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売り物がない!?

 異世界で営業を再開したコンビニおもてなしなんだけど、今のところ順調に売り上げを伸ばしている。

 朝と昼の弁当やパン類の売り上げは予想をかなり上回っていて、今まで一度も売れ残ったことががない……こんなこと、元のいた世界では一度もなかったよ。

 向かいの武器屋・ルアに頼んで製造してもらっている鉄製の農具や調理器具なんかも好調に売れ続けている。
 これは、たまたま店の不良在庫として倉庫の奥に眠っていたのを引っ張り出してみた結果なわけだけど、店の倉庫を占拠していた頃は「これ、資源ゴミで回収してもらおうかな……」なんて、結構本気で思ってた時期もあっただけに、よくぞ思いとどまった、あの時の僕、と、自分で自分を褒めてあげたいと思う。

 と、まぁ
 ここまでだと、言うことなしなんだけど

 すべてが順調ってわけではないんだよなぁ……

 開店からしばらくの間、コンビニおもてなしは朝の7時開店・夕方5時閉店で営業していたんだけど、2日前から昼の弁当類の販売が終わった時点で即閉店している。

 営業したいのは山々なんだけど……売る物がないんです。

 倉庫に入りきらず、居住スペースにまで押し寄せていたあの店舗4つ分はあった売れ残り在庫の山。
 あれがもうほぼなくなってしまっているわけです……そう言ってる自分が一番信じられてないんだけどね……


 この世界の価値観とか相場的な物がさっぱりわからなかった僕は、組合のエレエや市場のテイルスに協力してもらって、値付けの相談をさせてもらっていたので、値段を安くしすぎたというのは無いとは思うんだけど お客さん達の購入欲求が僕やエレエ達の想像をはるかに超えてたってことなんだろうなぁ……

 元の世界なら
 こんな時、発注伝票をファックスしとけば、明日にはトラックの運ちゃんが「はんこくださ~い」とか言いながらガンガン搬入してくれるんだけど……あぁ、便利に慣れてた自分っていうのを、すっごい実感しちゃうね……

 残り少なくなってきている在庫は、1日の販売数に制限を設けて店に出しているんだけど
 数が少なくなってきたもんだから、余計にお客さんの購買意欲を煽っちゃってるみたいで、店内の商品が、昼前にはすっからかんになっちゃって、弁当の出来上がりを待つしか無い、なんて日も出来ちゃってるわけで……これは店としてはかなりまずいというか……なんというか……


 そんな話を店内でしていると、向かいの武器屋のルアから思わぬ申し出があった。
「じゃあさ、この店の一角に、ウチの武器屋の販売コーナーおかせてくれないか?」

 なんでも、ルアの話だと
「タクラの店に納品してる農具やら調理器具やらの製作がおっつかなくってさ、今、店の販売スペースにまではみ出して作業してんだけど、いっそのこと店内全部を作業場にしちゃおうかと思ってさ。
 で、販売は、タクラの店に一任するっての、どう?」
 との計画なんだそうだが、ウチの店からの発注をこなすためにそこまでしてもらっていいのかなぁ、と思ったんだけど
「何言ってんだ、タクラの店からの注文だけで、去年1年分の売り上げ以上に儲かってんだぞ、ウチの店」
 そう言って、豪快に笑ったルア。

 ウチの店からの注文とか言うけど、注文初めてまだ1ヶ月もたってないよね?

 それって、僕からの注文がすっごい多かったってこと?
 それとも、ルアの店の去年の売り上げがすっごい少なかっ
「タクラ、なんか失礼なこと考えてないか?」
 いえ、何も
 何も考えてませんから、その剣を鞘に収めてください。お願いします。

 てなわけで
 この計画は早速実行することになった。

 昼食販売が一段落し、駐屯地へ納品に行って戻ると、
 今までルア製の農具や調理器具を販売していた店の一角が大幅に拡大されていて、その拡大されたスペースにルアお手製の剣や盾なんかの武具が売り物としてすでに陳列されていた。
 その一角の天井近くには、ちゃっかり『ルア武具店』って横長の看板が設置されてた。
 それに合わせて、ルアの武具店の内部でも突貫工事が行われていて、すでにショーケースとかが全部取っ払われ、その店の中全てが完全に作業場へと内装転換されていた。
 僕に気がついたルアが
「人も新しく雇う予定だしさ、ま、よろしく頼むぜ社長!」
 って、ニカッと笑うんだけど、

 ルアさん、知ってますか?
 このコンビニおもてなしって、元の世界では潰れる寸前だったんですよ?

 なんか、胃に穴が開きそうなほどにプレッシャーだよ。


 そんな僕の袖を、なんかスアが引っ張った。

 え? 何?

 怪訝そうに見つめ返す僕に、スアがなんか三角に折った紙を差し出した。
「胃の痛み……緩和……飲むといい……」
 
 どうやらこれ、この世界の胃薬らしい
「スアが調合してくれたのかい?」

 コクコク

 って……あ、そっか、さっき胃が痛いって言ったから……
 
 そんなスアの心遣いが、なんかすっごい心にしみたわけで。


◇◇

 スアも、わざわざ家を移動してまでして、来てるんだし
 それに、僕もこの世界で生きていくためにもお金を稼がなきゃならないわけだし。

 その夜僕は店の中を改めて見回した。

 とりあえず
 今、コンビニおもてなしで商品として安定的に販売できる目処がたっている商品って

 ・弁当やおにぎり
 ・パンやサンドイッチ
 ・農具や調理器具

 元の世界から持って来ていた在庫が枯渇した途端に、一気に減ったな、しかし……

 とりあえず、弁当置き場の横にある紙パック系の飲み物陳列用の棚は、もう使うこともないだろうし、ここは整理して弁当置き場を拡張しようと思う。
 弁当作成の際におかずとかを大目に作って、おかずだけの商品なんかを作っておくようにすれば、なんとかなるんじゃないかな?

 そのためには、市場での仕入をもっと頑張らないといけないな
 明日はいつもよりもう少し早めに市場に行ってみるか。

 あとスイーツなんかもなんとかしていきたいとは思ってるんだけど
 料理人が僕一人じゃあなぁ……
 とりあえず、閉店後に、この世界で手に入る材料で何が出来るか、もう一回試行錯誤してみるか……

 最近、忙しさにかまかけて、あれこれサボってた気がしないでもない……

 うん、改めて頑張らなきゃなって思った訳です。

◇◇

 翌朝、僕はいつもより2時間以上早くにズアーズ市場へと出かけていった。
「おや? タクラ、今朝はえらい早いな」
 って、馴染みのおっちゃん達が気さくに話しかけてくれる。
 そんなおっちゃん達に手を振りながら、僕は市場に並んでいる野菜や果物を買い込んでいった。

 この時間帯に来てみてわかったのが
 市場が開いて間もないこの時間帯は、思ってた以上に品数が多い
 それだけ、市場開店直後に売れていくってわけなんだけど、これも理由がわかった。

 街の繁華街で、夜遅くまで営業している店が、閉店後そのまま仕入に来ていたんだ。
 この人達は、閉店後にここで仕入をして帰宅して就寝。
 夕方頃に起き出して開店準備をしているらしい。

 元の世界では、
 そんな人々の生活リズムなんて考えたこともなかっただけに、なんかちょっと自分が1つ賢くなった? 的な感じだったわけで。

◇◇

 ルアに、薄い鉄板見たいな物をお椀状に・しかも超安くで出来ないか相談していたのだが

 思った以上に、これあっさり出来ちゃった。

 僕の世界で言うところのアルミみたいな材料を使って作ってくれたみたいなんだけど
「この材料ってさ、軽いけど、柔らかくてもろいから使い道がないってので有名でさ、入手は簡単なんだけど誰も欲しがらないもんだから、タダ同然で手に入るんだわ」
 ルアがそう笑いながら教えてくれたんだけど、僕としてはもうありがたやありがたやなわけで。 

 ただ、問題が1つ
 入れ物に合わせて蓋も作って貰ったんだけど、やっぱ金属同士のお椀と蓋だとどうしても隙間が出来ちゃうみたいで、中の汁なんかがすぐに漏れてしまう……

 どうしたもんかなぁ、って調理場で腕組みしていたら、
 何やらスアが、変な道具を持ってやって来た。
 なんか、カーペットの綿埃なんかを取る道具、コロコロローラーみたいな奴なんだけど
 スアは、それを手に持ち、魔法を唱えながらお椀の上を一撫でした。
 すると、お椀の上にかすかに光る膜みたいな物が出来てた。
 この膜が張られたお椀を逆さまにしてみたんだけど、中に入れてた水、一滴もこぼれなかった。

 何これ!? すごい!!

 この膜、同じ指で1分以内に5回つつけば消滅する仕組みらしい。
 これは、非常にありがたい

 なんか、僕、感動のあまりスアを抱きしめてしまった。

……やっべ、また頬にもみじまんじゅうが咲くのか!?

 って、思わず身構えちゃったんだけど
 意外にもスア、普通な感じで店の奥へと戻っていっちゃった。

……ま、まぁいいか

 とりあえず僕は、この容器用に豚汁を大量に作成し、入れてみた。
 さて、これをスアのローラーで蓋を……あれ? 僕が使ったんじゃ膜が出来ない……

 あ、そうか、なんか魔法を使うんだったか。

 僕は慌ててスアが出て行ったドアへと駆け寄った。
 すると、ドアを出てすぐのところに、スアがうずくまっていた。
「どうした、スア? 気分悪いのか?」
 そう言って、背中をさすってやりながら顔をのぞき込んだら

 なんかスアさん、真っ赤な顔してうつむいてた。


 ……まさかとは思うけど、さっき僕が抱きしめたせいで、照れてる?



 ばっち~ん


 

 この日
 初めて販売してみた豚汁は大盛況だった。
 こういう汁物なら弁当作成の合間に、火を鍋にかけておくだけで大量に作れるので、今後もやっていこうと思う。

 こうやって、売り物を1つ1つ作っていかなきゃなぁ……なんて考えてる僕に、イエロが
「ご主人殿、その頬はどうされたのです? なんか紅葉のような形に赤くなっておりませんか?」

 ……あ~、うん、なんていえばいいのかな

 そう考えながらスアへ視線を向けたんだけど、
 予想通り、スアはそっぽを向いていたわけで。

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