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第16話『セバス』

 サブマスターのセニアから、貴重な情報と見取り図を受けとった。
 あとはセバスをどうやって救出するかが問題だ。

 一樹とモグーの二名だけの戦力では、陽動すらできない。どうにかしてセバスを救出し、かつ安全な脱出が必要だ。なぜなら、拷問にかけられて衰弱している可能性が高い。

 かといって自前の戦力では、最悪自滅する可能性もある。せっかく情報を得てもどうしたら良いか悩んでしまった。宿へ戻り魔法のテントに入ると、しばらくぼんやりしながら、焦点が合わないまま天井を眺めていた。

「ああそうか、コイツに入りながら少しずつ距離を稼ぐのもありか」

「うん。それ私もいいと思う」

 モグーも賛成していた。リアルで襲撃にあっても誰からも気が付かれることがなかった。それならば余計騒々しい時に入ってしまえば、注意深くも見ないことだし見つけにくいとも考えに至る。
 
 ただしどうしても出入りする時は見えてしまう。そこだけはたとえ見えたとしても主が入ってしまえば触れることすら叶わない。ならば大丈夫かと考え、どのような方法で進んでいくか見取り図を見ながら考えていた。
 
 ――その頃、セバスは……。
 
 窓の無い六畳程度の薄汚く蜘蛛巣が至る所にあるような部屋で、魔導灯がぼんやりと部屋を照らす。
 セバスは両手を後ろ手に縛られ、目隠しのまま両膝をおり正座に近い姿で座らせられていた。

 突然の来訪者だ。甲冑を着込んだ騎士を両脇に携えて扉を開く。現れたのは、フードを深く被った二十代ぐらいの細い見た目で金髪の優男風の者だ。
 部屋の中央に置かれた粗末な木製の古ぼけて血で黒く汚れた椅子に座り、セバスを無表情で眺める。
 
 甲冑を纏う騎士から目隠しを外されると、何か見覚えのある顔をセバスはみる。すると相手側から親しげにセバスへ声をかけてきた。
 
「久しぶり、といえばいいのかな?」

 やはりかと、どこか予想していた顔だからか、セバスは口角を上げる。
 
「貴殿が本物の代わりをするとは……。時代は、変わった物であるな」

 どこ吹く風という具合に、ひょうひょうとして相手は答えた。

「違うよ。僕が本物さ」

 吐き出した一言ですべてをセバスは察した様子だ。教皇になるには神から認められた条件がある。

「なるほど。本物は軟禁して、証だけは消滅させないようにしているわけだな」

 セバスの回答に思わず感情が漏れ出す。まるで人を茶化すかのような笑みだ。
 
「ご名答。やはりさすがだねセバスは」

 本来秘匿するようなことを優男はあっさり認めてしまう。答え合わせがあっていたとしても、態度からはまるで意味のないものにも思えてしまう。ただし、本来の目的があるはずだ。

 セバスはあえて話に乗り聞きだす。

「証は、唯一無二の物であるからして、貴殿では得られまい」

 ところが予想以上にあっさりと答えが返ってきた。
 
「そうさ。別に君へ隠すつもりはないよ。意味はないからね」

 それならばとセバスは、次に身近な者から探りを入れ始める。

「自身が偽物でも、貴殿が偽物造りの若者を追い立てるのはいかがなものか?」

「いや〜それに関してはね。ほらお金、何かとかかるでしょ? 専売特許は手放せないからね〜」

 核心を得られないならば、直接問いただすのみだった。ところがさほど難しくもなくあっけなく答えが得られた。
 
「何が目的だ?」

「戦争だよ?」

 漠然とはしているものの、明確な意思がありはっきりとした行動で、非常に危険な人物だ。セバスは諭すようにいう。

「穏やかではない響きであるな」

「人相手じゃないからね。大変なんだよ? 神々へ仕掛けるのってさ」

 この世界では人と神の成り立ちはあまりにも唐突すぎた。人はすでにおり、突然神と名乗る者たちが世界を管理し始めた。それは数万年前の話。その時から、人と神は一見隔絶された物に見えた。ところが、世界を管理すると言いながら、一部の神はどのような酔狂なのか人知れず降臨してきたのだ。

「なるほど。そこであの回復薬の価値が高まるわけであるな」

「そそ。力の強さも大事だけど、死なない兵士の方が凶悪だからね」

 神が他の神と敵対することなど遥か昔には日常茶飯事であった。人をけしかけ敵対勢力と戦わせて、両者甚大な被害を出させるなどもあった。苦々しい記憶だ。

 その時活躍したのは紛れもなく、死なない兵士だ。とうの昔から言われてきたことだった。

「貴殿の行動には賛同しかねる。ただ死なない兵士の部分は一理あるな」

「でしょ? いや〜。やっと一部でも通じ合えてよかったよ」

 偽教皇は手を叩きながら、非常に嬉しそうに笑う。戦いを仕掛けた先に何があるというのか。すでに数万年の歴史が証明しており、両者とも甚大な被害を受け、とくに人間側が幾度も激減している。
 激減とは、戦いの最中に魔の存在へと切り替えた者も含めている。

「神々へ仕掛けて、どうするつもりだ?」

「おっ怖い目だね。久しぶりに見たよその目。さすが戦神セルバスだね」

「……」

「セルバスはさあ、九割は人なんでしょ? 人から見た神の弱みってなんだろね?」

「お主、もしや……」

「僕はね思うんだ。下界に降りてきてほぼ人の状態。神威はほとんど発揮できない制約がある。ところが人間界と違って神界は、制約がないというよりは神威を全体的に高める何かがあるんだよね?」

「何が言いたい」

「神々も実はあまり人と代わりないのかなってね。その特定の場所にいる者を神威魔法と便宜上呼ぶけどさ、それにより底上げされているというわけ。つまり神というよりは、環境によって変えられた人かなと。それに、労働者階級なんだよね。おそらく、たった一柱だけ別格の何がいて支配しているんじゃないかな?」

「なるほど」

 この偽教皇を名乗る者は、最終的には世界樹が持つあの力を取り込もうとしているかもしれない。ただそれは人の手にはありあまりすぎるもの。

「あれ? 否定も肯定もしないんだね。別に大丈夫だよ何、僕が食べちゃうからね」

「あれを取り込みたいなどと……。人の身では、破滅するぞ?」

「あれ? 心配してくれるのかな? 嬉しいな」

 あの異質な力は、セルバスですら戸惑う。もし力に飲まれて暴走でもしたらそれこそ甚大なる被害が出ても不思議ではない。真なる問題は破壊や殺傷ではない。その力で外側の民を呼び寄せてしまうことだ。

「貴殿では取り込むどころか、触れることすら難しいだろう」

「ご忠告、痛みいるよ。わかっているんだ今のままじゃだめなのもね。それに、僕はもうすぐ死ぬこともね。青のアレを見たからね」

 人が見るのと神たちが見るのでは受け取り方が大きく違う。もはや見てしまったものに対して否定も肯定もできない。ただ現実問題として見てしまった以上、その事実を受け入れるより他にない。

「貴殿はあれを見たのか……」

「まあ人が見るには早い物らいしいけどね。ただわかったことが一つだけあるんだよ」

「何をだ?」

「うん。僕が死ぬことで始まるんだ。すべてがね」

「命あっての物種ではないのか?」

「そうだよ? だから僕は、復活するんだ」

 見てしまったことに対しては仕方ない。アレが人の触れられる場所に、いまだ存在していることにセバスは驚いていた。あの巨大な青水晶は人も神ですらも狂わす。
 それは事実を映し出し、またその事実を捻じ曲げることもできるのだ。ただし変える方法は過去に一人だけできて、あとは誰もやり方を知らない。

「……あれを見たなら、その自信は窺えるな」

「でしょ。やっぱセルバスは理解が深いし懐が深いよね」

「……」

「安心して。セルバスの神威を浴びたコアは僕がいただくからね」

 この時、セルバスは狙いがわかった。コアを取り入れた者が死した場合、例外なく復活する。それは人としてではなく……。

「貴殿まさか……」

「ふふ、楽しみだよ」
 
 偽教皇は、左手に何か金属的な器具をはめていく。ゆっくりと鷹揚に、五指それぞれへかぎ爪のような物をはめると手刀でセバスの左胸を勢いよく貫く。

「ゴフッ……」

 セバスは吐血をし、偽教皇に血を浴びせる。ゆっくりと引き抜いた手からは、指先に摘んだ親指の爪ほどの大きでビー玉のような紫色の玉を掴み、取り出す。

「セルバスたちはこの特殊な器具をつけないと、そもそもが取り出せないからね。これは僕がいただくよ?」

 偽教皇の男は振り返りもせず悠々と手にした紫色の玉をもち部屋から出て行ってしまう。セバスはうつ伏せにうずくまり、血が冷たい石の床を這うようにして流れていく。

 その流れる先をセバスは苦しそうに見つめていた。

「セニア……。すまない」

 セルバスは意識を失い、力なく目を閉じた。
 

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