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第20話『本物を超えた別物』

 翌日、約束した場所へ一樹とモグー、それとセニアとエルザが集まる。
 四人は、例の商談部屋へ移るとさっそく、作戦会議だ。

「先に話して起きたいことがある。まずは『コレ』だみてくれ」

 一樹はエルザに一本『ポショ』と同じ筒を手渡す。
 ただの筒状の物を手渡されると、不思議そうに見つめる。
 そこでセニアはエルザに魔道具である看破の目を手渡す。

「エルザ、これで見て」

 セニアから看破の目を借り受けとり、効能を見ると途端に驚愕した。
 
「なっ! なによこれ? 本気なの?」

 エルザの驚きに一樹は、真剣な眼差しを返した。

「ああ。今回だけはな。今後流通するかはセバスを救出後、相談してみるさ」

「そっ、そうね……。こんなのが出たらもう大変なことになるわ」

 エルザは効能を見て驚きを通り越して、神がかりな何かを見るぐらい鼻息も荒く興奮していた。
 これまでの知る『蘇生薬』は一度きり。しかも即時利用しないと効果がない物だった。

 ところが一樹の持参してきた『蘇生薬』は常識を覆すどころか、戦争が起きても不思議ではない代物だ。なんと言っても二十四時間以内なら、何度でも即時蘇生が自動的に行われる代物だ。
 紛れもなく、死なない兵士が出来あがる。とくに王家は喉から手が出るほど欲しい物だろう。暗殺や毒殺は常に付きまとう日常だからだ。

 このような物が世の中に出たら、それこそすべてが変わってしまう。死なない兵士も作れてしまう他、使い捨ての兵がそうでなくなる。また、戦術事態も大きく変わるだろう。まさに世の中をひっくり返すほどの衝撃がある物だ。

 そこで一樹はセニアとエルザをゆっくり視界に入れながら淡々と伝える。

「今見せた物は、仮にセバスが拷問により死んだとしても蘇生が出来る。死んだ者に対しても有効だ。ただし二十四時間以内に限るけどな」

 セニアは一樹に同じく真剣な眼差しで本気度を返した。

「わかったわ。私とエルザ。それと、一樹とモグちゃんの二手に分かれて捜索は変わりないわね?」

「それしか今は選択肢がないだろ? これを先に渡しておく」

 すると一樹は六本の『蘇生薬』を手渡した。合わせて数百本の『ポショ』も魔法袋ごと渡した。

「これは……。随分と大盤振る舞いね。ちなみにこれは、なぜ六本なの?」

「一人一日一本として三日分だ。二人いるなら六本だろ?」

「なるほどね。足りない分というよりは、渡した物でうまく配分して使えってことね?」

「さすがだな。その通りだ」

 セニアとエルザは理解しつつも、かなりの物を手にしたことで緊張感が生まれる。

「そこであとは互いに別のルートで侵入して、可能な限り遭遇戦は避けつつ、見つけ次第救出して施設を脱出。これであっているのか?」

 セニアは納得したように頷き応える。

「ええ。そうよ。今できる最大限のことね」

「遭遇戦で激しくなった場合、互いに手助けはできない状態になる。だからこそ、『ポショ』と『蘇生薬』はうまく使ってくれ」

「わかったわ。一樹の思いを無駄するつもりはないわ」

「相手の戦力はどうだ?」

 セニアは何かメモ帳なような物を懐から取り出してパラパラとめくながら応える。

「恐らくは、偽教皇と枢機卿の二名は確実よ。枢機卿はかなりの手練れのようね。他には大司教が今はほぼ全員が出払っていて、司教が多くいるわ。それと信者たちの動きも何か変なのよね」

「わかった……。聖騎士団の動きはどうだ?」

 セニアはどのような意図なのか、一樹を見つめてウインクをしてきた。

「ほぼ全員が地上と地下の町で探索を続けているわ。あなたをね」

「そうか……。やはり本物の教皇とセバスの居場所はつかめずか……」

「こればかりは……。難しいわね」

 少しばかり重苦しいため息が出てしまうものの、感謝の気持ちを一樹はセニアに伝えた。

「ここまで調べてくれたんだ助かる」

「大丈夫よ。私たちが打って出るとは想像もしていないでしょうから」

「そうだな。いっちょ、驚かせてやるか!」

「ええ、やりましょ! 油断をつけるところだけが今回の勝機ね」

「やはり短期決戦だな」

「ええ。そうね」
 
 こうして一樹たちは、決行日をいつにするか最終段階まで話を煮詰めていた……。

 

 ――数日後の決行当日。
 
 モグーと一樹は見取り図に従い、想定される部屋をしらみ潰しに見ていく。
 ただどの部屋も、もぬけの殻だった。

 ――おかしい。

 襲撃することがバレているのだろうかと焦りが募る。
 すでに複数の部屋は確認しており、関係者はおろか誰もいない有様だ。
 残り最後の一つとなった大部屋のノブをゆっくりと回し開ける。

 ――待ち伏せか!

 するとそこには、黒いコートに身を纏う初老の男が二人いた。
 まるでくるのを待ち構えていたかのようだ。両手を掲げながら鷹揚にいう。

「君たちがくるのを、待っていたよ」

「セバスはどこだ!」

「少なくともこの部屋にはいないね。別の場所で治療を受けているのではないか?」

「何ッ! 貴様セバスに何をした!」

「我らにはわからぬよ? 治療を受けているとしかね」

「どこにいる?」

「どこだろうね?」

 二人とも手をかかげると、半球体のシールドが形成され、部屋の扉は閉まり魔獣が地面から這い上がるように湧き出てきた。

 それも一つや二つどころではない、次々と生まれ出てくる。これは召喚術なのだろう。一樹とモグーはすぐに戦闘態勢にはいった。

 モグーは光弾を乱れ打ち、一樹はあいまを縫うようにして短刀で魔獣を切り刻む。
 ダンジョンで戦ってきた魔獣に、見た目は似ているものの強さは桁違いだった。
 召喚獣とはいえ、倒せば経験値が得られて、種族レベルが上がる見込みのあることを拡張視界から見て取れた。

 ――まだだ! 俺にもっと経験値を!

 一樹は、『ポショ』をぶっかけながら、枢機卿が召喚する魔獣を相手どっていた。モグーも途切れなく光弾を撃ち続ける。

 対峙している魔獣は、今まで見たこともない魔獣ばかりだった。当然ながらダンジョンのほぼ最下層にいる魔獣のため倒すは難しい。
 
 ならばやれることは一つだけあった。

 ――傷さえつければ吸える!

 紅目化を維持したまま、魔獣を迎え撃つ。枢機卿たちは半透明で半球上の魔道シールドに覆われており、向こうが手出しできるのは魔獣召喚でシールドの外の者を殲滅する行為だ。

 当然彼らが一樹たちに、直接手をくだすことはできない。シールドで守られているため、手は出せないし出されることもない。ただし召喚だけはできるようでひたすら魔獣が召喚され、一樹たちは疲弊していった。

「一樹ぃ。キリがないよ……」

「少しでも傷口があれば吸える!」

「うん! わかった」

 変わらず、奇妙な短刀を握りしめる。それは黒刀『切腹』だ。どこを傷つけても腹へ横一文字に深く切り傷が生まれる奇妙な短刀だ。

 ――切腹よ頼むぜ。

 すると一樹の思いに初めて呼応したのか紅粒子を帯びて輝き始めた。
 
「なんだ?」

 何かに期待したくなる輝きだった。一樹は一瞥すると走り出す。
 まずは目の前にいる猪型の魔獣だ。すでに目は血走り、一匹だけが突進をしてくる。

 モグーの光弾が横っ腹に着弾した。
 表面を多少焼いただけで、怯まず一樹に向けて突き進む。紅目化の瞬間移動ですれ違いざま胴体を地面に対して水平に切り裂く。

 説明の通りで横一文字に腹を切り裂いたようだ。多量の血と臓物をぶちまけながら走りそのまま倒れてしまう。

 ――よしっ今だ。

 一樹はすかさず近寄ると痙攣しているだけでほぼ動かない。すぐにしゃがみ、切り傷のある腹へ口を近づけ、一気に吸い込む。

 ――カッー! たまんねえ!

 全身が弾けるような炭酸のシャワーを浴びて、内側から突き抜ける爽快感と脳が直に感じとる快感に酔いしれそうになる。何かまた内側から変化を感じる。恐らくは種族レベルが少し上がったようだ。

 急ぎコンパネを操作し、製作可能な武器を見るとまだ銃はグレーアウトの状態だ。まだまだ喰らうぞと意気込みをし、次の魔獣を迎えうつ。

 目の前の召喚魔獣は、どうやら術者が障壁で囲まれていると、召喚されただけでは誰が敵か認識せずにいる空白の時間がある。認識まで割と長く、体感で一分ほどあるのではないかと思えるぐらいだ。

 次に狙ったのは頭が二つある奇妙な人型の魔獣だ。顔つきはシャチのように見える。ただし体は、筋骨隆々な人そのものだった。背丈は高く、四メートル近くはあり、あの一つ目巨人のようだ。
 枢機卿たちはどうやらこの大きさとなると、二人で一体ずつの召喚が精一杯と見える。スキルのクールタイムなのか、それともそれが精一杯なのか知る由もない。

 召喚された魔獣はしばらくぼんやりしていると、一分経過ごろに一樹を敵と認識して攻めてきた。ちょうど、猪の魔獣を吸い終わった頃なのでタイミングとしてはちょうどいい。本当は空白の時間に討伐したいところではある。吸うのも時間制限があるのですぐに吸わないと力にならないのが少しやりにくい。

 すかさず短刀を握る。変わらず紅く輝いたままだ。

 モグーの光弾は雨のように巨人へ降り注ぐ。深手は負わないものの、瞬く間に全身があざだらけになっていく。
 巨人は手に道具を持たないため、そのまま突撃した。

 すると口を大きく開いたかと思うと、突然炎のブレスを吐き出してきた。少し表皮が触れただけで尋常でない痛みが走り、表面は炭化してしまう。急ぎ『ポショ』をぶっかけ回復し、そのまま第二射が来る前に、懐に入り込み横一文字に刻む。

 瞬間、横に線が入ったかと思うと、真っすぐに切れ臓物をぶちまけた。
 そのまま顔を突っ込み一気に吸い上げる。

 ――来た! キタキタキター!

 もう昇天してしまうのではないかというほどの爽快感と、満ち溢れるエネルギーを感じると同時に、またしても脳がウマイと叫ぶ。

 ――脳がウメエじゃないか。

 欠損部位も治せるポーションの『偽ポショ』は凄まじく効能が優秀だ。吸ったあとにポショをかければまた元に戻り、再度吸えるかというとたしかに吸える。ただし、爽快感はゼロでむしろまずい。

 もしできたら『ポショ』があるかぎりエンドレスなのに、都合よくは行かない。
 
 先のでようやく、連戦だった魔獣は弾切れかと思うと、今度は奴らが出張ってきた。
 さすがに一樹たちは疲弊しており、枢機卿と比べると明らかに疲れ切った状態だ。

「よもやま、我らをここまで追い詰めるとはな……」

「うむ。敵ながらあっぱれといえよう」

 モグーはシールドが晴れた後すぐに、光弾を雨のように初老の男たちへ降り注ぐ。
 すると枢機卿たちは、先のシールドを盾にして使い始めた。どうやら見た目以上に魔力を使いすぎて、苦しいのかも知れない。

 一見余裕そうに見えるのは、彼らが手練れであるだけでそのように見せているのかも知れない。実態として魔力は、底をつき始めてもおかしくはないはずだった。どう見てもあの召喚といい半球体のシールドといい尋常でない魔力を消費している。教会産の魔力回復ポーションは、性能は悪くすぐには回復しないし完全にまではいかない。

 残念ながら魔力回復ポーションだけは、いくら一樹でもまだ見ぬ物だった。製作リストに名前すら出ていないからだ。

 枢機卿たちは何をしようとしているのか、作戦を考える余裕など与えるつもりは毛頭もない。変わらず瞬間移動のように移り、枢機卿を切り付ける。
 方や暗殺術の使い手。もう片方は未知の手練れ。どちらも拮抗した。

 盾で押し出すかのようなそぶりを見せておきながら、突然大きさが縮まり盾の背後から魔力のこもった掌底を打ちつけてきた。どう見ても武道家の達人級としか思えぬ動きだ。
 
 実は武道家が本来の姿で、魔法を収めているのはあくまでもおまけ程度と言っても不思議ではない。
 
 一樹は、インパクトのある瞬間少し後ろへ瞬間移動し、回避する。腕が伸び切ったところでまたしても間合いを詰めるため瞬時に移動し、黒刀『切腹』で腕の薄皮一枚を切り裂く。

 ほんの微かに触れただけで、枢機卿はニヤつき一樹もまたニヤつく。お互いに思うことは違えどしてやったりといった気持ちだ。
 ところが、二方のニヤつきは一樹に軍配が上がる。

「ば、ばかな……」

 気がついた頃は時すでに遅し、短刀の能力は切腹だ。どこを切っても腹を横一文字に深く切り刻む。
 枢機卿はそのまま血を吹き出し、腹を押さえる手などおかまいなしに臓物が溢れ地面におちていくと膝をつき倒れてしまう。

 この機を逃さずすかさず、もう片方へ切りにいくも遠く回避され交わされてしまう。ならばと、倒れているもう一人の枢機卿の腹に顔を突っ込み一気に吸い込む。
 もうやっていることは魔獣と同じだった。人の裂けた腹に顔を突っ込むなんぞ、人のする行為ではない。

 ――キタァァァアアアアアー!

 またしても脳がスパークしそうになる。これぞうまさにより、脳内で爆竹が弾けるようだ。
 やはり人の方がうまい。何度も脳内で爆竹が大きな音を高鳴るように叫ぶ。
 また、体に少し変化を感じたのでコンパネで見てみると、ようやく作れるようになった。念願の銃、『ブリザードフォックス』大型ハンドガンだ。

 細かい説明は後で見るとして、すぐに作ろうとした。ところが憎悪の目で睨むもう一人の枢機卿が渾身の魔術を一樹へ放つ。

 ――しまった!

 一樹は自身の油断が招いたとはいえ、かなり厳しい状態だ。枢機卿は魔力を練っていたのか尋常ではない魔力の威圧を感じ、声を張り上げ何かを放つ。

「ブラッディクロス!」

 ――何っ!
 
 見えない圧力なのか体が瞬時に吹き飛ばされると壁に打ちつけ瞬きする間も無く、十字状に光の輪で手足を固定させられた。当然首にも輪で止められる。

「一樹ぃ!」

 モグーは必死に光弾を枢機卿に打ちつけていた。かなりまずいことに『蘇生薬』がちょうど切れかかっていたのだ。
 一樹はなんとかして『蘇生薬』を飲もうとするも身動きが取れない。
 枢機卿はモグーの光弾などおかまいなしに、さらに光の槍を作り出し叫ぶ。

「ホーリースピア!」

 枢機卿の放った槍はまっすぐに一樹の心臓を貫き、槍は消滅する。
 激しく咳き込むように吐血をすると、一樹はぐったりとして動かなくなってしまった。

 モグーの悲しい叫びが響く……。
 
「一樹ぃー!」

 

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