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スアの使い魔の森 その1

 魔女魔法出版ツーシン教育部も予想以上に好調に推移しています。
 なんか、王都の魔法学校では、
「こっちの方がしっかり勉強出来そうだ」
 ってな具合で、なんか向こうを退学して、こっちに乗り換える魔法使いが結構な数出始めているんだとか。

 これに対して、上級魔法使いのお茶会倶楽部の皆様は
「所詮、落ちこぼれの詭弁でございましょう?」
 お~ほっほっほっほ
「むしろ、学校のレベルを下げていたゴミの処分が出来て清々しいですわ」
 お~ほっほっほっほ

 ってなことを、わざわざ魔女魔法出版の社員を呼びつけて、宣言したそうだ。

 僕の経験からして
 本当に気になってないのなら、わざわざ関係者を呼びつけてあれこれ言ったりしない。
 気になってるからこそ、言う。

 まぁ別にいいけどね
 魔女魔法出版ツーシン教育部の方は、本当に魔法学校を相手にしていないので
 何も言う気もないわけで、今は自前の教材の充実と、資格取得用の特別講座の準備で忙しいわけです。
「いやぁもう、正直、あの人達の相手してる時間が無駄で無駄でしょうが無いんですよ」
 状況報告にやってきたダンダリンダ、そう言って嬉しそうに笑ってます。
「ぶっちゃけ、ここに来て、スア様や、タクラ様と話をしてる方が楽しいし、有意義この上ありませんから」
 そう言って笑ってくれるダンダリンダだけど。

 こういう関係って、いつまでも続くもんじゃない、って
 まぁ、元の世界でイヤってほど経験してきてますしね。

 うれしくもあるけど、とりあえずは言葉半分で聞いておこうと思うわけです。

◇◇

 スアの巨木の家のプラントを使用して、味噌玉、砂糖玉、塩玉といった調味料の詰まった木の実の増産に成功し、コンビニおもてなしでの、弁当作成や、調味料販売をしているんだけど、

 このプラントで
 ことごとくコピーに失敗している品物があります。

 焼き肉のたれと、ビールです。

 特にビールの方は、
 僕がこの世界にやって来た際、街のみんなに振る舞って大好評だった物ですから、なんとかコピーしたいと持って頑張ってはいたんですけど、これがことごとく失敗したわけです

 焼き肉のたれの方も、ダメで、
 店で売っていた物を使用して試してみたんですけど、翌朝になっても実がなりません。

「……不思議だ、ね」
 さすがのスアも、これには腕組みして考え込むことしきりです。

 ただ
 味噌や塩がコピーできたんだし、出来ないのには何か理由があるはずだ……
 とは思うものの、スアですらわからない物が僕に簡単にわかるはずもなく……

 で、
 この2品に関しては、半ば諦めながら、他の品のコピーをあれこれ試し続けていたのですが

「……あれも、実がなってない、ね」
 朝、スアが指刺した先のプラント
 確かに実がなってなくて、コブの周囲に葉っぱしか茂っていません。

 ん~?
 あそこには何をいれたっけ……

 僕は、スアと一緒に昨夜の仕込みデータを見返して見ました。
 すると、そこには

『うま味調味料』の文字が……

 あぁ、あれか
 僕はあまり料理では使ってないんだけど、この世界の住人達には気に入られるかな、って思って試しに増産してみようと思ったんだけど、あらら、これ、ダメだったのかぁ……
 元いた世界で一番有名な「○じの素」じゃない商品を使ったのがダメだったのかな? うま味調味料も結構な種類出てるからなぁ……などと、あれこれ考えてたんですけど

 ……ん?
 ちょっとまてよ

 ここで僕はある疑問にぶつかりました。

 このうま味調味料って、昔でいうところの化学調味料ってので、
 自然界に存在しているうまみの成分を化学的に取りだして調味料にしているわけです、たしか……

 そう、『カガク的に』

 で

 スアのプラントってコピーするのに必要は成分や栄養分を根から、つまり大地から吸い上げて使用しているわけなんですよね ~ スア著「ゴブリンでもわかるプラント魔法」より ~

 ……ひょっとして
 プラントの木って、カガク的な処理を行って取り出した成分を、同じようにカガク的に処理して取り出すことが出来ないのかな?

 そりゃ、懐中電灯が光るだけでも、スアがあんだけカガクカガクって大騒ぎするくらいだし、十分考えられるよな、と思ったわけです 


 そういえば、プラントに使用したビールにも、酵母エキスっていう自然界には普通には存在しない成分が含まれてたもんなぁ……たしか。

 こう仮説した僕は
 焼き肉のタレは、添加物もうまみ調味料も使用していない自然食材オンリーな商品を
 ビールは、麦芽とホップだけで生成されている商品を

 それぞれ選んで、プラントに突っ込んで見ました。

 ちなみに、タレの方は冷凍保存していた物を使っています。
 ……このタレ、結構在庫が心許なくなっているんで、なんとかうまくいってほしいなぁ、


 そして翌朝です。

「……ふぁ!?」
 窓からプラントを見上げたスアが、びっくりしたような声をあげました。

 僕も慌てて見上げてみると、
 タレのプラントにも、ビールのプラントにも、しっかり玉の実がなっています!

 益虫である、牙目クモが収穫してくれた実を早速開けてみると、

 1つには焼き肉のタレが満載で
 1つにはビールがなみなみと入っていました。

 特に、ビールの方なんですけど、炭酸までしっかりコピーされてまして、実を割った瞬間にしゅわ~っと!
 すると
「ありゃりゃ? タクラぁ、なんか朝っぱらから良い匂いしてないか?」
 って、店の方に今日の納品にやって来ていた向かいの工房の店主・ルアがそそくさと駆け寄って来ました。

 ……ってか、すごい嗅覚だな。

 で、ルア
 取れたてで、まだ冷えてもないビールを、ビールの実から直接グイッと……
「っぷはぁ! タクラぁ!これだよこれ! このびいるってのやっぱ最高だなぁ!」
 半分で、たっぷり2リットルはあろうかというビールを、一気に飲み干したルアは、気持ちよさそうに天を仰いでいます。
 で、当然のようにもう半分の実にも手を伸ばし、ごっごっごっと……
 んでもって、
「っぷはぁ! か~!ったまんねぇ!」
 って、口の週を泡まみれにしながら、すっごいいい顔しています。

 この世界にCMとか流すことが出来るんだったら、ぜひとも採用したい、それほどいい笑顔でビールの実を飲み干したルア。

 うん
 酒飲みのルアがこんだけ気に入ってるってことは、味の方もばっちりってことで大丈夫そうだな。

 ただ、1つ問題なのが
 この実状態のビールをどうやって冷やすか。
 
 すでに地下の業務用大型冷蔵庫はイエロ達が狩ってくる食材パンパンだし……

 やっと増産の目処がたったビールの実を見ながら、僕が腕組みしながら考え込んでいると、
 スアがととと、と駆け寄って来て
「……何か役に立てる、の?」
 と、

 で、僕は、
「そうだなぁ……このビールの実を大量にヒヤしておける場所が、なんとか出来ないもんかと思ってさ……」
 そう言いながら頭をかいたんだけど、
 するとスア、フンフンと何やら考えていたかと思うと、おもむろに巨木の家に向かって詠唱を始めたかと思うと……
「……こっちこっち、ね」
 そう言いながら、家の中に僕を引っ張っていきます。
 はて……別になんの変哲も無い、いつもの僕とスアの愛の巣ですが……って思っていると、
 玄関の横の壁に、何やら扉がありまして……あれ? こんなとこにこんな扉、あったっけ?
 すると、スア、この扉を開けて、僕を手招きします。
 スアについていくと、この戸の先は、すぐに階段になってまして……なんか、すでに冷気が立ち上ってきます。
 で、スアと共に階段を降りていくと、なんか、かなり大きな地下空間にぶち当たりました。
 コンビニおもてなしの店舗面積くらいは楽にありそうな、割と広い空間なんですけど、その部屋全体がヒンヤリしています……うん、なんか部屋全体が冷蔵庫なみの冷たさになってる感じ。

 スアの説明だと
 ここは、巨木の家の根っこの1つなんだとか
「……根っこを、木の実の部屋の要領……で、部屋化してみた、の」
 と、スア。
 すごいな、スア。これ、「ゴブリンでもわかるプラント魔法」にも書かれてなかったぞ
「……うん、即興、よ」
 ……即興でこんな部屋を作ってしまう、僕の奥さんって……

 で、
 ここで疑問なのが、この冷気です。
 こんな広い空間をどうやって冷やしてるんだ?
 
 すると、スアは部屋の隅を指します。

 ん? 誰だあれ?

 スアが指さした先には、見慣れない女の子がなんか座ってます……いや、寝てる?
「……あの使い魔が、この部屋を冷やしてる、よ」
 スア、そう言うんですけど
 じゃあ、あの女の子って、スアの使い魔なんだ
「……うん、その1人、よ」
 
 そう言うスアと一緒にその女の子のところへ歩み寄ってみると、
 その女の子、ぱちっと目を覚ましました。
「……おひさしぶりですステル=アム。部屋の冷やし加減はこんなものでよろしくて?」
 そう言うと、スアに向かってにっこり微笑みます。
 で、スア
 それを受けて、僕の顔を見上げて「これくらいで大丈夫?」って顔をしてきます。

 んで、僕
 改めて部屋の状態を確認し、
「……そうだね、今のところこれで大丈夫だと思う。
 あとは、品物を入れても、この温度になるようにしてもらえたら助かるかな」
 そう言いながら、その女の子に向かってにっこり微笑みました。


 ちなみにその使い魔の女の子
 全身青いクリスタルみたいに透き通っていて、胸と腰のあたりに布みたいなものを巻き付けただけの簡素な服装で、近づくと、この子からすごい冷気が放出されているのがわかります。
「……この娘は、イエリィ。絶滅した雪山族の、生き残り、よ」
 スアがそう紹介してくれたんだけど

 ……え? 絶滅した?

 スアによると
 イエリィの種族・雪山族っていうのは、温厚で平和主義な種族だったそうなんだけど
 そこを奴隷商人達につけ込まれて乱獲され、今では純粋な雪山族は絶滅してしまったんだとか……

 ……なんていうか、どこの世界でも欲の皮の突っ張ってるヤツって、いるんだよなぁ

 で
 スアは、偶然出会った彼女を使い魔としてかくまっているんだとか。

「ステル=アム様のおかげで、私と、私の家族はこうして生きながらえることが出来ております。
 此度は、その旦那様のお役に立てると聞き、この上ない喜びを感じておりますわ」
 そう言いながら、イエリィは僕に向かって深々と頭をさげました。

「いえいえ、僕の方こそ、本当に助かります」
 そう言って、頭を下げ返す僕。

 家族ってことは、彼女以外にもかくまってる雪山族の人がいるんだ……
 僕がそう思っていると
「……いる、よ、いっぱい……使い魔の森、に」
 
 ……え? 何? 使い魔の森?
 そんなの持ってるの、スア?

「……行ってみる?」
 そう言い、僕を見上げるスア。

 その顔を見つめながら僕

 うん
 僕の奥さん……引き出しが多すぎるといいますか、奥が深すぎるといいますか……

 とりあえず僕は
 今日収穫したビールの実を、木の箱につめてここに運び込み、
 スアには、焼き肉のタレの実は、1回10個で十分なので
 ビールの実の増産体制をお願いし、

 さて、行ってみますか、使い魔の森。
「おでかけですか! 嬉しいです!」
 学校が休みのパラナミオも加えて、僕らはスアの書斎へ移動。

 すると、スア
 壁一面、びっしりと覆い尽くされている書物の中か1冊の本を手に取りました。

『使い魔の森』

 そう書かれた書物をスアが開いた。

……あ、あれ?
 次の瞬間、僕・スア・パラナミオは、見慣れない森の中に立っていました。
「ママ、ここどこですか?」
 ワクワクした様子で周囲を見回しているパラナミオ。
 そんなパラナミオに、スアはニッコリ笑って
「……ママの、使い魔の森、よ」
 そう言った。

 で

 その「ママの」ってのを言うときのスア、
 嬉しいような、照れくさいような、そんな照れっ照れな表情になってたのを、僕は見逃さなかったわけです……うん、ナイスな笑顔、頂きました!

しおり