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第十一話




 「……参加するしないじゃないんだ。この依頼に使われる船は、レヨンの港にとって久しぶりの航海になるし、この件が解決するまでは、それ以外の船も出ない。つまり、『海の魔女』に会うためには、その理由はどうあれこの依頼に参加する以外にはないのさ」


 ごしゅじんの剣幕(本人には全くその自覚がないのがミソ)に、驚いているというかおろおろしている風だったレンちゃんを脇目に。

 おそらく、無自覚に周りを威圧してしまうごしゅじんと、同じタイプなのだろう。
 キィエちゃんが、そこはかとなくトゲのある言い方でそうまくしたてた。


「まぁ、空を飛べればあんまり関係ないけど」
「そこ、揚げ足取らない」
「このいらいに参加する以外にない、キリっ。……ぷぷっ、きーちゃんかっこいい」
「ば、馬鹿にしてぇ~っ」


 冗談、あるいは本気か。
 はばたく仕草をして見せた後、キィエちゃんの真似をしてからかうジストナちゃんに、いがいがと暴れだすキィエちゃん。


 ついさっきまでのあからさまな緊張感はもうそこにはなく。
 おいかけっこのじゃれないを始める二人に、やれやれと柔らかく苦笑しているレンちゃん。
その、霧散した緊張感に、ごしゅじんは肩透かしをくったみたいにぽかんとしているのが分かって。


 「……っ?」

 おれっちが、ごしゅじんの背中から微弱な魔力を感じ取ったのはその瞬間だった。
 すかさずおれっちは、その矮小な肉体を生かし、するりとごしゅじんの道具袋の中に入り込んだ。

 すると案の定、再び明滅を始めていたヨースの本。
 袋の中の薄暗がりの中、巧みに前足を使いページを開くと。

 やはり更新されている。
 新たなヨース自筆の文字が増えていた。

 その、主に新しく増えた部分を示すとこんな感じだ。


 《 『海の魔女』討伐に参加する→獲得星数、未定……否、参加しなくては男ではない
   参加しない→拗ねたヨースに二度と会えないでしょう…… 》
 
 
 
 (これは……)
 
 先ほどまでの機械的な文章はどこへやら。
 私情のたっぷり入ったそれ。
 だがしかし、まさしく同じ人を愛するものとしての同調というか、心の双子にも等しい感覚を、ヨースに覚える。
 おれっちとしては、今ここに記された彼の心情が手に取るように分かってしまった。

 
 ……全く、一体どこでおれっちたちの会話を聞いているのやら。
 おれっちは一つ笑みを零し、袋の中から出て、再びごしゅじんの肩の上に戻ると、思い切り心の丈を叫んだ。


 「みゃお、みゃお、みゃお~んっ!」
 
 肯定、賛成、絶賛支持。
 参加、参加、絶対参加。
 直訳すれば、そんなところだろうか。
 当然、ごしゅじんには予めその意味は伝えてある。
 ちなみに否定は『ふかーっ』だ。
 
 「わわ、何、どうしたの?」
 
 だが、ごしゅじんより先に驚きの反応を見せたのはレンちゃんだった。
 まぁ、それも仕方ないのだろう。

 まさしく、ごしゅじんの一部、付属品のように気配を消しつつ、相手の話をちゃっかり耳にし黙考するのも、おれっちにとってみればお手の物だったからだ。

 
 「……その依頼に参加します、って言ってます」
 
 ちょっぴりトーンの下がった、腕に抱かれていたのならまたしてもきゅっと締められていたであろうごしゅじんの呟き。
 
 理由は単純。
 女性限定の依頼。
 ヨースならば、女装してでも食いつかないはずはないと。
 自筆のそれを見なくともごしゅじんは気付いたからだ。
 
 そして、是が非でも参加したいのはおれっちも同じだ。
 そんな邪魔もの一人いない楽園を、おれっちが見逃すはずがないだろう?

 その依頼は女性限定とのことだが、おれっちは愛玩動物の紳士であるからして、除外の対象には入っていないはず。
 そこには、そんな楽観的な思考も確かにあったわけだが。


 「ティカさん、猫ちゃんの言葉分かるんだ」
 「うん」
 
 心なしか、羨望の感じられるレンちゃんの言葉に、自信満々なごしゅじんの一言。
 そんな所だけ大きくなる態度とか、実に微笑ましい。
 
 
 「そっか。それじゃあよろしくね」
 
 それが、レンちゃんにも伝わったらしい。
 
 曇りのないその笑顔は、ごしゅじんのそれにも負けていなかっただろう……。


           (第12話につづく)






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