十八話 謎に包まれた事柄と
婚約者、婚約者、婚約者……。
婚約者というと、あれだ、婚約を交わした者のことを言うはずだ。
つまり、あの無愛想な男と母が結婚……?
愛すべき母と、素知らぬ人間が、結婚……?
「……断じて許せません」
強く告げるメニーに、メーラが同意するように頷いた。それに笑みをこぼすのは、影から出てきたアルベルトだ。彼は二人のそばで頭の上に乗ったマリンキャップの位置を正すと、「許す許さないはともかく事実です」と吐き捨てた。
二人の睨みもなんのその。彼は朗らかに微笑んでいる。
つくづく思うがアルベルト、なかなかにいい性格だ。
「……アルベルトさんは、オカーサンの結婚を良しとするんですね」
「善し悪しはともかく、主様が幸せなら僕はそれで良いと思います。何も知り得ず個人的観点のみで相手をダメだと認識し、拒絶するのは早計かと。リックさんはあれで処刑人の長。貴族の出。イケメンの三拍子が揃っています。実力も金も顔も思いのままの男性です。主様に釣り合うか釣り合わないかでいえば釣り合う部類に入るかと」
「そんなこと聞きたくありません」
柔らかな笑みを続けるメニーが、不貞腐れたように唇を尖らせた。まるで子供のような表情でぷっくりと頬を膨らませる姿は、こう言ってはなんだが非常に顔に似合っていると思われる。
「……お前、そういう顔もできるのね」
メーラがポツリと一言。
「メニーさん。そっちの方が表情豊かで素敵だと思います」
アルベルトも笑顔で褒めを口にした。
「おや? お揃いで何をしているのかな」
と、会話をしていたら人がやって来た。この話し方と声には覚えがあるぞと振り返れば、そこに居たのは赤毛のじょせ──男、オルラッドと、不満げな顔のビビ。珍しい組み合わせに若干引いたメーラをよそ、メニーとアルベルトは柔らかな笑みを浮かべて二人に一礼。挨拶を口にする。
「「こんにちは」」
「はい、こんにちは」
オルラッドが笑顔で挨拶を返した。
「こんな所で集って、一体何をしていたんだい?」
「評価してました。リックさんを」
「うん?」
「主様の婚約者として相応しいかどうかの話し合いですよ」
にっこにっこと返したアルベルトに、そういうことかとオルラッドは苦笑。隣で「僕は相応しくないに一票」と、早速票を入れているビビを見てさらに苦く笑いをこぼす。
ここの者は主様至上主義が多いため認められるのは難しいだろうなぁ。
なんて考えながら、オルラッドはビビを小突いた。
「オルラッドさんはどう思います? あの澄ました仮面男がオカーサンに相応しいと思いますか?」
「ええ……俺に聞くか……」
「この中で一番まともそうなので」
メニーの一言に全員が全員首を横に振った。どうやらオルラッドはまともではないようだ。
なにか言いたげなオルラッドをよそ、メーラが「コイツがある意味一番危険なのよね」とこそりと告げる。それにアルベルトもビビも頷き、三者の意見が合致した。オルラッドは苦笑している。
「へー、オルラッドさんまともそうに見えてそうじゃないんですね」
新たな事実を知ったと頷いたメニーに、ビビがオルラッドを指さしながら顔を顰めて一言。
「これがまともなら僕だってまともですよ」
「いやビビは違うだろ」
「あなたに言われたくないです」
「張り合うな」
メーラの一喝に二人は止まった。
「それはそうと、オルラッド。ビビも。何処かに出かけていたのかしら? 最近屋敷内で見かけなかったけれど……」
「簡易調査ですよ。簡易調査」
簡易調査?
首を傾げる三者に、ビビは腰を曲げながら説明を施す。
「ご主人様に言われて聖地の巡回を行ってましてね。どーも臭うらしいですよ。最近。なにか変なものがこの聖域に入り込んでるようです」
「変なもの……」
「あなた方も見かけたって聞きましたけどね。妙な気配を携えたフツーの子供を……」
3人は顔を見合わせる。
確かに、その子供には覚えがあった。確かレヴェイユ調査班と相対した時に出会った子供だ。リレイヌが普通の子だというから元の場所に帰してそれきりだったが、あの子供はやはりなにか秘密があったのだろうか。
悩む彼らに、続いてオルラッドが言葉を紡ぐ。「死体があってね」と。告げられたそれに、アルベルトが納得したように「ああ」と口を開けた。
「切り刻まれた子供の死体ですか」
「ああ、アルベルトは見たと言っていたな確か。そう。子供の死体だ。いや、死体は子供だけではない。老若男女問わず、様々な死体が聖地の片隅で見つかっている」
「しかもその死体の殆どがかなりの傷を負っているにも関わらず楽しげに微笑んでいて、まるでそう、救われた者のような最期を迎えてるんです。血にまみれながら」
「死体を回収しようにも、少し目を離した隙にそれらは消える。まるで神隠しにあったように。だからこそ、聖地の巡回をしているわけなんだが……」
成果は皆無、ということだろう。
二人は悩ましげに後ろ頭をかいている。
「……死体を1日中見張るかさっさと回収すれば話は早いと思うのだけど」
「もちろん回収した死体は幾つかありますし既にそれらはレヴェイユの処刑人に調査依頼を出して回してます。けど、何も出てこないんです。出てきたものといえば、大量の虫くらいじゃないですか?」
「……虫?」
またえげつない話だと、メーラの顔が軽く歪んだ。アルベルトもうへぇ、と言いたげに眉を寄せ、メニーは無表情で黙り込んでいる。
「そう。虫です。ムカデとかカマキリとか、いろいろ」
「調査のために腹をさいたら、それらが孵化したそうだ。よくよく調べてみたところ、内臓に沿うように無数の卵が張り付いていたとか……」
「うええ、気持ち悪いですね」
「全くだよ」
頷くオルラッド。ビビが「僕なら触りたくないです」と後ろ頭に手を当てている姿をよそ、メニーはそっと己の腹部を片手で抑えた。軽く目を細め、どこかを見つめる彼は、一体何を思っているのだろうか。
目敏くその姿を目にするメーラが、なにかを問おうと口を開く。が、その直後、「あ、いたいた!」という明るい声に意識をそちらに持っていかれた。振り返れば、特徴的な仮面を着けた、白いスーツ姿の男がいる。
「……アイダ?」
「アイダです! こんにちは!」
ブンブンと片手を振り、駆け足で寄ってきた男は研究班の一人である。副隊長を務める彼に皆が注目する中、彼は「調査結果の御報告に来ました」と明るく一言。メニーを見て、口角をあげる。
「結果は主様の元で。君も一緒に来てくださいね、メニーくん」
「……」
研究班の男の一言に、常に穏やかな少年は、明らかに敵意を孕む目を向けていた。