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本とコンビニおもてなし その1

 元いた僕の世界で、爺ちゃんが立ち上げたコンビニおもてなしですが、爺ちゃんが当てた宝くじの賞金を元手にして始めました。
 爺ちゃんの頃は、まだコンビニエンスストアそのものがあまり普及していなかったことに加えて、爺ちゃんが一号店を構えた場所が中国地方のやや田舎くさい県のさらに田舎に属する市に作ったもんだから、物珍しさと競合店がまったくなかったおかげで、奇跡的にすごく儲かったそうなんですよね。
 何しろ、そのおかげで地元の経済界の役員まで務めてたもんな、爺ちゃん。
 で、もともと調子に乗りやすい性格だった爺ちゃんが、イケイケドンドンで支店を増やしていきまして、コンビニおもてなしは、最盛期で21の支店を持つ個人経営のコンビニとしてはおそらく史上最高の発展を遂げたんじゃないかと思われます……なんか、その勢いのままに、日本経団なんとかっていう偉い人の集まりの役員に異例の抜擢までされてましたからね、爺ちゃんってば。
 で、なんにもなかった田舎に雇用とお金をもたらしたってんで、爺ちゃんを市長にしようって話まで立ち上がったそうなんですよ。

 けど、コンビニおもてなしの快進撃はここまででした。

 この頃から、大手コンビニエンスストアチェーン店が競うようにして市の中に出店し始めました。
 わずか3年の間に、コンビニおもてなし1社6店舗しかなかった田舎の中に、5社18店舗が押し合いへし合いし始めたんですよ。
 他の支店がある周辺の市町村もほぼ同じ状態で、他の15店舗もそれまでの独占販売状態からいきなり過酷な商売戦争に巻き込まれていきました。

 で、大手コンビニエンスストアと言いますと、あなたのコンビニ~とか7と11でいい気分~とか、大々的にコマーシャルもしているわけです。
 斬新な品物も多く、新商品もどんどん投入されていくわけです。

 それに比べて個人経営のコンビニおもてなしは、宣伝といえば爺ちゃんの笑顔がデカデカと印刷されたポスターを市のあちこちに張ったり、広報誌にポスターの図柄で広告を出すくらいしかしていません。
 品物も、知り合いの惣菜屋とパン屋から仕入れていた、良く言えばお馴染みの、悪く言えば代わり映えのしない品物しか並んでいません。

 そんなコンビニおもてなしの売り上げは、坂道をスケボーに乗っかって滑り落ちていく程の勢いで落下していきました。

 で、ここですぐに不採算店舗を閉店したり、新商品を開発したり、最悪どこか大手のコンビニと提携してその傘下に入ったりすればよかったんですけど……

 ここまでの人生で、一度絶頂を知ってしまった爺ちゃんは一歩も引き下がりませんでした。

 とにかく品数を増やそうと、コンビニなのに、ほ乳瓶から農機具までと、ありとあらゆり物を仕入れまくって店に並べまくっていきました。
 当然、コンビニの販売スペースは限られています。
 ここで爺ちゃんは、多少なりとも売れていたと言いますか、実質コンビニおもてなしの生命線だった弁当やパンの販売スペースを小さくするという暴挙に出ました。

 で、これがとどめでした。

 かろうじて赤字すれすれという青色吐息状態だったコンビニおもてなしの売り上げは一気に赤字に転落し、最盛期21あった支店は、爺ちゃんが亡くなる頃には5店にまで減っていました。

 で、爺ちゃんが亡くなり経営を引き継いだのが父さんだったんですけど……息子の僕がこう言ってはあれなんですけど、父さんは父さんで、これが何も決められない人でして……
 少しでも早く大手コンビニの傘下に入ればなんとか持ち直せていたかもしれないし、この頃はまだ結構いい条件での提携話も来てたらしいんですけど、そんな話を前にして父さんは、
「どうしたもんかなぁ」
 の口癖とともに、結論を先延ばしにし続けてしまったんですよね。
 で、その結果、支店の店長さん達が激怒しました。
「もう、あんたとはやってけません!」
 と、一方的にコンビニおもてなしとのチェーン店契約を破棄し、個々に大手コンビニの傘下に入ってしまったんですよ。

 で、普通ならここで本店もどこか大手コンビニの傘下に……とか考えるはずでしょ?
 ですが、ことここにいたっても父さんは
「どうしたもんかなぁ」
 と言い続けていました。
 あ、この時点で、母さんからも
「もう、あんたとはやっていけません!」
 って宣言されて、離婚されていました……で、なんかすでに再婚相手がいたそうで、僕は邪魔だからってんで、父さんの元に……
 で、そこまで追い詰められた父さんは、
「どうしたもんかなぁ」
 と言い続けながら、ぽっくりいってしまったわけです……

 そして、僕がなし崩しといいますか、他に親族もいないためコンビニおもてなしを引き継いだんですよね。

「……とまぁ、こういったとこかぁ……向こうの世界でのコンビニおもてなしのお話ってのは」
 僕は、そこまでの内容を紙に書き上げると、ふぅ、と一息つきました。

 え? 何してるのかって?

 いえね、スアのお母さん……僕の義母さんでもあるリテールさんからお話があったんですよ
「婿様、どうでしょう、コンビニおもてなしの本を出してみませんか?」
 って。
 リテールさんは、この世界最大の出版社である魔女魔法出版の社長です。
 毎月たくさんの本を出版しているわけなんですけど、コンビニおもてなしの本を出さないかって話を頂いたわけです、はい。

 この世界でのコンビニおもてなしはですね、ド田舎の辺境都市ガタコンベに本店を構えていながらにして、すでに4号店まで展開しています。
 それ以外にも、

 コンビニおもてなし食堂エンテン亭
 コンビニおもてなし酒場
 おもてなし商会

 これらの関連店を経営していまして、そのどれもが好調な売り上げを記録し続けているわけです。

 リテールさん曰く
「こんな田舎のお店がここまで経営に成功したケースはすごくレアなんですよぉ。これはぜひとも本にさせていただきたいですわぁ」
 だ、そうなんですよね。

 普通なら、こんな話即座に断るとこなんですけど、
「ダメですかぁ、婿様ぁ」
 って、スアを少し幼くした顔で、涙目ウルウルさせながら見上げてこられたら……断れるわけないじゃないですか、ねぇ!?
 まさに、NOと言えないタクラリョウイチだったわけです、はい。

 で、仕事を終え、寮のみんなとの夕食も済ませた僕は、巨木の家の自室で机に向かい、こうしてあれこれまとめているわけです。

「しかし、あれだよなぁ……」
 僕は、爺ちゃんの事をあれこれ書き記しながら思ったわけです。

 爺ちゃんってば、コンビニおもてなしの経営が順調だったときにお偉いさんのグループの役員に抜擢されたり、市長選に出馬しないかって話まであったわけです。

 で、その孫である僕ですが……
 今の僕は、本店のあるバトコンベの商店街組合の役員です。
 2号店のあるブラコンベと、4号店のあるララコンベの商店街組合の役員もやってます。
 そして、仮ではありますが、元の世界で言うところの市長にあたる、バトコンベの街長までやってます。

 ……なんか、爺ちゃんと同じ道といいますか、爺ちゃんを少し追い越しちゃった? みたいな状態になってる気がしないでもないんですけど……

 僕がそんなことを考えていると、スアがトコトコと部屋に入ってきました。
「……一息、どう?」
 そう言いながら、スアは紅茶の入ったカップを持って来てくれています。
「お、ありがと。ちょうど煮詰まってたんだ」
 僕はそう言いながらスアからカップを受け取りました。

 そう言えば、この紅茶の葉って、今は近くの辺境駐屯地の隊長をやってるゴルアが持ってたやつをプラントの木で増やしたんですよね。
 今ではプラントの木の枝を接ぎ木して、コンビニおもてなし3号店の裏にある畑で大量栽培しているんです。
 あそこは、エレ達木人形軍団がコンビニ仕事も農園仕事も24時間休みなくやってくれています。
 元はと言えば、暗黒大魔道士を討伐した恩賞にってもらえた、周囲に何もない別荘だったんだけど、今では魔女魔法出版の本を目当てに集まった魔女達で構成された街になっちゃっています。

 僕がそんなことを思いながら紅茶を飲んでいると、スアが僕の顔をのぞき込んできました。
「……まだ頑張る、の?……私は終わった、よ」
 そう言うスア。
 さっきまでスアは、自分の魔法薬の研究をやっていました。
 すでに伝説の魔法使いと呼ばれる程の魔力と魔法の知識を持ち合わせているスアですけど、その地位に甘んじることなく日々研究を続けています……すごい2児の母です。

 ホント、どっかの上級魔法使いのお茶会倶楽部の奴らに爪の垢を煎じたお茶を見せてやりたいですよ。
 え? 飲ませないのかって?
 そんな勿体ない。ぼ・く・がすべて頂きますとも。

 あ、いや、スア、これはあくまでも例え話だから、爪の垢をほじらなくていいから。

「そうだな、明日も早いし、今日はこのくらいで切り上げようか」
 僕はイスから立ち上がりました。
 すると、スアが笑顔で僕に寄り添ってきました。
 この顔はあれです……えぇ、あれを求めてます。
「じゃ、ベッドにいこっか?」
 僕がそう言うと、スアは頬を少し赤く染めながら何度も頷きました。

 父さん見てる?
 僕は奥さんと夫婦円満だよ。

 ってなわけで、こっから後は、いつものように黙秘させていただきますね。

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