03
設計の際、レゾンは平等な生活環境などという理想を真っ先に捨て去った。高所の地下という限られた空間の中で、多くの人間を収容するためにはどうしても上下に階層を作らなければならない。
人類の存続を求めるならば、必要なのは生活の質ではなく人間の量である。もっとも守られた下層に重要機関を集中させ、中・上層に「保険」のように大多数の人間を住まわせる──冷徹に下した判断を、レゾンは今でも覚えている。
それをもう一度行えるか、と自問している時間はない。
「警察機関に動いてもらうしかないな」
萩原の声には焦りがあった。
外壁を隠すように広がる森林は、それほど幅が広くない。閉鎖的に見える地下空間をなんとかごまかすためのもので、広さを必要としたわけではないからだ。
森を挟んではいるが、ペストと住宅地の間には実際一キロの距離もない。
「周囲十地区に避難命令を出せ。レゾン、ヴィオレはどこだ?」
ヴィオレ。その名を聞いた瞬間、電脳にノイズが走る。
ノイズは接続されているアウトプット装置にも反映され、イヤフォンから雑音が聞こえたらしい萩原から訝しげに声をかけられた。
「レゾン?」
「ヴィオレは──今は不安定だ」
なにも、こんなタイミングで。
レゾンは愕然とした。ついさっき自分が吐き出した懺悔さえなければ、ヴィオレはためらいなく出撃命令に応じただろう。けれど、今のヴィオレはあまりに弱すぎる。
ペストと戦う理由がない。浅間を守る意味がない。
そこまで考えてもおかしくないことを、レゾンはした。知る必要のない事実を教えてしまったのだ。ただ、自分の過ちを軽くしたいがために。
自分が罪悪感に負けなければ──エラーを巻き起こす思考が、消去を繰り返してもとめどなく溢れてくる。
「不安定? 今はそんなことを言っている場合じゃない」
「しかし」
「他のハイジアの到着を待つ余裕を作れたとしても、中層へ送り込むのは最後の手段だ。周辺への害をもっとも抑えられるのはヴィオレだろう」
萩原の言葉は正しい。遠方から一方的にペストを攻撃するハイジアたちの能力は、浅間内部で戦うのに向いていない。周囲に障害物が多すぎるし、それらを無視して戦っても浅間全体に支障が出る。
浅間の持つ物資が限られている以上、施設の損傷リスクは最小限に抑えるべきである。そのためには、ヴィオレの能力が必要になる。
「──私がなんとかする。一般住民の避難に集中してくれ」
レゾンが言うと、萩原はわずかに黙考したあとマイクを切った。
了承の意と受け取り、レゾンはヴィオレの映るカメラに意識を向ける。
なんとかする、とは言ったものの、レゾンにはヴィオレへ差し出す手がない。ヴィオレへ近づく足も、それどころか、かける言葉すら分からない。
結局、ヒトの手を借りるしか術を持っていないのだ。
その男がいる部屋のスピーカーへアクセスするのは、人工知能といえども少し覚悟が必要だった。
「ドクター・御堂。話がある」
レゾンは、同じ罪を背負った青年へ五年ぶりに声をかけた。