284章 カスミの心
カスミは前触れなく、頭を深く下げる。
「アカネさん、先ほどは失礼しました」
「カスミン、どうかしたの」
「お風呂に入らせてもらったのに、大衆浴場がいいといってしまいました」
「カスミン、気にしなくてもいいよ」
本音ではなく社交辞令を大切にする。こちらの世界においても、共通しているように思ってしまった。
「好きな時間に入れるのは、大きなメリットですね。大衆浴場では、営業時間しか入ることはできません。プライベートを確保できるのも、すごくいいと思います。大衆浴場に入ると、見張られているように感じることもあります」
カスミンの背中を優しくさすった。
「カスミン、無理に気を使う必要はないよ」
「アカネさん・・・・・・・」
「相手に迷惑をかけない範囲内なら、自分に正直になってもいいよ」
カスミの視線は、トイレに向けられた。
「トイレについては、絶対に家庭用がいいです。おし○こ、う○ちの臭いを、部屋に充満させるのは精神的にきつかったです」
う○ちは臭いがきつく、室内に充満することになる。トイレを済ませたら、すぐに捨てに行く必要がある。
「真夜中にトイレに行きたいときは、すごく困りました。トイレをすると、暗い中を歩かなくてはなりません」
「セカンドライフの街」の一部では、街灯はつけられていない。闇に包まれている状況で、ゴミを捨てに行く必要がある。
「排泄物を放置すると、子供たちが泣き出してしまいます。排泄物を捨てるために、真夜中の道を歩いていました」
女性が一人きりで、排泄物を捨てに行く。犯罪に巻き込まれても不思議はない。
「腹部を刺される事件があるまでは、不安を感じることはなかったです。他人に襲われることはないという、安心感に包まれていました」
コハルが腹部を刺されるまで、事件らしい事件はなかった。治安に関しては、非常に高い水準を誇っていた。
「事件が起きてからは、排泄物を捨てに行くことはなくなりました。誰かに襲われるくらいなら、臭いを我慢したほうがいいです」
一つの事件によって、たくさんの人にトラウマを植え付ける。犯罪というのは、被害にあっていない人にも、大きなマイナスとなる。
「治安のいいところで、ハッピーライフを満喫したいです。誰かに危害を加えられるような街では、生活したくありません」
「そうだね。元通りになるといいね」
カスミは手を握ってきた。ポジティブ思考からは考えられないような、冷たさを伴っているように感じられた。