二十六話 彼のやり方
ひたひた ひたひた。
子供は走る、ひたすらに。
なにも纏っていない足を汚しながら進むその子供は、ある一箇所で躓きド派手に転んだ。手にしていた玩具たちがころころと地面をころがる様がなぜだか虚しい。
軽く呻き、体を起こした子供は、せっせと落ちた玩具を拾う。そうしてまた駆け出そうとするその姿は、まるで操り人形のよう。
ビビは建物の陰に隠れながら、子供の進む先に視線を向けた。薄暗い闇が続くそこは、路地裏。行き止まりはここからは見えないが、そう遠くはないだろう。
「……隠し通路、ってとこですかね」
一人呟き、子供を追う。
気づかれないように細心の注意を払いながら進めば、ある一箇所で子供が消えた。気配はあるのにそこにはいないそれに、ビビは沈黙。顔に着けた仮面を僅かにあげる。
「魔法? 魔導? んー、僕そっち系詳しくないから困るんですよねぇ……ってか、なるほど。だからあのぬいぐるみくんとの合同任務なんですね、ご主人様」
主人の企みを理解したところで、困り果てる。
件のぬいぐるみくんは置いてきた。きっと奴の性格では追ってくるということはしないだろう。つまりそれはこの場で進むことが出来ないということを示している。なんということか。後であのぬいぐるみは絞めよう。
心に誓ったビビは手中でくるりと刀を回すと、それを何も無い空間に突きつけた。が、切ったのは空気だけ。何か別のものを切った感触は得られない。
「……困りましたねぇ」
ここまで来て成果なし。それは仕事人の自分的には許し難いことである。
さてどうするか。悩むビビの背後、足音が聞こえた。振り返れば、白衣をまとう、痩せ型の男が、ぶつくさと何かを言っている。
焦点の定まらぬ瞳。開けっ放しの口から垂れる涎。痩せすぎの体。片手に持たれたアイスピック──。
「……狂人ですかね?」
狂い人と書いて狂人。狂気に触れ、SAN値チェックに失敗したものの成れの果て。
ビビは刀を握り、男を見た。男は依然なにかを呟きながら、アイスピックを構え、駆けてくる。
振るわれたアイスピックの先を避け、男の、凶器を掴む手を蹴り飛ばし、顔面をわし掴んだ。その際手のひらに涎が僅かばかり付着してしまったことに顔を歪めつつ思い切り男を地面に叩きつければ、軽く地面の塗装が剥がれ、男の後頭部は地の中へ。頭蓋骨にヒビでも入ったのか、頭部から血を流すそれを見ながら、ビビは笑う。
「案内してもらいましょーか、おじさん」
全ては主に褒めてもらうため。
なんだって利用しよう。それが自分のやり方なのだから……。