第六十四話
つまり、これを作るためには、効果を発揮するのに必要な
そのうちの
まぁ複雑なものとなれば専門知識が大量にいるので、今の俺には無理だけど。
ともあれ、俺は魔石の加工に重点を置くことにしていた。
俺が気に入った本でもそうあったからだ。
魔石とは、魔力を内包しているが、つまりそれは魔力を取り込む作用があるということだ。
その作用に干渉し、特定の現象を引き起こさせようとするのが加工であり、それは魔法陣を刻む作業になる。著者はそこに気付き、延々と研究に明け暮れたそうだ。
だが、結局叶わなかった。
ただの一つのオリジナル
理由はいくつかあるが、もっとも大きい障害となったのがその魔法陣である。
魔法陣とは、本来魔法の発動の際に出現するものだ。
そして魔法とは、自身の魔力において世界法則に干渉し、捻じ曲げる行為。
つまり、魔法陣とはその干渉の仲介役と考えられる。
だからこそ魔法陣を魔石に刻むことで、魔石が特有の効果を持つようになるのだ。
「……だが、魔法陣は人によって異なる。それは魔石においても当てはめられる、か」
どういうことかというと、魔石にも個性があり、それぞれ発動させられる魔法陣の型が変わる、というものだ。
だが、発掘された
「発掘された道具の魔法陣は、共通の公式を定めているようだ。これを解明すれば何とかなるかもしれない……」
こそりと読み上げ、俺はため息をついた。
それがどれだけ大変なことなのかは、この本にたっぷりと記載されている。だが読むまでもない。
「それはつまり、魔道の法則を完全に理解してないと出来ない芸当だな」
それが答えだ。
著者もフェルマーの定理を解くより困難だ。特殊相対性理論でも構築できる頭脳がないと無理じゃないか。と何度も愚痴っている。
当然である。何せ連綿と続く魔法の歴史は、失われているものも多い。これは魔法が効率化されてきたという背景にある。より強力に、より手軽に、より多くの人に。
全ては魔族という脅威に対抗するための進化だったとは思う。そのせいで、根底は失われつつあるとしてもだ。
だが、俺にはその根底がある。
フィルニーアから継承された《魔導の真理》である。
これは魔法の知識の全てが理解できるアビリティで、フィルニーアが四百年という月日をかけて完成させたものだ。やっぱりフィルニーアは天才だと俺は思う。
ともあれ、これがあれば俺は魔法陣を幾らでも作成できるってワケだ。
まぁ勉強は必要になるけど。
後で魔法陣に関するテキストも手に入れないとな、と思いながら俺は早速簡単な
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――メイ――
久しぶりにすっきりした私は、自室でゆっくりしています。
お気に入りのお茶を入れて、クッキーを焼いて。上手に出来たのでご主人様にも差し入れしましょう。
さくっ、とクッキーを齧ると、しっかりした歯ごたえと甘さが広がっていきます。
やはり王都にある小麦粉は上質ですね。不純物がないので美味しくできます。他の調味料に関しても同じで、安定して美味しいものが出来るのが良いです。ちょっと騒がしいですけれど。
「くーん」
部屋に入ってきたのは、ポチです。
しっかり私が洗ってあげたので、ぴかぴかになりました。白い毛はふわふわになっていて、触れば天国にものぼるような触り心地です。
甘えた声ですり寄って来たので、クッキーが欲しいのだと思います。
でもポチって《神獣》だし、食べ物って要らなかったような……。
ともあれ、あげても問題はないので、私は一枚のクッキーを差し出しました。
ポチは喜んで尻尾を振り、クッキーを齧ります。とても美味しいのか、尻尾の振り幅が大きくなりました。ちょっと可愛いです。
「美味しい?」
「ぅわんっ」
うん、とても《神獣》とは思えませんね。ただの白いもふもふした子犬です。
「じゃあもう一枚あげるね」
そう言ってクッキーを差し出すと、ポチは早速齧りつきました。
こうして甘えることが許されるという幸せを知っているからです。
ついさっきまでお風呂場でご主人様に甘えさせてもらっていた私は特にそう感じています。
ご主人様は偉大な人です。
確かに見た目はまだ子供ですが、精神的な意味合いでいけば大人顔負けだと思います。それに強いですし、自分を磨くことも欠かしません。今も、自室にて
それにしてもご主人様の着眼点には毎度驚かされます。
まさか、オリジナルの
私も短い間ですがフィルニーア様から魔法を師事していただきましたし、その後はご主人様からご指導を戴いている身ですから、多少は魔法に関する知識もあります。だからこそ、どれだけそれが難しいことなのか知っています。
でも、きっとご主人様ならやってのけることでしょう。
だって、私のご主人様なんですもの。
「あーっ! またやっちまった!」
…………………………たぶん。
私はお茶を一口してから、差し入れすることにしました。
温かいお茶も良いですが、ここはミルクの方がいいかもしれませんね。少しお砂糖を入れて甘めにして、熱すぎないようにして。クッキーの他に何かパンを用意した方が良さそうです。
早速私は台所へ向かいました。
この屋敷の台所は本当に使いやすいです。
私はミルクを鍋にかけ、コトコトとゆっくり温めながら、キングダムベリージャムとパンをお皿に並べ、クッキーも添えました。
こうしてご主人様の何かの役に立てることは、私にとっては幸せなことです。
農奴だった頃はとても思えなかったことでしょう。
鼻歌を交えながら調理していると、ポチが階段を駆け下りてきました。不審に思った直後、何かの気配を感じ取ります。とても好意的とは思えない気配に、私は神経を尖らせました。
ご主人様は気付いていらっしゃるでしょうか。
「うおおおおおっ! また割れたっ!」
…………………………。
これは私がなんとかしないといけませんねっ!
火の始末をしてから、私は大剣を握って外に出ます。
気配を殺し、そっと玄関の門に身を隠して気配を探ります。
「……ここか」
堂々と門の前に立ったのは、アマンダさんでした。
その手には長剣が握られていて、しかも戦意に漲っています。どうやら再戦を申し入れるつもりなのでしょうか。仕方ありませんね。
「どちら様でしょう?」
私はふっと姿を見せて門の前に立ちはだかります。
気配を感じ取れなかったのでしょう、アマンダさんは驚いて一瞬のけ反りましたが、私と認識して、態度を取り戻します。いや、偉そうにしても腰が引けて内股になって小さくなったのは消せませんよ?
「……グラナダと同じクラスのアマンダだ。グラナダに用事があってきた」
「ご主人様は今お忙しいのですが、どのようなご用件ですか?」
「模擬戦の続きだ。今度は――本気でな」
野蛮な光を瞳に宿しながら、アマンダさんは長剣をちらつかせてきます。
果たしてそれで私が怯むと思っているのでしょうか。ちらりと話を聞いてましたが、本気でアホなのですね、この方は。
あきれ果てながらも、私は客人用の笑顔を浮かべます。
「申し訳ありませんが、ご主人様はお忙しいのです。そのようなご用件でしたらお引き取り願えますか?」
「……はっ。付き人風情が何を言うか。通せ」
「お断り申し上げます」
私はハッキリと拒否します。ですが、アマンダさんに引く素振りはありません。
「そうか、断るか。だったらこの場で切り伏せてでも押し通る!」
そう言ってアマンダさんは長剣を抜き、いきなり地面を蹴ってきます。
呼応して私も地面を蹴っていました。
ご主人様のクラスメイト、ということですが、仇を為すなら容赦はしません。
「……なっ!?」
私は大剣を背中から抜きながら接近し、自分の間合いに入る少し前からすくい上げるような動きで振り抜きます。
その速度はアマンダさんの予想を遥かに上回っていたようで、あっさりとアマンダさんは私の一撃を受けました。その身体で。
「どわっひゃあああああああああ――――――――――――っ!?」
ぱっかーん!
と景気の良い音がして、アマンダさんは殴り飛ばされていきます。
方角的には大通りの方ですかね? まぁ死ぬことはないでしょう。別に斬ったわけでもないですし、手応えからして衝撃は綺麗に貫通していましたし。
着地に失敗しなければ、ですけれど。
ああ、お夜食の準備を再開しなければ。
私はさっさと忘れ、屋敷へと戻りました。