バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

暗 影.3


「――…お客様は、いかがなさいますか?」

「うん。そうだな……(時間、過ぎちゃったから、空腹もあまり気にならないけど…。やっぱり、食べられる時に食べとかないとな)――めんどうだから同じでいい。でも、飲み物は――…」

 矛先を向けられたセレグレーシュが思案しながら応じていると、正面から遠慮のない指摘が下された。

〔主体性がないのね〕

「……ワインじゃなく、湯冷ましで…。熱い(ホットの)ままでもいいので――(()でこれなのかな。それともオレ、(ため)されてる?)」

〔わたしには、あとでアイスティーをちょうだい。茶葉はミロクね〕

「ミロク茶はある?」

「あいにく、そちらは滅多に手に入りませんので――。時季(じき)によっては、入れることもあるのですが……。本日のところは勘弁(かんべん)していただけると……」

時季()があるの? 家ではいつも出してくれるわよ?〕

「……。食事の終わりまぎわに、なんでもいいから、さっぱりした味わいの茶をアイスで、こっちの人に――…」

 🌐🌐🌐

 手間も多かったが、どちらかというと不平不満とあらぬ懸念(けねん)――同行者が次になにを言いだすかわからない……そんな現状に呼び起こされる心労が大きかったのだろう。

 その街を後にするとセレグレーシュは、いくらか元気を取りもどした。

 郊外を移動していれば、連れの女性が慣れない動きをみせても、他人の目と耳、反応を気にする必要はない。
 行きずりの目がないわけでもないが、だいたいにおいて目撃する可能性が高いのは彼だけになる。

 変わった色彩特徴からそこにいるだけでも他人(ひと)の目をひくが、セレグレーシュは目立つのが好きではなかった。

 あまり良い思い出がないので、まわりの注意をひくと自分で(わざわ)いを手招きしているような、そんな焦燥(しょうそう)にかられるのだ。

 連れの女性は大金を所持(しょじ)しているようだったし、《法具》を転売すれば結構な富に化けるので、未熟な法印使いや商人は窃盗(せっとう)にねらわれやすいとも聞いている。

 彼女が例の種族であることを知られるのも、できれば避けたかった。

 闇人が一般人との関わりを断って久しいこちらでは、恐れより欲や好奇心が先になるのか……。その力を求める奇特者(きとくしゃ)というのも少なからずあるのだ。

 無知な闇人を利用しようと近づいてくる人間がいると、面倒だ。
 こういった状況にあっては、たとえ同業者であろうとも。稜威祇(いつぎ)獲得(かくとく)希求(ききゅう)する法印士の(たぐい)とは関わりたくなかった。

 家を出るにさいは、フードをかぶってゆくか…――(天候(てんこう)や季節によってはあり得るが、このあたりでは一般的でないので逆の意味で目だつ――)、ひらき直って堂々と(青い)頭をさらしてゆくかの選択でも迷ったのだ(彼のなかに、染めるとかカツラをかぶるという選択肢(せんたくし)はない)。

 とにもかくにも円滑(えんかつ)に試験をやり過ごしたいセレグレーシュとしては、そういった紆余曲折(うよきょくせつ)は、不要な禍事(まがごと)でしかない。

 彼ひとりが気をつけるだけでは、余人(よじん)の目を(くら)まそうにも限界がある。着眼(ちゃくがん)を変えれば、人の目を()けて野宿(のじゅく)するのも悪くない判断のような気がしてくる。

 問題の連れはというと、セレグレーシュが手綱牽(たづなび)く馬にゆられながら、ほくほくと、ホイップクリームがトッピングされた菓子をかじっている。

 購入したうちのひとつは、(ひざ)の上に置かれた小袋の中だ。

 ご相伴(しょうばん)(を)(さそ)われることもなかった。

 別に食べたいとも思わなかった――(なかばは強がり。自分からは手を出そうとしない部類なだけで、興味はある)が、連れとなった彼と分けあう目的でその数を求めたわけではないらしい。

 暢気(のんき)なものである。

 彼女とは、短くてもひと月半ほど…――長くなれば、ふた月あまり行動を共にすることになるので、セレグレーシュには、うまくやっていかなくてはという思いがあった。

〔一般に街で流通しているのは、水晶環(シリカ・トーラス)までと思っていい。街によっては水晶貨(シリカ)でも珍しかったりするけど……〕

 セレグレーシュは馬を進めながら説明をはじめた。

〔銀貨から上は、裕福層が贔屓(ひいき)する店とか、両替商、高利貸し、金持ち。大量に高価な商品をさばく種類の業者、あと《法の家()》関係の(ふところ)に見かけるくらいで……。
 一般に、そこまで値がはるものは少ないから、使うならくずした方が便利だ。
 両替商に行けば、物でも金でも、望むかたちに替えてくれる。
 利鞘(りざや)(を)とられるし、場所や相場によっては、かなり損するから注意しなきゃならないけど、そのあたりの主流に変えてしまったほうが安全だよ〕

 貴金属や原石、衣類や日用品などによる物々交換もあたりまえのようにするが――(土地柄や品物によっては金銭より喜ばれる)、この大陸の西には、共通する交易目的の通貨が存在する。

 国や自治体が独自に発行するものもあるので、地域によって使用頻度や相場がかなり違ってくるのだが、いま彼らが主として携えている種類のものは《法貨(ほうか)》と呼ばれ、法の家組織の(~その~)活動圏なら、おおむね通用するものだ。

 《法貨》は《法印》がらみの仕事や商売で、それなりに使われるが、《法具》でもあり、製造元がほぼ限定されていることから、利用頻度(ひんど)そのものがさほど高くない。
 流通比率で見れば、市場の一割にも満たないレベルだ。

 その異常なまでの純度と特性、利用手段をもとに宝物や御守りあつかいもされ、時には国や裕福者の金庫で眠りがちにもなるので、市井における普及率は、さらに低くなる。

 主に素材の価値感と法具としての有用性を基準としているその通貨には、《()》と、その主成分が一〇倍の中央に穴が空いている《(かん)(表現の仕方には《わ》もある※)》が存在する。
 【※ 例/《銅の環》として、そのまま《どうのわ》とも呼ぶ】

 小銭の《貨》から《(かん)》には、《貨》が一〇枚でくりあがり、《(かん)》から次の段階へは、五〇枚でくりあがる。

 貨幣の分類は安価(あんか)な方から、

 銅貨、銅環(どうかん)
 水晶貨(すいしょうか)水晶環(すいしょうかん)
 銀貨、銀環(ぎんかん)
 金貨、金環(きんかん)……。

 それぞれ素材のままに、カッパー、シリカ(言いまわしや土地によっては、クリスタルやクォーツ、ガラス)、シルバー、ゴールドとも呼び習わし、数量を現わす単位はどれも花びら感覚の《(ひら)》になる(法具利用すれば、(ぜに)も舞い飛ぶよ( ´艸`))。

 この上に、《金の()》五〇枚にあたいする純金の真球(しんきゅう)――…

 純金のやわらかさを備えながらも軽量で、()げることもなければ(やす)く変形もしないが、その形状ゆえに心力の梃子(てこ)入れがなくば安定が悪く、通常は個別にとり(はず)し可能な石英(シリカ)合金の器物(ケース)に固定されて、(プラス)水晶環(すいしょうかん)二五枚もしくは、下支え(台座)のみの、水晶環十二枚と水晶貨五枚が上乗せされたかたちで取引されがちな…――《(ぎょく)》という単位が存在するが、

 数が限られ、主に《法の家》相手の大きな取引でもないかぎり金庫に眠っている性質のものである(上位単位が存在する銅と水晶、銀に、この単位は存在しない/単位は《(ひら)》ではなく、《(きゅう)》や《()》になる)。

 材料の質量や見た目に(はん)して軽いとはいえ、この種類の通貨の運び勝手の微妙さは、独自の所持・活用手段をそなえる《(しず)め》や《法印士》が多用したことで広まった金銭単位であるがゆえである――(昨今は〝さざれ〟サイズに縮小も可能/むろん、要・心力投資)。

 これに対し、この形で製造されている《法貨》以外のもの……
 ――法具たり()ない外部で製造された同形状の類似品は、地域による純度・価値・意匠(デザイン)・色調の差異、技術的な理由による生産量の推移・いびつさがある中にも、総じて《模倣法貨(もほうほうか)》――通称《倣貨(ほうか)》《倣環(ほうかん)》《イミテーション》などと呼ばれ、都市によっては市場(しじょう)の八割を占めることもある。

 併合(へいごう)されてから割合が低下し、いまでは六割程度におちているが、《摸倣法貨(もほうほうか)》が流通している代表例としてよく挙げられるのが、彼らがいま後にしてきた都市。リーデン・シュルトである。

しおり