尺八と賢人
「ぼうけん!メカ尺八」号が淋病を患った。大脳が侵され、冒険と暴言の意味を取り違えるようになった。暴言メカにに落ちぶれた尺八号は「物知り館」に激突した。物知り館は古今東西の賢人が集う社交の場として賑わっていたが、尺八号にぶつかられた頭の打ちどころが悪く、「ののしり館」になってしまった。この悲劇には一も二もなく大笑するほかになかった。しかしまた「おめでとう」を言うべき時機でもあったらしい。
ところで、そのあと、何年かの後になって、私のところに一本の手紙が来た。手紙を書いた主の名は言わないが、その人は私に謝まりに来たいと言って来た。私はどうぞおいで下さいと答えようと思った。ところがふと考え直してみると、「あなたにあやまりたいからといってわざわざおいでになる方はよっぽど心根の深い人ですから大事にしてあげて下さい。あなたの心の広いことは天下第一です。それにしてもあなたはどんな人にならむとお礼申してやろうかしら?……そうだ、こんな方こそお礼申し上げるべきだと思うの」と言ったような返事を書く気になったのである。
それはそうと、私がその時書いたお返書の中で一番長いものを覚えているだろうか?あれはその方のところへ出した最初のお答だった。今考えると少し見っともない点もあったがとにかく礼儀を守ったつもりだったからあの時の返事の中では最も優しかったつもりだ。そうするとあれはまだ私の中に生きているわけだ。もっともあれはすでに死んでいるかも知れない。けれども私に向ってこう言っているに違いないのだ「お前の眼識はこの世で一番高い所に置いているから安心せよ」って。だから私としてはただ「はい!」と答えればそれでいいのだろう。
さあ、これから先、私は一体どうしたら好いだろうか?……私はこの次どこに行くべきなのだろうか?……私はなぜあんな風に生きて行くのか?…………そんな問題はいくら考えても解き明されない。私はもうすでに解き明す事にさえ倦いた。それよりも私は今度の事を忘れる為に何か新しい事をやり出したいのである。しかし世の中は思ったより狭い。私の知っている人の中に私以上に窮屈にしている人はあまりいない。
そこで今度は自分の身を動かさないで人の心を動かそうとこうして筆を執った次第だ。まず、尺八号の過失を断罪した己の器量を反省しよう。確かに私の忠告を無視した尺八号乗員の責任は重い。出発前夜の宴席で私は宇宙感染症には十二分に注意するよう船医に助言した。しかるに彼は「芥川先生、船出の祝宴でそのような辛気臭い話題はちょっと」と憚ったのである。明けて翌朝早々に疫禍が船内に充満した。乗員乗客は常軌を逸しとうとう舵手が狂うに至り船医はハタと我に返るも時すでに遅し。さいわい小生が港の荷役係に頼み込んでこつそり医薬品の類を満載しておいたため大難を免れた。船と館双方に死者を出さずに済んだ次第である。結果論として小生のやり方が甚だ拙かったのではないか。まづ、幾ら正論とはいえ宴の場を公衆衛生を説くような行為は不適切であろう。料理屋の外で船医と立ち話をするなり素面の時に船を訪れて指導するなり次善の策は幾らでもあった。小生は宴席を穢してしまったのだ。