第三十八話
「来ますっ。全員配置についてくださいっ!」
白い三角の魔物が、吸盤つきの腕を振り上げるのと、アイラさんが叫ぶのはほぼ同時。
その、マストほどもあるへらのような腕が振り下ろされようとするのを阻止せんと、突き出されるいくつもの銛。
だが、とにかく大きさが違いすぎる。
その腕は、全く抵抗を受けた様子もなく、甲板へと突き刺さりめり込み、銛を吹き飛ばして。
バスンッ!!
勢いよく、破裂する。
途端、飛び散り甲板を暴れるのは、大量の水だった。
甲板に接触したことにより砂埃と、水しぶきが、一瞬にしておれっちの視界を奪う。
(……んっ!?)
その時、水の中から白い、水以外の何かが飛び出してきたように見えたが。
しかしすぐに、目を凝らしていられる状況ではないことを理解する。
溢れ出た水が、魔物が乗り上げたことによる海水が、こちらに迫ってきているのだ。
人にとっては胴がつからない程度でも、おれっちにとっては大波にも等しいそれ。
「みゃっ!」
声を上げ転がるようにして逃げようとしたが、しかしあっという間にぬれ猫になる。
そのまま海水を飲んで溺れそうになった所で、おれっちの身体はふあっと持ち上げられた。
当然のごとく、それはごしゅじんの手のひらで。
「おしゃ……平気?」
「ああ、ありがとう。助かったよ」
感謝の意を小声で返し、ふるふるさせて水気を飛ばす。
ごしゅじんは、それに意を介した様子もなく、おれっちをいつもの定位置に導いて。
「何か……分かった?」
「分かったような、そうでないような。とにかくあいつをなんとかしないと」
「……うん」
現時点で、是非ともごしゅじんの耳に入れなければ、と言う話題もない。
それよりも第二撃を放とうとしている、白い魔物をどうにかするのが先決だろう。
ごしゅじんはそんな意思に応えるように、駆け出していって。
「……【フレア・ビット】っ!!」
瞬間響き渡ったのは、『火(カムラル)』の魔力を秘めた魔法の文言。
それは、ごしゅじんのものではなかった。
別の誰か、ジストナちゃんだろうか。
刹那生まれ放たれたそれは、炎色連なる楕円を作り出し、魔物に着弾する。
すると、これといった抵抗の素振りすらなく。
直撃を受けた白い三角頭の魔物は大きな破裂音を立て、海水を撒き散らす。
(これは、なんて言うか……)
あまりにも、手応えがなさすぎる。
もしかしたら、この船を襲うためにやってきたわけではなかったのだろうか?
いや、実際甲板は叩いていたけどさ。
案の定それを証明するみたいに、白い魔物は割れた風船のごとく、抜ける海水に押されるようにして螺旋を描き吹き飛び、その身体を縮めながら海の向こうへと消えていってしまう。
それは、言葉失ってもおかしくない、おれっちの常識ではありえない魔物の最期。
(森で見た魔物といい、やはり、つくりものか?)
こんな結論に至るも、驚くべきことはその点ではない。
この世界に暮らす誰もが、それを当たり前のものとして見ている、ということの方が驚きだった。
もしかしたら、動物やおれっちたち魔精霊に近いような、生き物めいた魔物たちは、この世界にいないかもしれない。
あの、つくりものに魔力を与え動かしているようなものが、この世界の魔物の普通だとしたら。
なんらかの目的があって、何者かがあの作り物めいた魔物たちを動かしているということになる。
その人物が海の魔女だとして、目的は何だろう?
それは、よくよく考えればすぐさま答えが出るだろうもののはずであったが。
「ギルド長! 新たに多数の魔物の姿を確認しました! 囲まれています!」
「っ、引き返します! 急いでくださいっ!」
そんな切羽詰った、船員の女性とアイラさんのやり取りにより、事態が急転していることを知る。
船の先端まで、ごしゅじんが駆け寄ることにより見えたのは、進行方向の左右にずらりと並ぶ、海洋生物を模した、巨大な魔物たちの姿。
それはまるで、この船の航路を示し形作っているかのようで。
「駄目ですっ、既に後方は塞がれてしまっています!」
「でしたら迎撃します! 一点突破して……っ」
まさしく進むべき道は、一つしかなくなってしまったらしい。
それはすなわち、この船の目的の場所。
勢い込んで続く指示を与えんとするアイラさんの、しかしその言葉を止めたのはウェルノさんだった。
「待ってアイラ、あの魔物たちにはこちらを害する意思はなさそうよ」
「何ですって? それでは何故……」
「案内してくれるってことなんじゃないかしら。海の魔女さんからの、招待状ね」
「成る程。ならば進みましょうか。進路が示されているのならば、これほど楽なこともないですし」
なんだか、やっぱりよく似ている気がする二人がそうまとめて。
船は、色とりどりな海洋生物によって作られた道を進んでゆく……。
(第三十九話につづく)