伝いさせてください。どうせお店は昼ご飯時と晩ご飯時しかお客さん来ませんからそれ以外の時間は暇で暇でしょうがないんですよ」
 そう言ってくれました。
「ルアの妹のネプラナにも手伝ってもらうとして……あぁ、そうだ!」
 そう言うと、ラテスさんは笑顔で手をポンと叩きました。
「最近ね、パンを焼くのがすっごく上手なお友達が帰ってきたんですよ! その友達にもお願いしてみますね」
「え? そ、それは嬉しいですけど、パン焼き窯がないことにはスポンジケーキが……」
「大丈夫です、この人の家にはですね、お手製の大きなパン焼き窯があるんですよ」
「そうなんだ、そりゃありがたい」
 で、その人への連絡はラテスさんがしてくれることになりまして、明日にでもみんなでコンビニおもてなし本店にケーキ作りの講習を受けに来て貰う事にしました。
「……と、言うわけでこの転移ドアをこのままにしておきますので、これをくぐって来てください」
 僕は、ラテスさんの店の中に出来たドアを指さしてそうお伝えしました。
 ラテスさんは、そのドアをマジマジと見つめながら
「すっごいですねぇ……こんな魔法を使える魔法使いさんなんて子供の頃に読んだ絵本に出てくる魔法使いさんでしか知りませんよ、確か数百年昔にいた伝説の魔法使いさんで、名前がす、す、す……」

 あ~……ラテスさん……たぶん、その絵本に出てくる魔法使いです、この扉作ったの……
 そう心の中で思いながらも、あえて口に出さないまま、僕は一度ガタコンベの本店へと戻りました。

 すると、
「て、て、て、店長~助けてほしいでごじゃりまするぅ」
 厨房の中からヤルメキスの悲鳴にも似た声がしました。
「ヤルメキスどうした!?」
 僕が厨房に駆け戻ると、そこには、オルモーリのオバちゃまとヤルちゃま親衛隊のおばさま方に囲まれたヤルメキスがですね、ウエディングドレスを着せられている最中でした。
 で、僕が戻ってきたことに気がついたオルモーリのおばちゃまは、ニッコリ微笑み
「あらあらお邪魔してますわ店長ちゃん。ちょっとヤルちゃまをね、おばちゃまお借りしていますの。ウエディングドレスの仮縫いをさせていただいていますのよ」
 そう言いました。
 よく見ると、おばちゃま方の中に見慣れない女の子が1人いまして、ヤルメキスが着せられているウエディングドレスにまち針とかつけながらあれこれ作業をしています。
 その女の子は、僕に気がつくと一度手を止めました。
「あ、初めまして。私、ナカンコンベにありますテルファニーニ洋服雑貨店の店員でオープハートと申します。オルモーリ様からのご注文を受けまして、ヤルメキス新婦様のウエディングドレスを担当させていただきますの」
 オープハートはそれだけ言うと、すぐにヤルメキスの体の前で跪いていき、採寸作業に戻っていきました。
 そんなオープハートの一挙手一投足を、オルモーリのおばちゃまとヤルちゃま親衛隊のおばさま方は嬉しそうに見つめ続けています。

 うん……この作業を邪魔したら、たぶん僕、殺されます。

 仕方なく僕は、ヤルメキスを人身御供としてその場に置き去りにして、ケーキ作りへ戻っていきました。

◇◇

 そんなわけで、コンビニおもてなしの新企画であるクリスマスケーキならぬパルマ聖祭ケーキはてんやわんやになりながらも、どうにか好評のうちに作業が進んでいます。
 そんな中でも、各店は毎日営業し、日々好調な売れ行きを記録しています。

 2号店
 元貴族のシャルンエッセンスを中心にして、抜群のチームワークを誇る店です。
 街の中でも活気のある店として有名になってまして、いつもお客さんでいっぱいです。
 かつてウチの店を真似して「ごんじゃらす」っていうひどい店を開いていたのが嘘のようです。

 3号店
 木人形のエレを中心にして、魔法使い達を相手に商売を続けています。
 ここは。魔女魔法出版の本を異常な数取り扱っていますので、それを目当てに魔法使い達が全土から集まってきていまして、いまでは辺境小都市が1つ出来るんじゃないかってくらいの規模になっています。
 店の裏では広大な畑もやってますけど、それもエレ達が全部管理してくれてます。
 ちなみに、魔法使い達はパルマ聖祭そのものにあまり感心がないみたいで、ケーキもちょぼちょぼしか予約が入っていません。

 4号店
 ララコンベ温泉の中に、商店街組合に頼まれてオープンしたこの店ですが、ダークエルフのクローコさんがギャルな見た目と言動とは裏腹な、堅実この上ない管理経営手腕を発揮しきりもりしてくれています。
 温泉饅頭を実演販売しながら売りまくっているララデンテさんっていう幽霊というか、思念体の人がいたり、最近では子だくさんなバイトのクマンコさんの上のお子さん達までお手伝いに来てくれていて、店はいつも賑やかな声に包まれています。

 これ以外にも、コンビニおもてなし食堂エンテン亭や、仕入を仕切っているおもてなし商会なんかもあるわけです。いつも狩りを頑張ってくれているイエロとセーテンもいますしね……ま、これらの事に関してはまた別の機会があれば紹介すればいいか……

 僕は、ここまでの内容をかき上げた原稿を見つめながら大きなため息をつきました。
「やれやれ、どうにか魔女魔法出版から依頼されてた原稿が出来上がった感じだな」
 僕がそう言うと、スアが待ち構えていたかのようにお茶の入ったカップを持って近寄って来ました。
「……お疲れ様、一休み、どうぞ」
「お、ありがと」
 僕は、カップを受け取ると、口に運んでいきました。
 おそらく、滋養強壮や疲労回復などの効果を含んだ薬草や魔法が付与されているのでしょう。
 その一口で、疲れが一気に吹き飛んだ気がします。
「うん、スアのいれてくれたお茶はいつも美味しいね」
 僕がそう言うと、スアは嬉しそうに微笑みながら、その体をクネクネさせています。
 これも見慣れた光景です。

 さて、これまでのコンビニおもてなしの事をまとめたこの本だけど、どんな名前にしようかな……

 僕は少し考えると、原稿の一番上に置いておいた白紙の紙にペンを走らせていきました。
 僕はそこにこう書きました。


『異世界コンビニおもてなし繁盛記』と……



~異世界コンビニおもてなし繁盛記 第一部 おしまい~

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