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水騒動と裸のお尻

 翌朝早く、僕は店の裏手に回って、水桶の中身を確認していた。

 元の世界にいた頃、店内へ水道水を供給してくれていた管が途中で切れていたため、店内での水の使用が不可能になっていた。
 ウチの店は、居住空間併設なので、当然風呂やトイレと言った生活用水の使用も出来なくなっていたのだが、さすがにこれでは困るというか、現在の主力商品である弁当の作成にも支障をきたしてしまう。

 そこで、商店街の中で水桶を売ってる店から大きな水桶を購入。
 その底の部分に穴を開けて、鉄の管でその穴と切れていたパイプをつないだんだ。

 ……そう言うと、なんか僕がすごく格好良く見えるんだけど、しがないコンビニ店長でしかない僕にそんな技術があるわけもなく。

 この作業は、向かいの武器屋の猫人(キャットピープル)・ルアにすべてお願いした。
 ついでに、排水管の先も、街の共同下水管へと接続してもらった。
 病気とかが蔓延しないように下水道だけは整備されていたので、正直助かった。

 この桶のおかげで、一度桶を一杯にしておけば、数日は水が持つはずだったんだが、僕がのぞき込んでいる水桶の中は綺麗に空っぽになっていた。


 これを説明するには、まだ日が昇る前の出来事から説明しなければならない。

 営業初日の激務をどうにか終えて眠りについた僕の耳に、妙な音が聞こえてきた。


 ジャー……ゴボゴボゴボ……

 ジャー……ゴボゴボゴボ……

 ジャー……ゴボゴボゴボ……

 ジャー……ゴボゴボゴボ……


 ちょっと待て……
 どう聞いてもこれ、トイレを流す音なんだか、何でもまたこんなに何度も何度も

 と、ここまで考えた僕の頭の中に

「カガク!」
 と連呼しながらトイレのレバーを押しまくっているある人物の顔がうかんだのだが

 飛び起き、半開きになっているトイレの戸をガバッと開けた僕の目の前には、
「……水が流れる……カガク、すごい……これ、どんな仕組み?」
 僕の頭に浮かんだとおりのスアが、水洗トイレが流れる様子を、目を輝かせながら見つめており、何度もレバーを押しては、水を流し、またレバーを押すと言う行為を続けていた。

 と、まぁここまでは僕の予想通り。

 1つ予想外の出来事だったのが、スアがトイレを終えた直後の姿で、レバーを押し続けていたこと。

 つまり、戸に向かって突き出されているスアのお尻は、見事にぺろ~んと……って、何凝視してんだ僕は!? いかんいかん。

 僕は、スアに気づかれないように、そっと戸を閉めると、そこでわざとらしく咳払いをした。
 その途端に、トイレの中ですごい音がした。
 ……おそらく、慌てて立ち上がったはずみで、足下まで下がってた下着に足をとられて……
 僕は、あえて平静を装いながら
「あ~、トイレ使いたいんだけど~、いいかなぁ?」
 って、声をかけたんだけど、若干わざとらしくなってたなぁ。
 少し時間が空いてから戸が開いたんだけど、予想通りスアは下着に足を取られてすっころんだらしく、壁に打ち付けたらしい顔を押さえながら
「……ご、めん……待たせた……」
 って、赤い顔をしながら出てきた。
 よっぽどひどくすっころんだらしく、トイレから出て行くスアは、足も引きずり、肩も押さえていた。

……なんか、もう、すっごい罪悪感の中、僕はとりあえずトイレに座って用を足すフリをした。

 で、まぁ、水を流しておかないと、格好がつかないよな、と思ってレバーを押したんだが

 ……あれ?

 何度レバーを回しても、水が全然出てこない。
 タンクを開けてみたら、見事に水が空になってた。


 そして冒頭に至るわけ。
 必死の思いで一杯にしておいた桶の中身が、スアの知的探究心INトイレのせいですべて下水管にさようならしていたわけです。

 とにかく、この桶を水で一杯にしておかないと、弁当もつくれないわけなので、僕は昨日、もう当分手にしたくないと心に誓ったばかりの金バケツを手に店の裏手に流れている川へと向かった。

 この川までは、距離はそうないんだけど、店から川面までは高低差が3mくらいあって、それを上り下りしなきゃならない。

 で

 この桶を一杯にするのに、50回近く往復したんだよな……イエロがいたら手伝ってもらったんだけど、ちょうど狩りにいってたわけで……まぁ、僕もまさかそんなに往復することになるなんて思いもしなかったもんだから、軽い気持ちで始めたのがあれだったんだけど。

 寝ているであろう2人を起こすのもあれだし、と思って、僕は決死の覚悟で川へと降りていった。

 そして30分

「……もう無理」
 桶に半分くらい水を入れたところで、僕は息切れと疲労のため、桶の側に座り込んだ。

 さすがにこれはきっついわぁ、と、年甲斐もなく涙目になっている僕に
「ご主人殿、どうされたのでござるか?」
 と、天使の声が聞こえてきた。イエロおはよう!

 僕の説明を聞いたイエロは
「そういうことでしたら、遠慮無く叩き起こしてくださればよろしかったものを!」
 気合い満々、すさまじい勢いで川と桶を往復してくれ、桶はみるみるいっぱいに

……あれ?

 なんか、水が入る度に、減っていってる気が……

 そんな僕の耳に

 
 ジャー……ゴボゴボゴボ……

 ジャー……ゴボゴボゴボ……

 ジャー……ゴボゴボゴボ……

 ジャー……ゴボゴボゴボ……


 と、悪魔の旋律が2階の方から聞こえてきた。
 スアさん!? まだ満足してなかったんですか!?

 僕はすさまじい勢いで階段を駆け上がり、またも半開きになっているトイレのドアを開けた。


 ここで、僕は大きな失敗を犯したわけで、


 前回スアは、お尻丸出しの状態でトイレの仕組みに夢中になっていたわけで……
 どうしてまた同じ状態になっているかも、と、思わなかったんだろう……

 トイレの戸を開けた僕は、またもスアの裸のお尻とご対面してしまった。

 そして、前回と決定的に違う点が1つ。

 スアは、その顔を真っ赤にしながら、戸を開けた僕の顔を見つめていた。
 ……まぁその、弁解の余地はどこにもないわけで



 ばちーん



 ……ひきこもりなのに、ひっぱたく力は結構なもんだ。
 と、僕は自分の左頬に綺麗に咲いた紅葉の手形に顔をしかめながら、販売用の弁当の作成を行っていた。

 スアとイエロには、
『トイレ使用時にはきちんと戸を閉め、鍵を閉めること』
 と、約束したのだが、スアは顔を真っ赤にしたままプルプル震えていた。
 こういうとき、どういった言葉をかけたらいいのか、さっぱり検討がつかない僕は、苦笑いするのがせいいっぱいだった。


 1階のレジ奥にある調理場で弁当作成を続けていると、不意にスアがやってきた。
 スアは料理もからっきしだったため、ここの作業も断念してたはずなんだけどって思ってたら、スアは僕の隣に寄ってくると、頬に向かって手をかざしていった。
 どうも、ヒーリング魔法をかけてくれたみたいで、僕の頬に綺麗に咲いていた紅葉の手形が消えていった。
「……やり過ぎ……た……ごめ……ん」
 スアは、顔を真っ赤にしながらそう言うと、そそくさと調理場から出て行った。

 何、あの可愛い生き物?

 僕には幼女趣味はなかったはずなんだが、今のスアなら……すいません、ちょっと暴走しました。

 っていうかまぁ、スアの生お尻を2度も見てしまったわけなんだし……いやはや

 なんて思いながら2階のトイレで大きい方の用を足していると
 いきなり目の前の戸が、鍵ごと引きちぎられた
「な、なんと? 立て付けが悪かったのではなく、ご主人殿が使用中でござったか!?」
 って、びっくりした表情のイエロが、引きちぎった戸を手に笑っている。

 っていうか、早く隠して! お願いだから!


 この後、トイレの約束事に
「使用前にノックする」
 を加えた。

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