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第21話『死神の約束』

 一樹はなんとか枢機卿の内、一人を倒した。
 ところが、直後の吸い込みにより愉悦に溺れてしまう。
 そうした油断が招いた隙に、生き残りの枢機卿から十字架へ磔されて光の槍で心臓を撃ち抜かれてしまう。

 この時すでに『蘇生薬』の効果は切れており、完全に死んでしまった。

 モグーは悲しみにひたる暇もなく、今度は自身が危うくなり必死に今できる光弾を枢機卿に放つ。

 枢機卿はもう余裕なのか、ゆっくりとモグーに近寄り迫る。
 すると突然空中が裂けると真っ黒な空間が突如現れた。
 枢機卿は想定外の相手に対して、若干怯むように声を上げる。

「何やつ!」

 異質な波動を全身で味わい、枢機卿は恐れ慄く。
 そこから現れたのは、黒いローブに身を纏うあのギャンブルマスターが冷徹な目をして降臨してきた。

 モグーもまるで身動きが取れず、当然枢機卿も微動だにできなかった。
 なぜなら、本物の神威を纏い全方位に放っていたからである。

 ゆっくりと一樹の前に行くと、腕を上げただけで一樹を捕まえていた十字架は霧散し銀色の粒子となって消えていく。
 一樹はまるで浮くようにして仰向けになり、腕を下にだらりと下ろしたままゆっくりと床に下ろしていく。

 すると腕を垂直に上げたギャンブルマスターの女は、何か力をつかったのか、半球体のシャボン玉のような膜を作ると、一樹とモグーとギャンブルマスターだけを取り囲んだ。
 神が作る薄膜に、人である枢機卿が何かできるわけでもなく、呆然と成り行きを見ていた。というより動けなかったのである。

 枢機卿は、本物の神威を味わいおそれ多く、微動だにすらできず不動の状態で固まってしまった。額からは汗が滴り落ち、落ち着きすらない様子だ。
 
 一方一樹は、床に仰向けで寝た状態になり、女は一樹の頭を撫でながら、穏やかな表情をむけていた。モグーはギャンブルマスターが姿を変えてなぜここにいるのかわからず、目を白黒させている。

 ギャンブルマスターの女はかつて死神になる時、青水晶を通じてすべてを見ていた。一樹がこちらの世界にくることだけでなく、死神の力を持ってして、死を迎えた一樹の魂を自身が蘇らせる姿を見ていたため、この時が来るまで千年の歳月を経てまっていた。

「ようやくね。長かったわ」
 
 本来制限されている力は、死神が愛したたった一人だけには千年に一度だけ力を行使してもよい約束を取り付けている。代わりに、死神としての役目は終えて、力と存在を失うことも示唆されていた。

 今にも半泣き状態のモグーは心配そうにギャンブルマスターに問う。
 
「一樹は、大丈夫? なの?」

 女は穏やかな顔つきで、ゆっくりと答えた。

「ええ。大丈夫よ。安心して」

 それだけいうと、死神の力を解放したギャンブルマスターは、圧倒的な神威を放ち、半円級薄膜を超えて神域を作り出す。

 そこでギャンブルマスターが一樹の胸に手を当てると、みるみるうちに傷が再生されていく。見た目は無傷に戻っても、まだ心音は鳴ることもなく、息も止まったままだ。

 その間、神域だというのに、どうにか動き出した枢機卿は狂ったのか攻撃を加えてしまうもびくともしない。
 彼ら人の力で神に抗えるわけもなく、狂ったようにただ力をぶつけ続けていた。

 枢機卿はうわごとのようにいう。
 
「ああ……。――もうお終いだ」


 ギャンブルマスターはすでに意を決していた。

 最後に、一樹の魂を呼び戻すことへ何の戸惑いも見せずに、穏やかな表情で一樹の頭を撫でていた。
 どれほどの時間をそうしていたのだろう、いつの間にか桐花の頬から伝わる涙は一樹の頬を濡らす。

 まるで何度もしてきたかのように、一樹を愛おしく見つめたまま、そっと唇を重ねる。すると魂いを呼び戻すためなのか、桐花の全身から黄金色に光る眩い粒子を放つと、一樹の全身へ降り注ぐようにして浴びせ続けた。
 
 ――どのくらいの時間だろうか。
 
 数秒のようでいて実に四十五秒近く唇を重ねており、体感としては数分にも感じる時間は、一樹の瞼の動きで終わりを告げた。

 一樹はゆっくりと目を開けると、ギャンブルマスターの顔が間近に迫って、唇が重ねられていたことを理解した。
 そこまではわかったものの、何が起きたのか戸惑いを感じてしまう。すると次の瞬間に、二つのことを思い出した。槍で貫かれて死んだことと、目の前の女は『桐花』であること。

 一樹の意識と命とわずかな記憶を取り戻した一樹に桐花は気がつき、顔をそっと話すと柔和な笑顔で迎えた。これが本当の最後になってしまうにもかかわらず最高の笑顔が一樹に向ける。

 一樹はようやく相手の名前をつぶやけた。
 
「桐花……」

「やっと思い出してくれたのね」

 桐花は、もう涙が溢れて止まらない。

 ――だから桐花は最後にいう。

「東京で救ってくれた時から、あなたを愛していました」

 その言葉の後、まるでそこにいたのは亡霊だったかのように次第に姿が薄くなっていく。このとき一樹は気がついてしまった。自身を蘇生してくれたことへの代償だと。
 
 だから一樹も最後にいう。

「桐花、俺もだ。東京の時から愛している」

 すると、桐花は最後の最後で言葉を紡ぐ。
 
「愛していました。生きて……」

 その言葉を最後に光の粒になり、桐花の笑顔も涙も存在すら消えてしまった。
 心に残ったのは、どこか悲しい虚しさが胸を突き奪っていった。
 

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