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冒険者ってのもねぇ その3

 結果から言いますと……クララはダメでした。

 いえね、仕事はとても丁寧です。
 袋詰めも一品一品丁寧に詰めていってくれるんですけど……いかんせん、コンビニおもてなしの、特に本店の、さらに昼のかき入れ時は、丁寧な上に『早く』やらないといけないわけです。

 ですが、どうしても早く作業が出来ないクララが、一品一品丁寧に詰め込んでいると、その前にずらっと客の列が出来ていきます。

 それを見たクララは、すぐにテンパってしまいましてですね……


 クラーケンの姿になってしまうんですよ。


 まだ若いクララは、クラーケンになっても身長3m程度なんですけど、レジの中でいきなりクラーケン化されてしまうと、さすがにレジの中はそこまで広くないもんですからレジの台は壊れ、壁側に置いていた品々はふっとびと……まぁ、すごいことになってしまったわけです。

 こうなるとわかっていれば、僕もレジ仕事をお願いしようとは思っていなかったんですけど
「……こ、これくらいなら出来ると思ったんですけど……」
 そう言いながら、クララはしゅんとなってしまいました。

 クララが壊したレジ台は、スアが魔法で修理してくれたのですぐにどうにかなったんですけど、またレジ仕事をやってもらって、またテンパってクラーケン化されたら困ってしまいますので、コンビニおもてなし本店内で仕事をしてもらうのは辞めにしてもらいました。

 しかし……となるとクララに何をしてもらおうか、となるわけです。
 イエロ達についていって狩りをしようにも、水性生物であるクララは陸の魔獣狩りには適していないらしく、ちょっと走っただけで、なんかこの世の終わりみたいな顔をしながらゼェゼェ言い出したんでねぇ……

 ならば、川を遡ってきているザッケを狩ってもらったらと思ったのですが……
「が、頑張ります!」
 クラーケン化したクララは気合いを入れて川に入ったのですが、川を遡ってきたザッケの集団は、クララの姿を見るなり横一列に隊列を組んで


 ボエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ


 と、あの超音波ボイスを発してきまして、で、それを真正面からくらったクララは、その場でばしゃ~んと派手な音を立てながら川の中に倒れ込んでいってしまいました。

「な……なんなんですか、あの生き物は……」
 人型に戻って、応接室のソファの上で横になっていたクララは頭に濡らしたタオルをのせたままうんうん唸り続けていました。

 とまぁ、あれこれ試した結果……全部だめだったわけでして……

 と、そんな感じで悩んでいたところ……そんな僕にスアがですね
「なら、あそこで働いてもらったら?」
 そう言いました。

 ……で、その翌日。

 クララは、スアの言った『あそこ』で一晩中働いていました。
 笑顔で楽しそうに。

 いえね、クララが働いているのは、スアの使い魔の森の中にあります、スアビール製造所の中なんですよ。
 クラーケン化すれば足が複数ありますし力もそれなりに強いクララですので、スアビールの原材料を運んだり、出来上がった品物を木箱に詰める作業の手伝いなどにはとても適していました。
 で、この作業現場は、タルトス爺が取り仕切っているだけあって、非常にのんびりした空気が流れていますので、その点もクララに向いていたと言えるでしょう。
「こ、こんなに働くのが楽しいと思えたのは生まれて始めてかもしれません」
 クララは感動のあまり涙を流しながら、楽しそうに働いていたんです。

 クララは、剣士くん達に使った回復魔法の代金分働いた後は、剣士くん達一行とも別れる約束になっているそうなので、
「なんだったらずっとここで働いてくれてもいいんだよ」
 僕がそう言うと、クララは嬉しそうに微笑みながら
「本当ですか! あ、ありがとうございます。是非よろしくお願いします」
 そう言いながら僕に向かって何度も頭を下げていきました。

 で、このクラーケン人ですけど、スアがあれこれ調べた結果、クララが言っていたとおり非常に希少で絶滅危惧種に指定されていたことが判明しました。
 なので、スアが自らの使い魔に加えて保護しつつ、使い魔の森で働いてもらおうってことになりました。

 クララがそうやって、スアの使い魔の森に、ほとんど住み込み状態で働いていると、ちょっとびっくりしたことが起きました。

 クララと一緒にこの都市にやってきていた、あの剣士くんが店にやってきたんです。
「……あの、く、クララだけに働かせるわけにはいきません」
 そう言う剣士くんですけど……魔獣への恐怖心はいまだに癒えていないようなので、とりあえずレジ作業をしてもらってみたんですけど……


 剣士くん、君、向いてるよ、接客業。


 いえね、お客さんが来ると笑顔で
「いらっしゃいませ!」
 って良い声をだしてくれますし、袋詰め作業も非常に手際がいいんです。
 クララみたいに、自分の前に列が出来ても慌てることなく、それでいて処理速度を上げながら対処出来るんですよ。

 いつの間にか剣士くん自身も
「……僕、生き方を間違っていたのかもしれません……」
 って言い出す始末です、はい。

 残念ながら、剣士さんと弓士さんはどうしてもトラウマを克服することが出来なかったらしく、途中で王都に帰っていってしまいました。
 それでも、剣士くんとクララの2人は、
「助けていただいた分、必ず働きますから」
 そう言って、ずっと頑張ってくれました。

 で、約束の1ヶ月。
 2人はそれぞれの場所でしっかり頑張り抜きました。

「よし、お疲れ様。じゃあ回復魔法の代金分働いてくれたってことで、今日で剣士くんはお仕事終了だ。クララはスアの使い魔としてこれからもよろしくね」
 最終日の仕事が終わった後、僕は2人を前にしてそう言いました。
 すると剣士くんは
「ホントに……お、お世話になりましたぁ」
 そう言いながら、号泣しました。
「こ、こんなダメダメだった僕を見捨てることなく……ほんとにもう……」
「あぁ、うん。よく頑張った。感動した」
 僕は、そう言いながら剣士くんを優しく抱きしめて上げたんですけど、そんな剣士くんの視線はさりげなくコンビニおもてなし本店の女性陣の方へ向いていたのを僕は見逃しませんでした。
 ……まぁ、させませんでしたけどね。

 で、ほどなくして剣士くんは駅馬車に乗って王都へ向かって帰って行きました。
 それくらいのお金は残っていたそうです。
 まぁ、本店で働いていた間は、朝昼晩と三食お店で食べさせて上げていましたしね。お金も浮きますよ、そりゃ。

 そして、そんな剣士くんと別れたクララは、今日もスアの使い魔の森の中にあるスアビールの作業所で元気に働いています。
 王都では迫害の対象だった彼女ですけど、スアの使い魔の森にいれば、みんな同族みたいなもんですからね。

 スアは、こんな希少な亜人を昔から積極的に保護していたんだよな……
 我が奥さんながらホントすごい人だなって思うわけです。
 僕がそう言うと、スアは首を左右に振りました。
「……全部を助けてない……助けることが出来る人だけしか、だもの」
 そう言うスアですけど、それでもすごいことだと思うんですけどね……
 そこで僕は言いました。
「じゃあ、今後は2人で一緒に一人でも多くの亜人の人達を助けていこう……って言っても、僕はあまり役に立たないかもだけどさ」
 僕がそう言うと、スアは嬉しそうに微笑みながら僕に抱きついてきました。
「……そう言ってくれるだけで、すごく嬉しいよ。ありがとう」
 スアはそう言いながら、何度も頷いていました。

 よっぽど嬉しかったらしくてですね、この夜のスアはとっても……おっと、ここからは黙秘です。


 と、まぁ……
 自己満足と言われればその通りですけど、少しでも冒険者の役に立てるように……少しでも希少な亜人達を救えるように……僕達は今日もこの辺境都市ガタコンベで頑張っているわけです、はい。

 その数日後、狩りから戻ってきたイエロがコンビニおもてなし本店に駆け込んできました。
「店長……スア様呼んでほしいでござる! 大至急で!」
「えぇ!? またかよぉ」
 ……問題のある冒険者も、まだまだ尽きない感じです、はい。

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