二話 人喰いの病
「改めて名乗らせていただきます。僕はメニー。16年間、オカーサンたちを探してました。今日やっとココにたどり着けて、僕は今とても幸福な気持ちです」
メニー、そう名乗ったのは、毛先が赤い、白い髪を持つ少年だった。
見た目年齢は今の発言通り16歳。小柄でもなく大柄でもない体格で、パッと見は女の子と見間違えてしまいそうな出で立ちをしている。
黒いポンチョ風コートの下には赤いタートルネック。9分丈のカジュアルパンツに、黒い靴。頭には赤い帽子が乗せられており、その帽子には黒いリボンが存在していた。
少年の垂れた瞳は左右が異なる配色で、右目が黒く左目が赤い。右目の下から頬を滑るように赤いペイントが施されており、それはまるで傷のようにも見受けられた。
「メニー、ね」
来客用の部屋の中、広々としたソファーに腰掛けた少女が、赤茶の髪の青年から受け取った紅茶を飲みながら一つ頷く。
「私はリレイヌ。リレイヌ・セラフィーユ。皆からは主様と呼ばれている。見ての通り、というか、この屋敷の主だ」
「まるでお姫様ですね」
「やめろ。柄じゃない」
手にしたカップをソーサーの上に置き、彼女は「それで?」とメニーを見た。メニーはその促しに口元を柔らかに歪めると、行儀よく彼女の向かいに座ったまま、「病のことですよね」と口を開いた。
「人喰いの病……長年悩まされてるんですよね。お腹が空けば誰彼構わず喰らいたくなる……血の匂いに喉が鳴り、唾が溢れる……喰らえ喰らえと、本能が騒ぐ……」
最初は動物でも良かったんですよ、と彼は告げた。依然柔らかに微笑んだまま、穏やかな口調で話すその姿は、まるで悩みを抱える者とは思えない。
「最初はね、家畜小屋に忍び込んで、豚とか食べてたんです。でも、暫くするとそれじゃあ耐え切れなくなって、思わず、そう、墓を漁ってそこにあった死体を食べました。美味しかったです。とても、とても。満たされました。胃が、心が、空腹が。まるで肉食動物にでもなった気分です」
「……家畜を食べる時点で人は肉食だがね」
「それもそうですね」
頷き、紅茶入りのカップを手に取ったメニーは、それに口をつけて中身をすすった。「おいしい」なんて零される感想は、どこか作ったようにすら思える。
されど悪意は感じない。心の底からそう思っているのか、それは分からないものの、決して虚偽の言葉ではないことは明らかだった。
「……なんなんですかねぇ」
白髪の男が呟く。
「知りませんよ」
青年が静かにそれに返した。
「……とりあえず、その病とやらを治すために私に接触してきた。事実はそれで間違いないかい?」
「概ね」
「……そうか」
細かい部分は聞くまいと、リレイヌは背後に控えた青年を呼ぶ。青年は「はい」と短く返事をした。
「レヴェイユへ連絡を。メニーについて報告してくれ」
「かしこまりました。ビビ、アルベルト。この場は頼みましたよ」
部屋の人数とは異なり、二つの「はい」が青年に返される。
一つはキッチリとした返事で、一つは気だるげな返事だった。気だるげなのはもちろん、ビビと呼ばれた白髪の男から飛び出た返事である。もう一つはリレイヌ──その足下に広がる影の中から聞こえているようだった。
青年は二つの返事を受け、さっさと部屋を出ていった。恐らく指示された通りに連絡をするのだろうと、話を聞いていたメニーはカップを机上に置き、リレイヌを見る。
「レヴェイユとは、世界を管理する組織のことですか?」
「ああ」
彼女は短く頷いた。
世界は数多に存在する。そしてそれらは、今も尚生まれ、消え、存続している。多くの世界を生かすことは困難で、神とされる神族だけでは荷が重い労働だ。
そこで、世界を管理する組織が、随分昔に作られた。全ての世界において上位となるその組織の名は、レヴェイユ。世界のトップである創造主龍神の加護を受ける、特殊な力を持つ者が集う特別なる団体だ。
「……存在していたんですね。おとぎ話かと思っていました」
柔らかに、静かに告げるメニー。リレイヌはそんな彼に、チラリと視線を向けると、そのまま口を閉ざして沈黙した。大人しく紅茶を啜る様が洗礼されていて美しい。
「……僕の病、治りますかね」
にこやかに問うた彼に、彼女は言う。
「君次第だ」
それもそうかと、メニーは彼女の真似をするように、再び紅茶のカップに手をかけた。