60章 新しい仕事
家でゆっくりとしたことで、心の落ち着きを取り戻しつつあった。これからもスローライフを過ごせるといいな。
フリースクールに行こうかなと思っていると、ドアをノックされる音がした。スローライフ崩壊の足音が聞こえる。
「アカネさん、こんにちは」
疫病神に近い存在である、マツリが家を訪ねてきた。彼女がやってくる=仕事の依頼を押し付けられるストーリーが確定している。
「マツリさん、いらっしゃい」
表向きは笑顔を作っているものの、内心ではとっとと帰ってほしいと思っていた。彼女が長居をすればするほど、アカネにとって良くないことが起こる。
マツリは鞄の中から、あるものを取り出していた。
「アカネさん、裏世界の仕事に対する報酬が確定しました。どうぞおおさめください」
裏世界の探索報酬は4200憶ゴールド。これだけあれば、数百年は遊んで暮らせるレベルだ。
「ありがとうございます」
報酬だけ払って、家に帰ってください。くれぐれも仕事を押し付けないでくださいね。
天に向かってお祈りをしたものの、アカネの願いは届くことはなかった。
「アカネさん、次の仕事の依頼をお願いします」
仕事のスパンが短すぎる。体力的には問題なくとも、メンタル的にきついものがある。心の消耗度は、実在の人間と同じとなっている。
「どんな仕事ですか?」
「次の仕事は簡単です。みんなの前で空を飛んでいるところを見せていただきます」
空を飛べるとわかったので、依頼されたのかな。アカネが何かをするたびに、仕事と結びついてしまいそうな気がする。下手に行動しないほうがよさそうだ。
「他の仕事の依頼もたくさん来ています。ざっくりですけど、仕事の依頼は、二〇年先まで埋まりつつあります。これからも増え続けるので、当分は休みなしになるかもしれません」
アカネは「はぁ~」とため息をつく。現実世界で過労死させられた女性は、セカンドライフにおいても、奴隷のごとく働かされることになりそうだ。のんびりとした生活を目指していただけに、ギャップは大きかった。
「仕事をもらえるのは羨ましいです。両親がまったく仕事していなかったので、日々の食べるものにも苦労していました。飢え死が頭をよぎったくらいです」
食べ物以外にも大切なものはあるんだよ、アカネはそのように思ったものの、口にすることはしなかった。マツリにいったとしても、わかってもらうことはできない。
アカネの脳裏に、ミライのことが浮かんできた。彼女も食事を満足にしていなかったのか、顔は青ざめていた。
「セカンドライフの街には、充分な収入を得られない人がたくさんいます。そういう人は、日々の生活に苦労しているんですよ」
寄付を募る、お金を借りる行為は禁止となっているため、自分でお金を稼ぐしかない。弱者にとっては、辛い世界となっている。
マツリの服がかすかに揺れる。アカネは糸のほつれから、何度も縫い直しているのを感じた。一枚の服を大切にしていると思うのと同時に、服代すら捻出できない彼女の現状を表していた。