五話 食事作りのプロフェッショナル
一階に存在する食堂。調理班と呼ばれる隊により次々と作られる豪勢な料理たちが、頭上を浮遊する黒い幽霊により注文者の元へ運ばれていく。
運ばれる料理はラーメンだったり、寿司だったり、オムライスだったり、見る限り様々だ。
「相変わらず賑わってるな、ここは」
感心したように一言。
出入り口で突っ立っていても始まらないと、屋内に踏み込んだリレイヌの姿に、屋内の視線が向けられた。かと思えば、食事をとっていた者の大半が噴き出したり、噎せこんだり、匙を落としたりしている。大事だ。
予想通りと言えば予想通りの反応に、心の中でカラカラ笑う。
「やあ、どうも」
にこやかに微笑んだリレイヌに、皆は立ち上がり、一礼した。揃ったその動作に、よく教育されてるな、なんてメニーは思う。
「食事中すまないね。オルウェルは奥に?」
「はい!」
「そうか、ありがとう。食事続けていいよ」
軽く手を振り食事を促した彼女に、皆は敬礼した後におずおずと座った。そして食事を再開し出すものの、こちらが気になるようだ。皆視線や耳をリレイヌたちに向けている。
「……集中してますね、いろいろ」
メニーは微笑む。柔らかに。
リレイヌはそんな彼を無視し、調理班がいる厨房へ。料理の受け取り口から中を覗き、目的の人物を探す。
「オルウェルー?」
疎らに人のいる屋内に向かって声をかけた。
「はーあーいー」
楽しげな声が背後から聞こえてくる。
パッと振り返った三人の視線の先、彼はいた。癖のある、前だけが長い黒髪と、その隙間からちらりと覗く青い瞳が美しい男性だ。
オルウェルという名を持つその人物は、料理人だった。白いシャツに黒いパンツを履いた彼は、腰元に青色の、長いエプロンを巻いている。片手にはマイ包丁だろうか。道具入れが持たれていた。
左右の耳に四角いピアスを着けた彼は、「主様、イーズ様。お久しゅうございます」と一礼すると、視線をメニーへ。「こんにちは」と微笑み、またリレイヌたちへと前髪で隠れた目を向ける。
「上層部から連絡ありまして、俺は暫く主様の所にと伺っておりますが……」
「ああ。君なら腕もいいし調理可能だからと思ってね。事情はなんとなく……」
「察しとります」
「それは良かった」
でも改めて説明するよと、リレイヌは傍らにいるメニーの肩を叩いた。
「この子はメニー。人喰いの病を患った少年だ。病を治して欲しいと頼まれたので暫くウチで預かろうと思っている。そこで、オルウェルにはメニーの専属調理師として仕事をしてもらいたい。調理するのはもちろん──」
「人、ですね」
オルウェルは笑った。そしてコクリと頷く。
「そういうことやったら任せてください。人捌くのは得意中の得意やし……あ、ついでとばかりに主様の分も作らせていただきますね。俺がおる間だけでもちゃーんと食事摂ってもらいますんで」
「私のは別に……」
「食事、摂って、もらいますんで」
「……はい」
笑顔で迫ってくるオルウェルに負けたのか、リレイヌは何とも言えぬ顔で頷いた。
その反応に気を良くしたのか、オルウェルは無言のメニーを振り返ると、口元に明るい笑顔を浮かべてみせる。
「レヴェイユ調理班隊長、オルウェルいいます。よろしゅう」
「ヨロシク」
メニーは柔く微笑んだ。
「──さて、これで一通り用は済んだかな。後は屋敷に帰還するだけだが、他にやる事はなかったかな、イーズ」
「今のところはありません」
「よし、なら帰ろう」
言ってパンパンッと手を叩いたリレイヌは、食堂の視線を一身に集めると、「直に知らせが行くと思うが」と前置きをひとつ。メニーについて話をした。
「今日から人喰いの病を患ったこの子を保護し、その病を治すために動く。君たちにも調査依頼を出すから最重要案件として扱ってくれ。今優先すべきはこの子のことだ。いいね?」
「「「「はっ!」」」」
「うむ。じゃあ近々また来る。くれぐれも無理のないように」
告げて、転移魔法を用いて屋敷に帰還したリレイヌたち一行は、迎えてくれるメイドたちに軽く挨拶しながらメニーを彼女たちに託した。暫く屋敷を見て回らせてくれと頼み、彼女らと別れた三人は互いの顔を見合いながら息を吐く。
「……こう言うのもなんですが、リオル様たちに会わせなくて良かったんですか?」
「まだその時ではないだろうよ。とりあえず今はあの子のことを知るのが最優先事項だ。オルウェル、悪いが暫くの間頼むよ」
「了解しました」
「キッチン使ってもええですか?」、と問う彼に、「案内します」とイーズ。二人で歩き去っていくその背を見送り、リレイヌはそっと頭を抱える。
「……人喰いの病、ね」
よく言ったものだと、嘆息した。