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戸締まり用心、火の用心 その3

 夜中にフと目を覚ますと、スアがリョータにミルクをあげていました。
 リョータを抱っこして、魔法袋の中に準備してあったほ乳瓶を手に持ってリョータの口にあてがっているんですけど、肝心なスアは目が開いているのか閉じているのかよくわからない表情のまま、がっくりうなだれた状態でベッドの上に座り込んでいるわけです、はい

 とにかく、一度寝始めると途中ではまず起きないスアだけに、こうしてリョータがミルクを欲しがる度に起きてミルクをあげているんだと思うと、すごく違和感がある一方で、本当にママしてるなぁ、と、感動しきりだったわけですはい。

 僕は、上半身を起こすと
「スア、今回は僕が変わってあげるから、君は寝ていなさい」
 そう言いながら、スアからリョータを預かりました。
 僕は、受け取ったリョータにミルクを飲ませてあげながらその顔を見つめていきました。
 
 なんかですね、もうすっごく一生懸命にほ乳瓶にむしゃぶりついているリョータです。
 見ていてほんと気持ちいい飲みっぷりなんですよね。

 ポフン

 ん?
 リョータにミルクをあげていると、なんか背中に感触が……
 肩越しに振り向いて見ると、寝ていないさいって言ったスアがですね、僕の背中に抱きついて寝息を立て始めていたんです。
 ……なんていいますか、そこで寝られたら僕も寝られないじゃないか、って思いはしたんですけど、まぁリョータがミルクを飲み終わるまでならいいかな、と思ったので、僕はしばらくスアをそのままにしておきました。

 その時でした。



「……邪魔!」



 なんかですね……いつも小声で話すスアが、いきなり一言怒鳴ったかと思うと、再び僕の背中に抱きついて寝息を立て始めました。

 ……い、今のって一体なんだったんでしょう……

 僕は、今のスアの行動が気にはなったものの、寝入っているスアを起こして聞き出すわけにもいかないし、例え今の状態のスアを起こして『さっきの「邪魔」って、なんだったの?』って聞いても、寝ぼけててよく覚えていないって言われるのが関の山だろうと思うわけです、はい。

 僕は、リョータにミルクを飲ませ終えると、使用済みのほ乳瓶を魔法袋に片付け、

 リョータをパラナミオの横に寝かしつけ
 今度は、僕の背中に抱きついて眠っているスアを抱きかかえ、リョータの隣へ寝かしつけていきました。

 その途中、スアがいきなり僕の首に抱きついてきて、むちゅ!っといった感じでキスをしてきました。
「……旦那様……エヘヘ……」
 と寝言を言っていたので、完全に寝ながらだったわけなんですけど……寝ながらキスして、こんなに嬉しそうな笑顔をされてしまうと、なんか嬉しいような、気恥ずかしいような……なんと言いますか、スアに愛されているのを実感しながら、この日の僕はスアに腕枕をして眠っていきました。

◇◇

 翌朝早くに、僕は街道のざわつきで目を覚ましました。
「……うん?」
 起き上がって耳を澄ますと……間違いありません、街道の方から大勢の人々の話し声が聞こえてきます。

 僕は服を着替えて街道の方へ向かっていきました。
 
「おぉ、ご主人殿ではござらぬか」
 そこには、イエロとセーテンの姿がありました。
 その周囲には、街の衛兵をやっている猿人達も大挙して集まっていて、他にも商店街組合の蟻人らの姿もあったわけです。

 そんな皆の眼前には、なんか10人くらいの男達が縄でグルグル巻きにされた状態で街道に転がされていました。

「なんかですな、ビアガーデンを片付けておりましたら、どこからか『邪魔』とかいう大声が聞こえたかと思うとですな、城門の方から突然この状態で降ってきたのでござるよ」
 そう言ったイエロは腕組みしたまましきりに首をひねっています。
「ホント、不思議キ」
 セーテンも、そう言いながら男達を見下ろしていたわけです。

 で

 僕はですね、この簀巻きの男達が何者なのかはわかりませんけど、一つ大きく引っかかる言葉があったんですよね……

そう『邪魔』って声

 イエロが聞いたこの声って、僕が昨晩スアから聞いたあの声だったんじゃないかって思うんですよね……となると、この簀巻き状態の男達も、スアが寝ぼけてやらかしたんじゃないかって思ったりもしたわけです。
 こりゃ、後でスアに確認しておこうとは思うけど……まぁ、スアは覚えてないだろうしなぁ。
 とはいえ、スアがやらかした可能性が高いだけに、何か手をうたなきゃとは思っていたんですよね。……この時点では。


 程なくして、僕の元にびっくりな情報がもたらされました。


 なんと、あの10人の男達……王都から通達書が出回っている闇の嬌声の一員だったそうなんですよ。
 
 なんでも、最近あちこちで話題になってる店がこの都市にあると聞いて、押し込み強盗に入ろうとしていたんだとか。
 で、夜中にこっそりと城門をよじ登ろうとしていたところでいきなり『邪魔』って声が聞こえたかと思うと、宙からロープが降ってきて全員縛り上げられ、そのままイエロ達がいた河原にまで吹き飛ばされたんだとか……

 その話を聞いて、僕は苦笑するしかなかったわけです。
 どう考えても、この闇の嬌声とかいうグループが狙ってたのって、僕の店としか思えないじゃないですか。

 おそらくですけど……スアはそんなこいつらの気配を察知して、魔法でこいつらをふん捕まえてくれたんじゃないかと思うわけです、はい。

 僕は、家に戻るとスアにそのことを聞いて見ました。
「スア、昨日の夜さ、リョータにミルクをあげてたあとで、『邪魔』って叫んだの、覚えてる?」
 そう聞く僕の前で、スアは腕組みをしていくと
「……は?」
 そう言って首をかしげていきました。
 はい、案の定「記憶にない、よ」だったわけです、はい。

◇◇

 で、ですね
 この闇の嬌声の一員逮捕の話題は瞬く間にリバティの街だけじゃなくて、ウリナコンベやその周辺国家にも広く知れ渡っていったわけです、はい。
 ほどなくして、辺境駐屯地の隊長のゴルアが部下を引き連れてガタコンベへやってきました。
「さすがイエロお姉様! こいつらを生け捕りにするなんてさすがですわ!」
 ゴルアは、そう言いながら瞳をハート型にしながらイエロを褒め称えていったわけです。
 イエロ的には
「簀巻き状態で降ってきたのを移動させただけでゴザルゆえ、拙者は特に何もしてはおらぬ」
 そう言ってたんだけど、ゴルアはその言葉を一切聞こうとはせずに、ひたすらイエロを褒め称え続けていたわけです、はい。

 ゴルアが言うにはですね、
 この闇の嬌声のメンバーって、現在は完全に潜伏しているため王都の衛兵騎士団も闇の嬌声の誰一人として身柄を確保出来ていなかったそうなんですよね。
 そんな時に、今回の闇の嬌声の一員を捕縛したってニュースが辺境から流れてきたもんですから、王都も騒然となっているそうなんですよね。

 ゴルアは、いまだに簀巻き状態のままの10人を荷馬車の荷台に載せると
「ではタクラ殿、自分達がこいつらを王都まで連行してまいります」
 そう言いながら馬へと乗り込んでいった。
 
 街を出る前に、コンビニおもてなしで弁当やパンといった食料品や飲み物なんかを多数購入していってくれました。
 まぁ、魔法袋にいれておけば腐らないので、長い道中でも安心なわけです、はい。
 王都までの長い道中、気をつけて……僕がそう思っているとですね、スアがおもむろに魔法陣を展開して、その魔法陣の中に出来上がったドアを開きました。
「……王都、よ」
 そう言うスアを前にして、ゴルア達辺境駐屯地の面々は皆びっくりしながら戸の向こうを見つめていきました。
 
「……ま、間違いない」
「……えぇ、王都ですね」
 ゴルアとメルア達はそう言うと、満面に笑みを浮かべながらスアにお礼を言おうとして集まっていったのですが、いまだに対人恐怖症の克服のための自主練習中のスアには、この人数はまだ荷が重かったみたいでして、すごい勢いで巨木の家へと逃げ帰ってしまいました。
「お礼は僕から言っておくから、早く行って来なよ」
 僕に即されて、ゴルア達は闇の嬌声の一員達を連れ、スアの転移ドアをくぐって王都へと向かっていきました。

 あとで聞いたんだけど、王都まで荷馬車で行くと数ヶ月かかるわけです。
 その護送の間に、闇の嬌声の他のメンバーがゴルア達が輸送している闇の嬌声のメンバーを取り返しにきたらちょっと厄介だな、と話題になっていたそうなんですよね……しかも、ゴルア達はその可能性がかなり高いとふんでいたらしいのです。

 そんな時にですね、その路程をスアがわずか数秒に短縮してくれたわけです。
 ほどなくして、闇の嬌声の面々を王都の衛兵局に引き渡して戻って来たゴルア達は、
「本当に助かりました。スア様にもくれぐれもよろしくお伝えください」
 僕に何度も念押ししながら辺境駐屯地へ戻って行きました。

 僕はその足で巨木の家へ戻ると、スアはリョータにミルクをあげていました。
 僕はスアに、
「ゴルア達がありがとうって伝えてくれって言ってたよ」
 そう伝えました。
 するとスアは、
「……内心ですごく困ってたから、してあげたの」
 そう言うと、リョータへ視線を戻していました。

 なんて言いますか……スアってば、さすがは伝説の魔法使いだな、ゴルアの心の中まで読めるなんて。
 僕はそんな感じで感心しきりだったんだけど、スアは首を左右に振り
「ゴルアは、表情に出るの、よ。すごくわかりやすい、の」
 そう言いながら苦笑していきました。
 ……そう言われて思い返してみると、確かにあのときのゴルアって、すごく困った顔をしていたような……


 と、まぁ、そんなわけで
 ガタコンベ周辺に潜んでいた闇の嬌声のメンバーっていうのは、こうして無事捕縛されたわけです、はい。
 ゴルアの話だと、奴らは王都で厳しい取り調べを受けているそうです。
 その結果、どんな話が聞き出せるのかまでは、僕もわかりはしませんけど、一つだけわかっているのはですね

「パパ、今日も家の中の警邏終わりました!」
 そう言って報告に来てくれるパラナミオがとっても良い子で、取っても可愛いってことです、はい。

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