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第5話『世界樹の誘い』

 ――夕刻。

 茜色は空一面を覆い、町の行き交う人々の影を伸ばす。
 広大な地下街で夕焼け空が見えるのは、魔法技術が途轍もないことを意味するのだろう。
 今はどんなに目に焼き付けても、変わらない街並みにある変わる人なみには、闇を象徴する者が紛れこむ。景色の壮大さで感嘆するのとは真逆に怯える状況だ。
 
 ――ヤバイ。マジでもうきやがった……。
 
 人影がまばらな中での路地の出来事だ。
 他の行き交う者とは異なり、正面から俺と同じぐらいの背格好の者が迫る。
 真っ黒な装束を着ており、事情を知っていれば目の前の奴はやる気満々なのが一目瞭然だ。
 
 俺を戦いの素人だと思ったのか、腹面姿で真っ黒な装束に身を纏う者は、真正面から真っすぐ俺の目を見て一気に間合いを詰めてきた。偶然にも俺は、足を滑らして後ろへ倒れるタイミングでの強襲だ。

 突進する襲撃者のまっすぐ伸ばした腕の先には短剣が握られており、首の真横を通り抜けていく腕は、左肩の一部に切先が当たり切り裂かれて血が噴き出す。

 痛みどころではなく突っ込んでくる相手を掴むと、相手も俺に重なるように、うつ伏せの体制のまま倒れこむ。巴なげを本来はしたくとも出来なかった。

 ところがモグーの機転が活きた。
 
 地面を背負うまでのほんのわずかな時の間に、モグーは得意の魔力の塊を襲撃者の首すじへ向けて、マシンガンのように撃ちつける。

 モグーによる怒涛の光弾魔法だ。
 
「モッ! キュキュキュキュキュキュキュっ!」

 左右の腕を前後へ交互に突き出しながら、まるでスモウレスラーのツッパリのような素早い動きで、手のひらから魔力の塊を撃ち出していく。
 
 襲撃者は激しく血を吐き出した。
 
「ゴハッ!」
 
 モグーの隙をつく怒涛の攻撃で、襲撃者は首へ無防備に受けてしまい、首の肉や骨が弾け飛び、頭が地面に転がり落ちる。

 この時点で生きている者などいやしないので、モグーは勝利に興奮したのか、連呼する。
 
「キュッ! キュッ! キュッ! キュッ!」

 返り血を大量に浴びて首のない骸をかかえる状態の俺は、息がまだ整わないうちにモグーへ礼を伝える。

「モグー、マジで助かった。命の恩人だよ」
 
「モキュッ! モキュッ!」

 まるで任せて、と言っているような気がした。
 周りには人影や気配もなく、どうやら俺とモグーだけのようだ。

 なぜか路面に転がる襲撃者の頭を俺は無我無知中で、両手で挟み込むように掴んで路地裏に移動していた。息もとぎれとぎれになり、肩で息をしている状態だ。その時、あることに気がついた。

「ん? なんで掴んで? これは……。出来……るぞ!」

 自身が『ポショ』をクリエイトする時に起こる現象が唐突に今起きた。
 魔法陣が手の甲を中心に手の大きさほどになり、ゆっくり加速するように回転し始めていることに気が付く。
 紫色の怪しくも輝きを放つ魔法陣は、暗い路地に光をもたらした。

 モグーは何か驚いているのか、俺の肩に飛び乗る。
 
「モキュー!」

「うあっ! なんだ? 何が起きているんだ?」

 俺の手にある襲撃者の頭が魔法陣の光に包まれると、毛髪は抜け落ちて皮膚は剥がれ、銀色の粒子になり霧散していく。肉も削げ落ちるのかと思うと、同じく銀色の粒子となり消えていく。骨も消え最後に脳みそだけになり、それはまた、ゆっくりと再び加速をつけるように回転しはじめる。

 高速に回り出し、三分程度で止まり光と共におさまると、一冊の重厚な本に変化していた。

 モグーは目をキラキラさせながら、俺に質問を投げかけてくるけど、俺も何が何なんだかわからない。
 
「モキュッ?」

「何って言ってもな、俺にもわからないよ。どう見ても……。魔導書だよな、これ……」

 手元に残ったのは、新品の黒い魔導書だ。重厚そうなハードカバーが存在感を物語る。
 初めて経験する摩訶不思議な現象だ。どうしたらいいのかわからず、とりあえず俺自身が作った物だからと、表紙を開いてみる。

 ――『経験の書』

「なんだ、これ?」

 開いた先の表題の下には、スキル名が記載されていた。
 まさかとは思うけど、読んだら習得できるなんて……ないよな……。

 読むだけで得られるような旨い話があったら、もうウマスギ君だ。
 
 【スキル】
 ・短剣術
 ・暗殺術
 
 俺は、次のページを開こうとしてめくると、紙の一枚一枚が紫色の粒子となっていく。まるで何かに追われるようにして、俺の額へ飛び込んでくる。
 思わず手で額を隠しても、何の抵抗もなく素通りしていくようだ。
 
 すべてのページを吸い込むと、最後に表と裏表紙も紫色に粒子化し、同じように額に吸い込まれていく。

 心配そうにモグーは俺を見上げる。

「モキュゥ……」

 ――なんだ、この感覚は。

 妙に、体の節々が熱を帯びたような感覚がしたかと思うと、突然激しい筋肉痛が全身を襲う。

「んガッ!」

 声にならない痛みとはこういう物だ。
 あまりにも痛すぎて、そのまま地面に倒れ込みもがき苦しむ。
 どのぐらい時間をもがいていたのかわからなく、気がついたら『ポショ』を自分へぶっかけていた。
 
 大丈夫? と言いたそうな顔でモグーは俺を見つめる。
 
「モキュッ?」

「ああ、すまない心配かけたな。なんか大丈夫、というより妙だな……」

 体が軽く感じるし、どうとでも動ける気がする。
 
 体に問題がなければ急ぎ転がる死体から、拝借できそうな物は根こそぎ奪う。
 一先ず武器の短剣二本とナイフ数本。他にはナイフをしまうベルトと短剣を収める鞘二本ぐらいでとくに他にはない。

 試しに短剣の柄を握ると、しっくりくるのが異常すぎる。なぜと言えるほど、一樹は今までまともに握ったことがないからだ。
 先ほど店番のドワーフに、握り方を初めて教わったぐらいだ。なのにスキルを得たのを境にして、まるで世界が変わってしまった。

 モグーは何かを感じたのか、いいぞ! いいぞ! と言っている気がした。
 
「モキュッ! モキュッ!」

「偶然できたんだけどな……」

 どうしたのとモグーは、不思議そうな顔を向けてくる。

「モキュッ?」

 俺は苦笑いで説明した。
 
「脳からスキルを得るってやつだよこれ。脳を魔導書にして習得する技術か……。なかなかエグイよな、これさ」

 とはいえ、今の俺にとっては僥倖だ。
 まるで戦いにダメな素人が、いきなり暗殺者クラスの技術を得られたのだ。おまけに体まで技が使えるように改変までしてくれた。
 
 まだ使っていないのでなんともいないところだけどとりあえず、何とか迎撃だけはできるだろう。予想する感じならむしろ、積極的に暗殺すらできるほどだ。
 
 さっそく俺は息を殺しながら、壁ぎわから路地の様子を伺っていた。

 自身の足で砂つぶを踏み潰す音が、やたらと大きくさえ聞こえてくる。
 壁際から鼻先が少し出るぐらいでそおっと顔を覗かせる。

 ――すると、いた……。
 
「モキュッ!」
 
「うは〜。いるいる。なんだ、こりゃあ」

 額から汗の滴がこぼれ落ちてくる。
 
 さっきまでは気が付かなかった。
 これほどまでに一樹を狙う輩がいるとは……思いもよらない。
 周囲を慎重に見ると、数にして四人はいる。
 
 他にも潜んでいるかもしれないけど、すぐにわかる範囲ではこれだけだ。
 この町中であり得ないだろうというぐらい、裏家業の輩たちが集っている。今からの時間なら、まるでナイトパレードの状態だ。残念ながら楽しげな音楽は聴こえてこなく代わりに、一定間隔で刻む心音が鳴り響く。

 人相が悪い者と無表情な者などがおり他には、明らかすぎるほど殺る気に満ち溢れている者たちがいて、平和その物な通りにまったく似つかわしくない者ばかりだ。
 さっきの襲撃者のおかげで、目の付け方も感覚的にわかり、また少しは命びろいできそうだ。

 この様子だと、俺の借りている宿屋も部屋の場所も割れていそうな気がする。反対に部屋へ行くのは危なすぎて、自殺行為としか言いようがない。魔獣が腹を空かせて待ち構えているところに、無防備な姿で飛び込むのとなんら変わりない。まさに、自ら食肉を目指すようなものだ。

 俺の思考を読み取ったのか、部屋に帰れないとわかりモグーが寂しそうに鳴く。
 
「モキュゥ〜」

「しばらくは安全な場所を探しながら、コソコソ隠れて過ごすしかないな」

「モキュッ!」

 一先ず目先の危機は回避できたものの、ここに転がったままの首無しの死体をどこかに捨ておきたい。
 
 背後には、ちょうど人一人通れるぐらいの裏道を見つけた。死体を引きずり込んでいくと、途中で壁がなくなりあつらえ向きに焼却炉のような物が火を灯していた。

「おっ! 誰もいないな……」

「モキュッ!」

 まとう黒い上着やズボンと靴を剥ぎ取り、ほぼ全裸の状態にして窯に放り込んだ。
 
「そ〜おれっ! っと」

「モッキュー!」

 さらに近くにあった木々を入れて、体を見えなくして奥に突っ込んでから立ち去る。
 
 瞬間、突然火が舞い上がった。
 
 どうやら人の体はよく燃えるようだ。急に火の勢いが強まり始めたからだ。木を多く入れたのもあるかもしれない。煙突から溢れる煙は、少し黄色味がかかった変わったような色に見えた。深く考えることもなく、気のせいだろうとこの場をさる。

 俺は拝借した上着を着てフードを深く被り、口周りに布をまきつけマスクがわりにした。

 堀を眺めると、今の俺ならどこか出来そうな気がして、意を決してやってみる。

「そおれっ! っと」
 
 路地裏の塀を飛び越えるようにして跳躍し、向こう岸に渡るとその場を立ち去る。
 
 これほど身軽になったなんて、ほんの少し前とは大違いだ。
 偶然手元に頭が転がり込んできて思わず受け取った時、「できる」と直感したのがキッカケだ。
 そう毎回できるとは限らないだろうけど、どこか期待をしてしまう。

 これはひょっとしたら、すごいことになりそうだな……。

 それなりに強い奴の脳がまだ残っているうちに、こっそり取り出して魔導書化すればタダでスキルが手に入る。

 クラフターのスキルなのか、ニンベン師としての特性の一つかわからないけど、大発見だ。

 ――俺の人生、マジ変わる。

 一樹は右腕の拳を握りしめながら、頭上高く掲げ思わず声に出した。
 はっきりいえば、時間差だけど喜びを体全体でいいたかった。
 
「スキル! とったどぉー!」

 どうしたの? とモグーは若干不思議そうに見つめる。
 
「モキュッ?」

「いや〜。ほんとウマスギ君だな」

「モキュッ!」

 賞金首になると狙いに来る者は、それこそやりたいと思ったらやる奴が即時行動に移せる物だ。相手の実力は素人の俺にはわかるわけがない。ただ、先ほど得た暗殺術ならどこまでならいけるのか、うまく口で言い表せない物を感じていた。

 今回の件で非常に厄介なことは、相手が取り下げでもしない限り、今後どうなるかわからない。
 賞金を取り消せるほどの大金はないし、かといって毎回襲撃に怯えながらくるたびに迎え撃っていては、落ち着いて寝てもいられない。

 ならば国を出て別の国へとも思うけれども、意味の無いことだ。
 なぜなら、どこに一樹がいようと始末した証拠さえあればいいわけで、町の外に出てくれた方が隠れる場所も少なく、彼らにとっては好都合である。

 反対に町で留まれば隠れるところはいくらでもあるので、比較的安泰だ。木を隠すなら森の中、というからな。
 
 あとは姿を隠し通して、なんとかするしか無いだろう。そういう意味では、襲撃者から拝借した服やマスクもあるし、フードは深く被れば目だけを出せるので非常にありがたい。見た目的には、一時的になんとかなりそうだ。

「なんとかするしかないよな……」

「モキュッ!」

 モグーは俺を元気付けてくれているのか、小さな手で首筋をさすってくれる。
 
 まだ足りない物は情報収集も兼ねて、一旦地下ギルドへ行くか……。
 金なら少しはあるので、セバスに聞いてみたいことがあった。隠れるのに良い宿を教えてもらうつもりだ。

 果たして、そのような都合のいい宿があるんだろうか、不安は募る。
 
 あっそういや、どことなくレベルは上がったような気がした。
 あの暗殺者を倒したのはモグーだけど、仲間だからいいのだろうか……。

 

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